幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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智充

勘違いと牽制と偏見と。

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 それは長い長い春休みのある日。
 いつものようにバイトを終え、同じシフトだった郁哉と俺の部屋に向かっていた時のこと。

「智充っ!」

 強めに呼ばれた自分の名前に少しムッとする。人の名前をそんなふうに呼ぶのはマナー違反じゃないかと思うような鋭い響き。隣を歩く郁哉が心配そうに俺を見上げるから仕方なく声の主を探す。

「はぁ⁈」

 そして、思わず漏らしてしまった間抜けな声。
 部屋の前で待ち構えていたのは見覚えのありすぎる顔で、久しぶりに見たその顔はかなり機嫌の悪い時の顔だと分かってしまうのは彼が俺の幼馴染だから。

「蒼眞、何してるの?」

 驚いてはいるのだけど気の抜けたようなリアクションしかできない。驚きすぎると人はこうなってしまうのかと他人事のように感じている自分が可笑しい。

「何してるのって、こっちが聞きたいんだけど」
 
 言いながら郁哉を一瞥する。
 嫌悪の表情ではないけれど、何か言いたそうなことに気付くのは蒼眞が幼馴染だから。

「蒼眞が思ってるような相手じゃないから」

 そう言うと少しだけ安心したような顔を見せる。きっと郁哉のことを俺のパートナーだと勘違いしたのだろう。

「もしかして…」

 隣で小さく呟いた郁哉に「そう」と答える。驚き過ぎて冷静になった俺と違って隣にいる郁哉の方が動揺していて笑ってしまう。

「え、どうしよう。
 僕、帰った方がいい?」

「とりあえず落ち着こうか」

 どうやら俺の動揺は郁哉が引き受けてくれたらしい。相変わらず何か言いたそうな顔をした蒼眞は無言で近づいてくると「今日泊まるから」と怒ったように言う。背中のリュックが大きめなのは着替えを持参したからなのだろう。

「え、嫌だ」

「あ、僕お邪魔」

「邪魔じゃないから。

 蒼眞、こっちは友達の郁哉。
 お前が思ってるような相手じゃないから。それと、今日は郁哉と約束してるから勝手に予定決められても困る」

「え、僕帰るよ?
 2人で話しなよ」

 郁哉はこんな時に空気を読まない。
 素直と言えば聞こえはいいけれど、蒼眞の言葉を素直に受け止めずに俺の様子も少しは気にして欲しいと思ってしまう。

「2人で話すことないし、泊める気も無いし」

「せっかく来てくれたのに?」

 自分だって幼馴染相手に色々あったくせにと少し苛つくけれど、それならばともう一度口を開く。

「郁哉が一緒なら話してもいいよ」

「え、僕巻き込まれたくない」

 郁哉は案外いい性格をしているみたいだ。それでもここは譲れないと思い、お願いを続ける。

「2人で話しても大丈夫そうなら帰ってもいいから」

「じゃあ今度、学食で奢ってもらうけどいい?」

「それくらい逆に奢らせて」

 そんなやり取りをしている最中も蒼眞は何か言いたそうにしていたけれど、自分が人の都合を無視してきたことに後ろめたさがあるのか郁哉の同席を拒むことはなかった。

「なんで蒼眞、ここ知ってるの?」

「おばさんに聞いた」

 その言葉に口止めをするのを忘れていたことに気付く。スマホで連絡が取れなくなりさえすれば会うこともなくなると思っていたのに誤算だった。
 母も蒼眞に言ったなら言ったと連絡して欲しいと恨み言を言いたくなってしまう。

「とりあえず入れば」

 部屋がバレているのだから追い返しても何度も来るだろう、そう思い部屋のドアを開ける。自分の部屋に蒼眞がいる景色を想像したことなんてなかったから緊張するけれど、郁哉の存在がそれを和らげてくれる。

「智充、洗面所借りるね」

 俺の部屋になれた郁哉はいつものルーティンで手を洗い、うがいをする。慣れたものでちゃんと自分のタオル持参だ。ドラッグストアで働いていると体調を崩して来店するお客さんも多いため欠かすことができないことだけど、その姿に蒼眞がまた何か言いたそうな顔をする。

