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海 mirror side
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あの後、支配して欲しいと泣く僕を先輩は優しく抱いてくれた。
「好きなのは海だけだから」
「誰にも目を向けないから」
「海のことを誰にも渡さないから」
そんな事を繰り返し囁き、僕から離れないで、僕を支配し続けてと泣く僕を宥め、溶かし、啼かせ。
再び後孔に受け入れた指は僕の様子を見ながら更に増やされ、その水音を増していく。その音が僕の羞恥を誘い、いやいやと首を振るけれど、それすらも先輩に劣情を抱かせてしまうだけだった。
「気持ちいい」と繰り返し言わされ、「支配して」と何度も言葉に出す。
〈庇護する者〉は、〈庇護される者〉は明確な立場があり、対等ではない。
先輩と身体を重ねた僕は〈庇護される者〉であり、支配される立場になった事で普段の言動も変化していったのだろう。
空の居ない1年は、先輩に〈支配〉という名を付けて甘やかされ、庇護され、ぬるま湯に包まれるように過ごした。
図書室で2人で過ごし、時折先輩の家にお邪魔して身体を重ねる。テスト週間中は必死で勉強をして、テスト期間中は息抜きと称して先輩の家で過ごす。
先輩の邪魔になるのではないかと心配する僕に「一緒に勉強すれば教えてあげられるし、俺のモチベーションも上がるから」と言われてしまえば断ることなどできない。
「海は何も心配なくていいから。
俺の言うこと聞いていたら大丈夫だからね」
そうやって僕の思考能力を奪っていく。と言っても先輩に対することに関してのみだから、それ以外の生活は特には変わりない。特に勉強は成績を下げることによって起こりうる弊害を考え今まで以上に頑張っていたけれど、定期的に欲望を発散するためか以前に比べ調子が良いくらいだ。もちろん、先輩の家庭教師のおかげもあるだろう。
学校では今まで通り人と必要以上に関わることなく、放課後は図書室で過ごす。だけど、少しばかり成績のいいだけの僕は誰にも注目されることなく波風のたたない毎日を送っている。
家ではお兄ちゃんだからと我慢ばかりさせられていた僕は自分だけに向けられる感情が心地良くて、強要されていた〈庇護する者〉という立場を忘れ〈庇護される者〉としての振る舞いを覚えてしまった。
そうなると家での兄としての振る舞いの強要が苦痛で今まで以上に部屋から出なくなり、そんな風にしてしまったせいで空だけは僕の変化に気付いていたようだ。今までと違うのは空は中学生で、僕が高校生であると言うことだけ。時折何か言いたそうにしていたけれど、学校が違う今の段階で空にできることは無いため表面的には平穏な毎日が続く。
この1年は僕のとっての幸せな記憶。
盲目的に先輩を信じて、盲目的に先輩に従って、盲目的に先輩に支配されて。
それでも思い出したかのように空の存在を恐れる僕に「ちゃんと考えてるから」と囁く先輩は、いつからあんなことを考えていたのかと僕を苦悩させるのだけれど、その時には先輩から離れることなんて考えることのできなくなっていた僕はそれ以降も先輩に支配され、翻弄される。
1学年が終わり新しい年度を迎えると当然のように空は入学してきた。
もう1ランク上の高校を勧められても頑なに断り、僕と同じ高校を選んだ空。
僕のいない1年はそれはそれは奔放に過ごしたようで…。僕の知らない空の情報になぜか詳しい弥生さんは、中学での空の奔放な振る舞いを色々と教えてくれた。
来るものは拒まず、去る者は追わず、どこまでの関係なのかは決して言わないものの、自分にまとわりつく〈異性〉の匂いを隠そうとしない。その相手は同じ中学に通う生徒だけにとどまらず、卒業生やその友人、知り合いまで様々で、中学生に見えない空の相手は大学生や社会人もいるのではないかと噂されていると教えられた。
中学生相手に大学生とか、社会人とか、正直信じてはいなかったけれど、言われてみれば帰宅後に家に居ないことも多かった。てっきり塾にでも通っているのだと思っていた僕は、そんな話を聞いてその中に僕以上に執着する誰かが現れないか密かに期待していたけれど、僕と同じ高校をあえて選んだところを見ると空が大切に思えるような〈誰か〉は見つからなかったようだ。
