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それから 6
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その日、美容院から帰宅した奈那はそれなりの程にはなっていた。俺のスーツの写真を持参して合わせたというワンピースはそれなりに可愛らしかったし、それに合わせた髪型も派手になりすぎず奈那の魅力を引き立てていた。
奈那だけを見れば可愛らしいお嬢さんと微笑ましくもあるのだけど、俺と並んでしまうと場違い感が増してしまう。
奈那だけで立っていればよく似合うワンピースも俺の隣に立つと素材の違いでとても安っぽく見える。ワンピースと靴、イミテーションのアクセサリーまではそれなりだったけれどコートにまで気が回らなかったのだろう。どうせクロークに預けるのだからと学生らしいコートを羽織るのだから興醒めだ。
普段あまり気が付かなかった事だったけれど、こうしてみると周りから学んできていたことの多さに驚かされる。
一流の中にいた事で自分も一流なのだと勘違いをしているわけではないけれど、それなりに磨かれる物が確かにあったのだ。
父の指定した集まりは光流をエスコートして行っていたそれには数段劣り、奈那は思ったよりは浮く事はなかった。俺も浮く事はなかったものの、種類の違う人々に囲まれ勝手が違い戸惑ってしまう。以前は挨拶さえすれば解放されたけれど今後はそうはいかないだろう。
自分で相手を見極め、自分で縁を繋いでいかなければいけないのだ。
光流との婚約解消の話も少しずつ広まり始めているのだろう。俺と一緒にいる奈那に不躾な視線を向ける人もいれば好奇心丸出しで声をかけてくる人もいる。
ただ、奈那と身体を重ねていないせいか以前のようにΩだと思われる人からあからさまに顔を顰められる事がないことだけが救いだ。
奈那はと言えば思っていた集まりと違うのか、不機嫌なそぶりを時折見せるが声をかけられればにこやかに応えてはいる。
奈那が想像していた世界はきっと光流と過ごしていたあの集まりだったのだろう。〈社交〉と呼ぶに相応しい煌びやかな世界。将来を約束されていても互いに切磋琢磨していた彼ら彼女らはこの集まりを見てどう思うのだろうか。
静流にも一応この集まりへの出席を連絡したけれど、静流や光流がこんなところに来るわけがないのだ。
「ところで今夜のパートナーはどなた?」
不意に声をかけられて驚く。
本気で聞いているのか、わざと聞いてるのか。
「私の番です」
いずれバレるのだ。
下手に隠して勘繰られるくらいならはじめから言ってしまえばいい。それで少しでも光流を守る事に繋がるのならば。それが例え自己満足だとしても。
「あら、婚約者がいたんじゃなかったかしら?」
「婚約は解消しました。
僕の不徳の致すところです」
苦笑と共にそう告げると声をかけてきた女性は意外そうな顔をする。
「光流さんは僕にはできすぎた婚約者でしたから」
暗に俺が悪かった事を伝える。
隣で聞いていた奈那は不満げな顔をしていたが、ここで口を挟むほど馬鹿ではなかったようだ。声をかけてきた女性が奈那を一瞥した時には笑顔を見せるだけの常識は持っていたようで如才なく受け答えはしていた。頭は悪くないのだ。その辺もあって父も〈子どもがαなら〉という言葉を出したのだろう。
この日、思ったような世界ではなかったものの、思ったほど悪くもないと思ったのか集まりにパートナーとして参加するようになった奈那だったけれど、徐々に部屋を空ける日が増えていった。
集まりに行く日の確認をしてその日には必ず帰ってくるものの、それ以外の不在の時に何処で何をして過ごして居るかは気にしないようにして居る。
善意の第三者が時折俺の耳に何かを囁くけれど俺の感知したことではない。
奈那が番なのは紛れもない事実ではあるのだけど婚姻関係を結んではいないし、婚約者ですらないのだ。
流石にヒートの時には帰ってくるため仕方なく相手はするものの、俺にとっては番にしてしまった事に対する義務でしかない。
光流との婚約解消をしたら奈那と通学して、構内でも2人で過ごし、と夢見ていたのは本当に一瞬とも思える時間で、奈那の本質を知ってからは番であっても愛も情も無い。義務はあるけれど甘い感情は微塵もなく、奈那も俺が望んだものを与えないと気付くと他を探すようになった。
番がいるという事はマイナス要因だと思ったのだけれど、一定数後腐れなくΩとの交わりを求める相手がいるらしく、奈那の部屋は本人不在であっても物で溢れて居る。