「蒼眞も、うがい手洗いして。
 タオル、新しいの出すから」

 自分も郁哉と同じ行動を取り、新しいタオルを蒼眞に渡す。言われるままにうがい手洗いをする蒼眞を放ってお湯を沸かし始めると、いつもの場所に座っていいのかどうしようかと迷っている様子の郁哉に気付き「郁哉、いつもの場所でいいよ」と声をかける。
 ベッドとローテーブルしかない部屋で郁哉の定位置は人間を駄目にするクッションで、俺の定位置はソファー代わりにもしているベッドだ。蒼眞には仕方なく座布団を出す。
 いらないと言ったのに勝手に購入した母に少しだけ感謝しておく。
 住所を教えたことはこれでチャラにしておこう。

「蒼眞は座布団ね」

 言いながらお茶を淹れるとローテーブルにお茶を並べる。揃いのマグカップは俺と郁哉の分だと思ったのだろう、ひとつだけ形の違うマグカップを自分の手元に寄せようとした蒼眞に「それ俺の」と言って阻止する。

「お客さん用はこっち」

 郁哉と揃いの100均で買ったマグカップにまた変な顔を見せるから、仕方なくもう一度先ほどと同じことを繰り返しておく。

「蒼眞さぁ、凄い勘違いしてるみたいだからもう一回言うけど、郁哉は友達だよ。
 付き合ってないし、好きでもない。
 一緒に暮らしてるわけでもないし、友達ってだけで恋愛感情も持ってない」

「知ってるのか?」

「知ってるよ。
 でも友達だから」

 核心に触れるような、核心を避けるような、そんな言葉のやりとりに苛々させられる。

「大体、何しに来たの?
 連絡取りたいだけなら他にも方法あるでしょ?」
 
「………から」

 何かを言ったけれど聞き取れなくて余計に苛々して大きなため息を吐いてしまう。2人で話したくないけれど、郁哉がいたせいで変に拗れてしまった気がする。

「2人ともさぁ、遠回しに探り合ってないでちゃんと話したら?
 蒼眞クン?
 蒼眞君は何しに来たの?
 ただ泊まりに来ただけ?」

 俺たちのやり取りに呆れたのか郁哉が口を挟む。

「智充も、牽制するみたいに先に先に話進めない。
 誤解のないように言っておくけど僕は智充の事情は知ってるし、理解もしてる。その上で友達として付き合ってるけど偏見がないとかじゃなくて、僕も智充と同じだから。
 でもお互いに恋愛感情はないし、そういう関係にもならない」

「なんでそんなこと言えるんだ?」

 蒼眞の声は怒ってる時の声だ。俺がゲイだと知ってからほとんど話もしないまま離れたのに、それなのに今まで2人で過ごしてきた時間が些細な蒼眞の表情の変化を思い出させる。

「え~、だってゲイだからって全ての同性が恋愛対象じゃないし。
 智充とは友達として付き合うのは楽しいけど、恋愛の対象としてははっきり言って好みじゃない」

「それはお互い様だよね」

 郁哉の言い分に思わず苦笑いしてしまう。普段こんなふうに自分の恋愛傾向や好みのタイプを口にすることは無いのに、それなのに茶化したように口にするのは俺たちがちゃんと向き合って話をするために気を遣ってくれているのかもしれない。

「その………そういうものなのか?
 同性が恋愛対象でも同性だからって恋愛対象にならないっていうのは」

 郁哉の話を聞いて何か思うところがあるのか蒼眞が話し始める。日本語が多少おかしいのは言葉を選んでいるからだろう。

「例えば蒼眞は恋愛の対象が女の子だよね?」

 俺の言葉に蒼眞は無言で頷く。

「とりあえず同級生の女子思い浮かべて」

 そう言って共通の同級生の名前を何人か出してみる。

「今言った娘、全員恋愛対象として見てる?」
 
「………そんなことは無い」

「それ。
 俺も同じで男だからって誰でも好きになるわけじゃ無いし、同じゲイでも郁哉と俺は同じタイプだからどっちかが宗旨替えしない限り付き合うこともない」

「まぁ、どっちでもイケる人もいるみたいだけどね」

「郁哉は話をややこしくするようなこと言わないの」

 郁哉の余計な一言が少しだけ場の空気を軽くする。やっぱり郁哉に同席してもらったのは正解だったようだ。

「凄い個人的な興味なんだけど、蒼眞君はゲイに偏見あるの?
 だから智充から離れたの?
 それなのになんでこんな所まで来たの?」

 ………やっぱり郁哉を呼んだのは間違いだったかもしれない。





 
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