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空
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海、オレの大切な人。
関係性で言えば〈兄〉だけど、オレは海に兄を求めた事はない。
いつからかなんて考えてもわからないけれど、気が付いた時には海だけがオレの大切なものだった。
誰にも見せたくない、誰にも触らせたくない。
〈友達〉という呼び名がつくだけで海を独占しようとする奴らが許せなかった。
〈親〉という呼び名がつくだけで海を支配しようとする2人が許せなかった。
まぁ、幼い自分がそんな風に思っていたかは知らないけれど、今ならば明確に理解できる独占欲。
年子の海は全てのことに対してオレよりもひと足先に経験するのが許せなくて、その理由を理解できていなかったオレは今思うと海の自由を奪い続けていたのだろう。
はじめは本当に些細な事。
オレをかまう事なく玩具で遊ぶのが気に入らなかった。玩具さえ無くなればオレと遊んでくれると思ったんだ。
だけど、駄々をこねたオレに海から取り上げた玩具を渡した親は、海に対して他の玩具で遊ぶことを強要した。
一緒に遊ぶように声をかけるのが普通だと思うけどうちの親は何に対してもオレ優先で、海も諦めたように他のことを始める。そうなるとオレはまた海の持った玩具を欲しがり、それを見た親は海から取り上げた玩具をオレに渡す。
海が食べているものは美味しそうに見えて手を伸ばせばそれはそのままオレの前に置かれる。海が小さいのはオレがそうやって食事の邪魔をしたせいかもしれない。
ただ申し訳ないことをしたと思うけれど、今の海のサイズ感はオレにとっては最適だから反省はしても後悔はしていない。
オレみたいなサイズの海なんて興醒めだ。
物心がついた頃には海のことが好きで、海のことが大切で、オレ以外の人間と接することが許せなかった。
オレよりも先に幼稚園に入り、友達ができたとオレじゃない名前を呼ぶ。それが気に入らなくて癇癪を起こした。
まだ自分の意思をうまく伝えられなくて、何が気に入らないかも理解できていなくて、海がオレを気にかけてくれるのは嬉しいけれど、その気持ちの持って行きどころがわからなくて海の事を噛んだり突き飛ばしたりしては泣かせたりもした。世に言う〈魔の2歳児〉だったのだ、きっと。
「お兄ちゃんでしょ?」
その一言を海がどれだけ嫌っているのか、1番理解しているのはオレだろう。
言われるたびに眉間に皺を寄せて何かを堪える顔をしているのに両親は気付いていない、どころか気にもしていない。
両親にとって海は兄で、兄というのは何でもできて弟を無条件に許して可愛がるものだという認識らしい。
はじめはそんなものだと思っていた。
だけど、小学生になり周りのことが少しずつわかってくるとオレと海の関係が他の兄弟とは少し違うことに気づいてくる。
兄は、案外横暴だったりするらしい。
玩具は貸してくれないし、おやつを弟の分まで食べるのは当たり前。気に入らなければ殴られるし、理不尽な事で八つ当たりだってされる。
だけど、一緒に遊んでくれるし、分けて食べないといけないおやつの時は大きい方を譲ってくれることもあるし、弟のピンチの時には助けてくれたりもするらしい。
海は…オレが欲しいと言えば玩具もお菓子も全て差し出す。
オレが癇癪を起こして海のことを叩いたり噛みついたりしても反撃することなく耐えている。
美味しいおやつはオレのもので、オレの方が何事においても秀でているため助けてもらわないといけないシュチュエーションにもならない。どちらがと言えばオレが助ける方だろう。
「空のとこは海君、弟みたいだよね」
「身体も小さいし、空の方が何でもできるし」
成長するにつれ、友人がそんなことを言うからオレは調子に乗ってしまったんだ。
兄が弟を助けるのならばうちの場合はオレが空を助ければ良い。友達といる時に弱い海が虐められると困るから友達だって必要ない。
元々、一緒に遊んでも大人しい海よりも遊び相手としてはオレの方が重宝されていたから少しだけ積極的に海の友人に声をかければそいつらは海よりもオレを誘うようになっていった。