「朝は一緒に行こう?」
学校が同じになってしまったせいで空が入学した当初はそんな風に言われたけれど、高校生になったのだからと断る。両親は何か言いたそうな顔をしたけれど、「流石にそうだよね」と空が言えば納得したようだった。だからと言って空が諦めたわけではなくて、時間を合わせて家を出たり、少しだけ時間をずらして後をつけるかのようにしてみたり。空は空で僕の変化の理由を探っていたのだろう。だけど、先輩と会うのは放課後だけだから今のところ空に気づかれることは無い。
校内では学年毎に使用階が違うため教室に行ってしまえば会うことは無いけれど、その目立つ容姿のせいで学年問わず声をかけられるためその都度〈兄〉である僕の存在をアピールする。ただ、空が入学することを見越して極力目立たないように過ごしてきたお陰で空がアピールしたところで〈僕〉という存在を認知していないのだから意味がない。それならばと何かにつけて僕の教室に顔を出すけれど、小学校や中学校の時と違い周りの反応は薄い。
空は自分の周りを固めるためか、放課後は僕に付き纏うことなく新しくできた友人と過ごしているようで、先輩とは今までのように図書室での逢瀬を重ねる。
「弟、どう?」
その日は少し話をしようと図書館ではなく屋上の扉の前で待ち合わせ、ポツリポツリと言葉を交わす。
「何か気付いてはいるみたいです。
きっと、近いうちに見つかる」
言いながら繋がれた手に無意識に力をこめてしまう。
今の僕にとって、空の存在は脅威でしかない。少しずつ少しずつ狭まっていく包囲網。空が図書室で過ごす僕たちにたどり着くのは、きっとそれほど遠くない未来。
「どうすると思う?」
「…先輩を欲しがると思います」
そう、空は僕が誰かのものになることも、誰かを手に入れることも許さない。
だから、先輩のものである僕も、先輩を手に入れた僕も許さないはずだ。
「どうして欲しい?」
「僕は、先輩の指示に従うだけです」
結局、支配されることに、庇護されたことに慣れてしまった僕は、自分で決めることも、自分の意思を伝えることもできずただただ先輩の指示を待つばかりで〈支配〉と言う名のぬるま湯に浸かったまま。
だから、その後の先輩の言葉に従うしかなかった。
「じゃあ、このまま弟が何もしなければ海と付き合い続けるけど、弟が何かアクションを起こしたらそれに乗ってみるから」
当たり前のことのように言われた言葉に理解が追いつかなかった。
〈先輩を欲しがる〉と伝えたのに、それに乗っかるのならば僕はどうしたらいいのだろう?
「僕は、どうしたらいいですか?」
自分で考える事を一瞬で放棄して、先輩の言葉を待つ。支配されることに慣れてしまった僕は、先輩の言葉に意を唱えることなんて出来ないから。
「海は今のまま、俺の言うことに従えばいいよ。そうだな、そうなったら1年我慢して。俺が何をしても気にしないで今までみたいに過ごすんだ。
俺が卒業するまでの我慢。
放課後は図書室かここで過ごせばいい。連絡がとりたければ弥生ちゃんを通して。
だけど、もしそうなっても俺が好きなのは海だから」
「我慢、ですか?」
「そう。
俺が誰と、何をして過ごしてもそれだけは覚えておいて。これから俺がする事はこの先、海と一緒に過ごす為の準備だから」
「僕のため、ですか?」
「そう。
海と俺のため。
俺と海がずっと一緒にいるための準備だから」
そう言われてしまうと頷くしかなかった。これから何が起こるのか、空は先輩に対してどんな想いを抱くのか。
「何があっても、何をしても俺のことを信じて」
言いながらいつものように僕を先輩の上に座らせて唇を重ねる。
「こんな風にする相手は海だけだし、俺が抱きたいのは海だけだから。
それだけは信じていて」
そんな約束をさせられたあの日。
先輩の意図がわからないまま頷いた僕は、この日から少しずつ少しずつ壊されていく。
この時、僕はどうするのが最良だったのだろう?
僕が先輩を信じ、支配され続けた事は正解だったのだろうか?
「見付けた」
隠れて過ごしていたのに見つかるのは予想よりもはるかに早かった。
それは、先輩に「信じて」と言われた数日後の事。
部活をしているわけでも無いのに校内にいるのだから、図書館や自習室にいる事なんて空にはお見通しだったはずなのに、それなのに今まで見つからなかったのは見つからなかったのではなくて、僕を油断させるために時期を見計らっていただけなのかもしれない。
空が僕を兄だと周知したせいで、僕の知らない空の知っている人たちにまで認知されてしまったのだろう。
その誰かから聞いたタイミングだったのか、図書室にやってきた空は見惚れるような笑みを浮かべていた。
「はじめまして。
海、紹介してもらえる?」
そう言って嘲るような笑みを僕に向けた空に苛つきながらもそのお願いを断ると言う選択肢のない僕は、仕方なく先輩に空のことを紹介する。
「弟の空です。
こちら、洵先輩」
2人が会話を交わすことが許せなくて空が言葉を挟む前に先輩を紹介する。ちらりと空の様子を伺えば僕には見せることのない艶やかな笑みで先輩のことを見ている。
いつもの顔だ。
僕の周りから人を奪っていく笑顔。
きっと先輩も空を選ぶのだろう。
諦めに似た感情が僕の心を覆っていく。こんな事は今までにも何度もあったのに、こんな風に辛いのは初めてだ。
先輩は僕の言葉に軽く頭を下げるけれど、言葉を発することは無い。
「先輩ってことは3年生なんですよね?」
早く帰れと言葉に出してはないものの、僕の顔はきっと不機嫌さを隠せてはいないだろう。だけど、空はそんな事お構いなしに先輩の隣に座り話しかける。
「空、ここ図書室だから」
先輩に話しかけられるのが嫌で、早く図書室から出て行って欲しくて言ってみるけれど、そんなことで空が動じるはずもなく、先輩に向けて微笑んで言葉を続ける。
「高校に入ってから海と過ごす時間が減ったのって洵先輩と知り合ったからなんですね。
最近の海の話、聞かせてもらえませんか?」
僕を好きでい続けてくれると言ったけれど、空がアクションを起こせばそれに乗ってみるといった先輩は、今からきっと空の手を取るのだろう。
そして、結局空のことを選ぶのだろう。だって、今までだってそうだったから。
「海」
先輩が僕を呼ぶ声が聞こえたけれど、僕は自分の気持ちを押し殺して〈いつもの事だから〉と諦めることしかできなかった。
「好きなのは海だけだから」
「誰にも目を向けないから」
「海のことを誰にも渡さないから」
そんな事を繰り返し囁き、僕から離れないで、僕を支配し続けてと泣く僕を宥め、溶かし、啼かせ。
再び後孔に受け入れた指は僕の様子を見ながら更に増やされ、その水音を増していく。その音が僕の羞恥を誘い、いやいやと首を振るけれど、それすらも先輩に劣情を抱かせてしまうだけだった。
「気持ちいい」と繰り返し言わされ、「支配して」と何度も言葉に出す。
〈庇護する者〉は、〈庇護される者〉は明確な立場があり、対等ではない。
先輩と身体を重ねた僕は〈庇護される者〉であり、支配される立場になった事で普段の言動も変化していったのだろう。
空の居ない1年は、先輩に〈支配〉という名を付けて甘やかされ、庇護され、ぬるま湯に包まれるように過ごした。
図書室で2人で過ごし、時折先輩の家にお邪魔して身体を重ねる。テスト週間中は必死で勉強をして、テスト期間中は息抜きと称して先輩の家で過ごす。
先輩の邪魔になるのではないかと心配する僕に「一緒に勉強すれば教えてあげられるし、俺のモチベーションも上がるから」と言われてしまえば断ることなどできない。
「海は何も心配なくていいから。
俺の言うこと聞いていたら大丈夫だからね」
そうやって僕の思考能力を奪っていく。と言っても先輩に対することに関してのみだから、それ以外の生活は特には変わりない。特に勉強は成績を下げることによって起こりうる弊害を考え今まで以上に頑張っていたけれど、定期的に欲望を発散するためか以前に比べ調子が良いくらいだ。もちろん、先輩の家庭教師のおかげもあるだろう。
学校では今まで通り人と必要以上に関わることなく、放課後は図書室で過ごす。だけど、少しばかり成績のいいだけの僕は誰にも注目されることなく波風のたたない毎日を送っている。
家ではお兄ちゃんだからと我慢ばかりさせられていた僕は自分だけに向けられる感情が心地良くて、強要されていた〈庇護する者〉という立場を忘れ〈庇護される者〉としての振る舞いを覚えてしまった。