別に海を孤立させたかったわけではないけれど、オレ以外と楽しく過ごしている海が許せなかっただけ。
友人と遊ぶ時にはオレを置いてきぼりにしようとするのが気に入らなかっただけ。
別に遊びに行く時に海に「来るな」なんて言った事はない。海が一緒に遊ぶのならばそれはそれで楽しいだろう。
だけど、海の元友達と遊んでいても次第に身体能力の差が顕著になってきたせいで置いていかれることの多くなった海は、いつしか遊びに参加する事が無くなるだけでなく、友人を作ることすら諦めるようになっていってしまった。
正直、可哀想なことをしてしまったという自覚はある。あるけれど、それ以上に海を誰かに独占される事がなくなったことに対する喜びの方が大きかった。
小学校の高学年になる頃にはオレの方が身長も高く、身体つきもしっかりしてきたのに比べ海は小さいまま。
本当に同じ遺伝子から作られたのかと思うほど差の出てしまった体型。
顔はよく見れば似てはいるのだけど、オレの顔は良く言えば華やか、悪く言えば派手。海はと言えば良く言えば儚い、悪く言えば暗い顔付きでパッと見では兄弟には見えないだろう。
そして、性格もオレが誰とでも分け隔てなく付き合うのと比べ、海は特定の友人しか側に寄せず、その友人もオレが声をかけると尻尾を振ってこちらにきてしまう。
別に、海の友人を取り上げる気なんて全く無かったんだ。ただただ〈海〉を囲う中に入りたかっただけ。海のことを守るために近くに居たかっただけ。
海は、幼い頃からオレに対する不満を少しずつ少しずつ溜め込み、中学に上がると自由になる時間を勉強のために使い、成績を上げることだけに躍起になった。
そして聞いてしまった海の願い。
「行きたい高校があるんだけど」
そう言って海が示した高校は家から通うことのできない、寮に入ることになる高校だった。
全寮制ではないけれど、遠方から通う生徒のために寮のあるその高校はそれなりの学力がないと入れないけれど、今のままの成績なら問題無いだろう。
でも海は分かってない。
海はオレの影に隠れて、オレに邪魔されて友達ができないと思っているみたいだけどそれは間違いだ。確かに小学生の頃は弱そうに見える海よりも活発なオレと遊ぶことを好んだ海の友人は、中学生になった今はその高潔さに近づくことを躊躇うのだ。海に近づく事ができず、何とかしてオレに取り入ろうとするけれどそんなこと許す気はない。
海がもう少し愛想が良ければ直接海に話しかける事ができたのかもしれないけれど、家では我慢させられ、外ではオレに友達を取られたと思っている海はとにかく自己評価が低い。少し手を伸ばせば欲しいものは掴めるのに、それなのに手を伸ばす前に諦めてしまうのだ。
もしも、もしもオレから離れてそれに気付いてしまったら2度とオレのところには戻ってこないだろう。だから両親に言ったんだ。
「オレも海と同じ高校に行くから」
ただそれだけ。
兄を慕う弟の気持ちを優先した訳ではなくて、オレを溺愛する両親は俺を遠くに行かせないためだけに海の進学に規制をかけた。
普通の両親、というと語弊があるかもしれないけれど、子供のことを少しでも考える両親ならこんな選択はしないだろう。俺たちが幼い頃は母が時短勤務をしていたけれど、両親そろってフルタイムで働くようになった今、学費が出せないということもないはずだ。だけど、阿呆な両親は海のやる気よりもオレの我が儘を優先した。
可哀想な海は何度も反抗して、何度も自分の意思を伝えようとしたけれど、それを聞き入れるような両親ではない。
結局、家から通える中でも次の進路に有利であろう高校を選んだ海は、今度こそオレのことを毛嫌いするようになった。
「空はもっとレベルの高い高校だって行けるよね?」
遠回しの拒絶。
高校に入り、少しだけ自由になったせいでその自由を失いたくなくなったのだろう。事ある毎に言われる言葉。
家に帰りたくないのが見え見えで、日に日に帰りが遅くなるためどこでどう時間を潰しているのかが気になるところだ。
「レベル高いとこ行って通学で時間取られるくらいなら近くに行って、その分勉強に充てるし」