そうなると家での兄としての振る舞いの強要が苦痛で今まで以上に部屋から出なくなり、そんな風にしてしまったせいで空だけは僕の変化に気付いていたようだ。今までと違うのは空は中学生で、僕が高校生であると言うことだけ。時折何か言いたそうにしていたけれど、学校が違う今の段階で空にできることは無いため表面的には平穏な毎日が続く。
この1年は僕のとっての幸せな記憶。
盲目的に先輩を信じて、盲目的に先輩に従って、盲目的に先輩に支配されて。
それでも思い出したかのように空の存在を恐れる僕に「ちゃんと考えてるから」と囁く先輩は、いつからあんなことを考えていたのかと僕を苦悩させるのだけれど、その時には先輩から離れることなんて考えることのできなくなっていた僕はそれ以降も先輩に支配され、翻弄される。
1学年が終わり新しい年度を迎えると当然のように空は入学してきた。
もう1ランク上の高校を勧められても頑なに断り、僕と同じ高校を選んだ空。
僕のいない1年はそれはそれは奔放に過ごしたようで…。僕の知らない空の情報になぜか詳しい弥生さんは、中学での空の奔放な振る舞いを色々と教えてくれた。
来るものは拒まず、去る者は追わず、どこまでの関係なのかは決して言わないものの、自分にまとわりつく〈異性〉の匂いを隠そうとしない。その相手は同じ中学に通う生徒だけにとどまらず、卒業生やその友人、知り合いまで様々で、中学生に見えない空の相手は大学生や社会人もいるのではないかと噂されていると教えられた。
中学生相手に大学生とか、社会人とか、正直信じてはいなかったけれど、言われてみれば帰宅後に家に居ないことも多かった。てっきり塾にでも通っているのだと思っていた僕は、そんな話を聞いてその中に僕以上に執着する誰かが現れないか密かに期待していたけれど、僕と同じ高校をあえて選んだところを見ると空が大切に思えるような〈誰か〉は見つからなかったようだ。
「朝は一緒に行こう?」
学校が同じになってしまったせいで空が入学した当初はそんな風に言われたけれど、高校生になったのだからと断る。両親は何か言いたそうな顔をしたけれど、「流石にそうだよね」と空が言えば納得したようだった。だからと言って空が諦めたわけではなくて、時間を合わせて家を出たり、少しだけ時間をずらして後をつけるかのようにしてみたり。空は空で僕の変化の理由を探っていたのだろう。だけど、先輩と会うのは放課後だけだから今のところ空に気づかれることは無い。
校内では学年毎に使用階が違うため教室に行ってしまえば会うことは無いけれど、その目立つ容姿のせいで学年問わず声をかけられるためその都度〈兄〉である僕の存在をアピールする。ただ、空が入学することを見越して極力目立たないように過ごしてきたお陰で空がアピールしたところで〈僕〉という存在を認知していないのだから意味がない。それならばと何かにつけて僕の教室に顔を出すけれど、小学校や中学校の時と違い周りの反応は薄い。
空は自分の周りを固めるためか、放課後は僕に付き纏うことなく新しくできた友人と過ごしているようで、先輩とは今までのように図書室での逢瀬を重ねる。
「弟、どう?」
その日は少し話をしようと図書館ではなく屋上の扉の前で待ち合わせ、ポツリポツリと言葉を交わす。
「何か気付いてはいるみたいです。
きっと、近いうちに見つかる」
言いながら繋がれた手に無意識に力をこめてしまう。
今の僕にとって、空の存在は脅威でしかない。少しずつ少しずつ狭まっていく包囲網。空が図書室で過ごす僕たちにたどり着くのは、きっとそれほど遠くない未来。
「どうすると思う?」
「…先輩を欲しがると思います」
そう、空は僕が誰かのものになることも、誰かを手に入れることも許さない。
だから、先輩のものである僕も、先輩を手に入れた僕も許さないはずだ。
「どうして欲しい?」
「僕は、先輩の指示に従うだけです」
結局、支配されることに、庇護されたことに慣れてしまった僕は、自分で決めることも、自分の意思を伝えることもできずただただ先輩の指示を待つばかりで〈支配〉と言う名のぬるま湯に浸かったまま。
だから、その後の先輩の言葉に従うしかなかった。
「じゃあ、このまま弟が何もしなければ海と付き合い続けるけど、弟が何かアクションを起こしたらそれに乗ってみるから」
当たり前のことのように言われた言葉に理解が追いつかなかった。
〈先輩を欲しがる〉と伝えたのに、それに乗っかるのならば僕はどうしたらいいのだろう?