オレがそう言って進路を変える気がないと伝える度に眉間に皺を寄せていることに自分では気付いてないのだろう。
拒絶されることに何も思わない訳ではないけれど、それでもどんな感情であれオレ1人に向けられる感情は喜びしかなかった。
海の拒絶は日に日に増していき、「空の学力でうちの学校来るのは勿体無いよ」とか「もっとレベルの高いとこ目指してみたら?」と、とにかく同じ高校に行くことを強く拒むようになった時に〈何か〉が有るのだと気付いてしまった。
オレが同じ高校に行くことを拒む〈何か〉。
普段は海の弟であるせいで損ばかりしているように思っていた。
オレが兄で海が弟だったら。
弟である海を慈しみ、甘やかして、オレが居ないと生活できないようにできるのに。それなのに海が兄である以上、全ての事柄を海の方が先に経験するためオレは追いかけるしかなかった。
でも、ここに来てそれが良い方に作用する。
海が弟であればオレの進路を見て自分の進路を変えることも可能だろう。だけど、オレが弟であるせいで、追いかける事ができるせいで、海がどんなに足掻いてもオレから逃げる事ができないのだ。
「4月からはまた一緒だね」
無事に高校に合格した時にそう言ったオレの言葉に海は眉間の皺を深めた。
何か言いたげな顔をしていても何も言うことのできない可哀想な海。
「おめでとうくらい言ってあげなさいよ」
母のその言葉に「おめでとう」と全く心のこもっていない祝辞をくれるけれど、眉間の皺は消える事がない。
せっかく手に入れは自由が無くなる事を恐れ、何とかできないかと画策し、それでも失うことを覚悟しないといけないと、諦めるしかないのだと自覚する海は可哀想で可愛い。
だから、少しだけ猶予をあげたんだ。
もしかしたら大丈夫かもしれないと、今までとは違うのかもしれないと、オレから逃れ、自由に過ごす事ができるかもしれないと希望を持つように。
そして、その希望を奪い絶望し、オレからは逃れられないと自覚させるために。
「見付けた」
オレの声を聞いて、オレの笑顔を見て眉間の皺を深めた海は、最高に可哀想で、最高に可愛かった。
関係性で言えば〈兄〉だけど、オレは海に兄を求めた事はない。
いつからかなんて考えてもわからないけれど、気が付いた時には海だけがオレの大切なものだった。
誰にも見せたくない、誰にも触らせたくない。
〈友達〉という呼び名がつくだけで海を独占しようとする奴らが許せなかった。
〈親〉という呼び名がつくだけで海を支配しようとする2人が許せなかった。
まぁ、幼い自分がそんな風に思っていたかは知らないけれど、今ならば明確に理解できる独占欲。
年子の海は全てのことに対してオレよりもひと足先に経験するのが許せなくて、その理由を理解できていなかったオレは今思うと海の自由を奪い続けていたのだろう。
はじめは本当に些細な事。
オレをかまう事なく玩具で遊ぶのが気に入らなかった。玩具さえ無くなればオレと遊んでくれると思ったんだ。
だけど、駄々をこねたオレに海から取り上げた玩具を渡した親は、海に対して他の玩具で遊ぶことを強要した。
一緒に遊ぶように声をかけるのが普通だと思うけどうちの親は何に対してもオレ優先で、海も諦めたように他のことを始める。そうなるとオレはまた海の持った玩具を欲しがり、それを見た親は海から取り上げた玩具をオレに渡す。
海が食べているものは美味しそうに見えて手を伸ばせばそれはそのままオレの前に置かれる。海が小さいのはオレがそうやって食事の邪魔をしたせいかもしれない。
ただ申し訳ないことをしたと思うけれど、今の海のサイズ感はオレにとっては最適だから反省はしても後悔はしていない。
オレみたいなサイズの海なんて興醒めだ。
物心がついた頃には海のことが好きで、海のことが大切で、オレ以外の人間と接することが許せなかった。
オレよりも先に幼稚園に入り、友達ができたとオレじゃない名前を呼ぶ。それが気に入らなくて癇癪を起こした。
まだ自分の意思をうまく伝えられなくて、何が気に入らないかも理解できていなくて、海がオレを気にかけてくれるのは嬉しいけれど、その気持ちの持って行きどころがわからなくて海の事を噛んだり突き飛ばしたりしては泣かせたりもした。世に言う〈魔の2歳児〉だったのだ、きっと。
「お兄ちゃんでしょ?」
その一言を海がどれだけ嫌っているのか、1番理解しているのはオレだろう。
言われるたびに眉間に皺を寄せて何かを堪える顔をしているのに両親は気付いていない、どころか気にもしていない。
両親にとって海は兄で、兄というのは何でもできて弟を無条件に許して可愛がるものだという認識らしい。
はじめはそんなものだと思っていた。
だけど、小学生になり周りのことが少しずつわかってくるとオレと海の関係が他の兄弟とは少し違うことに気づいてくる。
兄は、案外横暴だったりするらしい。
玩具は貸してくれないし、おやつを弟の分まで食べるのは当たり前。気に入らなければ殴られるし、理不尽な事で八つ当たりだってされる。
だけど、一緒に遊んでくれるし、分けて食べないといけないおやつの時は大きい方を譲ってくれることもあるし、弟のピンチの時には助けてくれたりもするらしい。
海は…オレが欲しいと言えば玩具もお菓子も全て差し出す。
オレが癇癪を起こして海のことを叩いたり噛みついたりしても反撃することなく耐えている。
美味しいおやつはオレのもので、オレの方が何事においても秀でているため助けてもらわないといけないシュチュエーションにもならない。どちらがと言えばオレが助ける方だろう。
「空のとこは海君、弟みたいだよね」
「身体も小さいし、空の方が何でもできるし」
成長するにつれ、友人がそんなことを言うからオレは調子に乗ってしまったんだ。
兄が弟を助けるのならばうちの場合はオレが空を助ければ良い。友達といる時に弱い海が虐められると困るから友達だって必要ない。
元々、一緒に遊んでも大人しい海よりも遊び相手としてはオレの方が重宝されていたから少しだけ積極的に海の友人に声をかければそいつらは海よりもオレを誘うようになっていった。
別に海を孤立させたかったわけではないけれど、オレ以外と楽しく過ごしている海が許せなかっただけ。
友人と遊ぶ時にはオレを置いてきぼりにしようとするのが気に入らなかっただけ。
別に遊びに行く時に海に「来るな」なんて言った事はない。海が一緒に遊ぶのならばそれはそれで楽しいだろう。
だけど、海の元友達と遊んでいても次第に身体能力の差が顕著になってきたせいで置いていかれることの多くなった海は、いつしか遊びに参加する事が無くなるだけでなく、友人を作ることすら諦めるようになっていってしまった。
正直、可哀想なことをしてしまったという自覚はある。あるけれど、それ以上に海を誰かに独占される事がなくなったことに対する喜びの方が大きかった。
小学校の高学年になる頃にはオレの方が身長も高く、身体つきもしっかりしてきたのに比べ海は小さいまま。
本当に同じ遺伝子から作られたのかと思うほど差の出てしまった体型。
顔はよく見れば似てはいるのだけど、オレの顔は良く言えば華やか、悪く言えば派手。海はと言えば良く言えば儚い、悪く言えば暗い顔付きでパッと見では兄弟には見えないだろう。
そして、性格もオレが誰とでも分け隔てなく付き合うのと比べ、海は特定の友人しか側に寄せず、その友人もオレが声をかけると尻尾を振ってこちらにきてしまう。
別に、海の友人を取り上げる気なんて全く無かったんだ。ただただ〈海〉を囲う中に入りたかっただけ。海のことを守るために近くに居たかっただけ。
海は、幼い頃からオレに対する不満を少しずつ少しずつ溜め込み、中学に上がると自由になる時間を勉強のために使い、成績を上げることだけに躍起になった。
そして聞いてしまった海の願い。
「行きたい高校があるんだけど」
そう言って海が示した高校は家から通うことのできない、寮に入ることになる高校だった。
全寮制ではないけれど、遠方から通う生徒のために寮のあるその高校はそれなりの学力がないと入れないけれど、今のままの成績なら問題無いだろう。
でも海は分かってない。