「僕は、どうしたらいいですか?」
自分で考える事を一瞬で放棄して、先輩の言葉を待つ。支配されることに慣れてしまった僕は、先輩の言葉に意を唱えることなんて出来ないから。
「海は今のまま、俺の言うことに従えばいいよ。そうだな、そうなったら1年我慢して。俺が何をしても気にしないで今までみたいに過ごすんだ。
俺が卒業するまでの我慢。
放課後は図書室かここで過ごせばいい。連絡がとりたければ弥生ちゃんを通して。
だけど、もしそうなっても俺が好きなのは海だから」
「我慢、ですか?」
「そう。
俺が誰と、何をして過ごしてもそれだけは覚えておいて。これから俺がする事はこの先、海と一緒に過ごす為の準備だから」
「僕のため、ですか?」
「そう。
海と俺のため。
俺と海がずっと一緒にいるための準備だから」
そう言われてしまうと頷くしかなかった。これから何が起こるのか、空は先輩に対してどんな想いを抱くのか。
「何があっても、何をしても俺のことを信じて」
言いながらいつものように僕を先輩の上に座らせて唇を重ねる。
「こんな風にする相手は海だけだし、俺が抱きたいのは海だけだから。
それだけは信じていて」
そんな約束をさせられたあの日。
先輩の意図がわからないまま頷いた僕は、この日から少しずつ少しずつ壊されていく。
この時、僕はどうするのが最良だったのだろう?
僕が先輩を信じ、支配され続けた事は正解だったのだろうか?
「見付けた」
隠れて過ごしていたのに見つかるのは予想よりもはるかに早かった。
それは、先輩に「信じて」と言われた数日後の事。
部活をしているわけでも無いのに校内にいるのだから、図書館や自習室にいる事なんて空にはお見通しだったはずなのに、それなのに今まで見つからなかったのは見つからなかったのではなくて、僕を油断させるために時期を見計らっていただけなのかもしれない。
空が僕を兄だと周知したせいで、僕の知らない空の知っている人たちにまで認知されてしまったのだろう。
その誰かから聞いたタイミングだったのか、図書室にやってきた空は見惚れるような笑みを浮かべていた。
「はじめまして。
海、紹介してもらえる?」
そう言って嘲るような笑みを僕に向けた空に苛つきながらもそのお願いを断ると言う選択肢のない僕は、仕方なく先輩に空のことを紹介する。
「弟の空です。
こちら、洵先輩」
2人が会話を交わすことが許せなくて空が言葉を挟む前に先輩を紹介する。ちらりと空の様子を伺えば僕には見せることのない艶やかな笑みで先輩のことを見ている。
いつもの顔だ。
僕の周りから人を奪っていく笑顔。
きっと先輩も空を選ぶのだろう。
諦めに似た感情が僕の心を覆っていく。こんな事は今までにも何度もあったのに、こんな風に辛いのは初めてだ。
先輩は僕の言葉に軽く頭を下げるけれど、言葉を発することは無い。
「先輩ってことは3年生なんですよね?」
早く帰れと言葉に出してはないものの、僕の顔はきっと不機嫌さを隠せてはいないだろう。だけど、空はそんな事お構いなしに先輩の隣に座り話しかける。
「空、ここ図書室だから」
先輩に話しかけられるのが嫌で、早く図書室から出て行って欲しくて言ってみるけれど、そんなことで空が動じるはずもなく、先輩に向けて微笑んで言葉を続ける。
「高校に入ってから海と過ごす時間が減ったのって洵先輩と知り合ったからなんですね。
最近の海の話、聞かせてもらえませんか?」
僕を好きでい続けてくれると言ったけれど、空がアクションを起こせばそれに乗ってみるといった先輩は、今からきっと空の手を取るのだろう。
そして、結局空のことを選ぶのだろう。だって、今までだってそうだったから。
「海」
先輩が僕を呼ぶ声が聞こえたけれど、僕は自分の気持ちを押し殺して〈いつもの事だから〉と諦めることしかできなかった。
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