海はオレの影に隠れて、オレに邪魔されて友達ができないと思っているみたいだけどそれは間違いだ。確かに小学生の頃は弱そうに見える海よりも活発なオレと遊ぶことを好んだ海の友人は、中学生になった今はその高潔さに近づくことを躊躇うのだ。海に近づく事ができず、何とかしてオレに取り入ろうとするけれどそんなこと許す気はない。
海がもう少し愛想が良ければ直接海に話しかける事ができたのかもしれないけれど、家では我慢させられ、外ではオレに友達を取られたと思っている海はとにかく自己評価が低い。少し手を伸ばせば欲しいものは掴めるのに、それなのに手を伸ばす前に諦めてしまうのだ。
もしも、もしもオレから離れてそれに気付いてしまったら2度とオレのところには戻ってこないだろう。だから両親に言ったんだ。
「オレも海と同じ高校に行くから」
ただそれだけ。
兄を慕う弟の気持ちを優先した訳ではなくて、オレを溺愛する両親は俺を遠くに行かせないためだけに海の進学に規制をかけた。
普通の両親、というと語弊があるかもしれないけれど、子供のことを少しでも考える両親ならこんな選択はしないだろう。俺たちが幼い頃は母が時短勤務をしていたけれど、両親そろってフルタイムで働くようになった今、学費が出せないということもないはずだ。だけど、阿呆な両親は海のやる気よりもオレの我が儘を優先した。
可哀想な海は何度も反抗して、何度も自分の意思を伝えようとしたけれど、それを聞き入れるような両親ではない。
結局、家から通える中でも次の進路に有利であろう高校を選んだ海は、今度こそオレのことを毛嫌いするようになった。
「空はもっとレベルの高い高校だって行けるよね?」
遠回しの拒絶。
高校に入り、少しだけ自由になったせいでその自由を失いたくなくなったのだろう。事ある毎に言われる言葉。
家に帰りたくないのが見え見えで、日に日に帰りが遅くなるためどこでどう時間を潰しているのかが気になるところだ。
「レベル高いとこ行って通学で時間取られるくらいなら近くに行って、その分勉強に充てるし」
オレがそう言って進路を変える気がないと伝える度に眉間に皺を寄せていることに自分では気付いてないのだろう。
拒絶されることに何も思わない訳ではないけれど、それでもどんな感情であれオレ1人に向けられる感情は喜びしかなかった。
海の拒絶は日に日に増していき、「空の学力でうちの学校来るのは勿体無いよ」とか「もっとレベルの高いとこ目指してみたら?」と、とにかく同じ高校に行くことを強く拒むようになった時に〈何か〉が有るのだと気付いてしまった。
オレが同じ高校に行くことを拒む〈何か〉。
普段は海の弟であるせいで損ばかりしているように思っていた。
オレが兄で海が弟だったら。
弟である海を慈しみ、甘やかして、オレが居ないと生活できないようにできるのに。それなのに海が兄である以上、全ての事柄を海の方が先に経験するためオレは追いかけるしかなかった。
でも、ここに来てそれが良い方に作用する。
海が弟であればオレの進路を見て自分の進路を変えることも可能だろう。だけど、オレが弟であるせいで、追いかける事ができるせいで、海がどんなに足掻いてもオレから逃げる事ができないのだ。
「4月からはまた一緒だね」
無事に高校に合格した時にそう言ったオレの言葉に海は眉間の皺を深めた。
何か言いたげな顔をしていても何も言うことのできない可哀想な海。
「おめでとうくらい言ってあげなさいよ」
母のその言葉に「おめでとう」と全く心のこもっていない祝辞をくれるけれど、眉間の皺は消える事がない。
せっかく手に入れは自由が無くなる事を恐れ、何とかできないかと画策し、それでも失うことを覚悟しないといけないと、諦めるしかないのだと自覚する海は可哀想で可愛い。
だから、少しだけ猶予をあげたんだ。
もしかしたら大丈夫かもしれないと、今までとは違うのかもしれないと、オレから逃れ、自由に過ごす事ができるかもしれないと希望を持つように。
そして、その希望を奪い絶望し、オレからは逃れられないと自覚させるために。
「見付けた」
オレの声を聞いて、オレの笑顔を見て眉間の皺を深めた海は、最高に可哀想で、最高に可愛かった。
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