このまま帰ってこなければいいのにと願ううちに本当に帰ってこなくなった時には少しだけ心配したけれど、気がついた時には奈那の荷物は綺麗に片付けられドアポストに鍵だけが入れられていた。連絡も来なかったし、こちらから連絡する気もない。
番い持ちのΩはヒートの時に番しか欲を満たすことができないと聞くけれど、奈那は色々と規格外だったからきっと何とかなるのだろう。
そう言えば少し前に光流に〈運命の番〉が現れたと噂になった。静流が動いているようでうちの学校に関係者がいるなんて噂も流れたけれど、光流は変わりなく静流をパートナーにして社交に顔を出して居ると聞いた。
俺と婚約を解消してしばらくは社交の場に顔を出すことがなかったと聞いたけれど、最近では以前のように顔を出して居ると聞いた。光流の特殊なヒートは〈sleeping beauty project〉という正式なプロジェクトとして研究をされているらしい。
あの時、奈那の言葉で光流に対して疑心暗鬼になっていた自分が恥ずかしい。
奈那だけを見れば可愛らしいお嬢さんと微笑ましくもあるのだけど、俺と並んでしまうと場違い感が増してしまう。
奈那だけで立っていればよく似合うワンピースも俺の隣に立つと素材の違いでとても安っぽく見える。ワンピースと靴、イミテーションのアクセサリーまではそれなりだったけれどコートにまで気が回らなかったのだろう。どうせクロークに預けるのだからと学生らしいコートを羽織るのだから興醒めだ。
普段あまり気が付かなかった事だったけれど、こうしてみると周りから学んできていたことの多さに驚かされる。
一流の中にいた事で自分も一流なのだと勘違いをしているわけではないけれど、それなりに磨かれる物が確かにあったのだ。
父の指定した集まりは光流をエスコートして行っていたそれには数段劣り、奈那は思ったよりは浮く事はなかった。俺も浮く事はなかったものの、種類の違う人々に囲まれ勝手が違い戸惑ってしまう。以前は挨拶さえすれば解放されたけれど今後はそうはいかないだろう。
自分で相手を見極め、自分で縁を繋いでいかなければいけないのだ。
光流との婚約解消の話も少しずつ広まり始めているのだろう。俺と一緒にいる奈那に不躾な視線を向ける人もいれば好奇心丸出しで声をかけてくる人もいる。
ただ、奈那と身体を重ねていないせいか以前のようにΩだと思われる人からあからさまに顔を顰められる事がないことだけが救いだ。
奈那はと言えば思っていた集まりと違うのか、不機嫌なそぶりを時折見せるが声をかけられればにこやかに応えてはいる。
奈那が想像していた世界はきっと光流と過ごしていたあの集まりだったのだろう。〈社交〉と呼ぶに相応しい煌びやかな世界。将来を約束されていても互いに切磋琢磨していた彼ら彼女らはこの集まりを見てどう思うのだろうか。
静流にも一応この集まりへの出席を連絡したけれど、静流や光流がこんなところに来るわけがないのだ。
「ところで今夜のパートナーはどなた?」
不意に声をかけられて驚く。
本気で聞いているのか、わざと聞いてるのか。
「私の番です」
いずれバレるのだ。
下手に隠して勘繰られるくらいならはじめから言ってしまえばいい。それで少しでも光流を守る事に繋がるのならば。それが例え自己満足だとしても。
「あら、婚約者がいたんじゃなかったかしら?」
「婚約は解消しました。
僕の不徳の致すところです」
苦笑と共にそう告げると声をかけてきた女性は意外そうな顔をする。
「光流さんは僕にはできすぎた婚約者でしたから」
暗に俺が悪かった事を伝える。
隣で聞いていた奈那は不満げな顔をしていたが、ここで口を挟むほど馬鹿ではなかったようだ。声をかけてきた女性が奈那を一瞥した時には笑顔を見せるだけの常識は持っていたようで如才なく受け答えはしていた。頭は悪くないのだ。その辺もあって父も〈子どもがαなら〉という言葉を出したのだろう。
この日、思ったような世界ではなかったものの、思ったほど悪くもないと思ったのか集まりにパートナーとして参加するようになった奈那だったけれど、徐々に部屋を空ける日が増えていった。
集まりに行く日の確認をしてその日には必ず帰ってくるものの、それ以外の不在の時に何処で何をして過ごして居るかは気にしないようにして居る。
善意の第三者が時折俺の耳に何かを囁くけれど俺の感知したことではない。
奈那が番なのは紛れもない事実ではあるのだけど婚姻関係を結んではいないし、婚約者ですらないのだ。
流石にヒートの時には帰ってくるため仕方なく相手はするものの、俺にとっては番にしてしまった事に対する義務でしかない。
光流との婚約解消をしたら奈那と通学して、構内でも2人で過ごし、と夢見ていたのは本当に一瞬とも思える時間で、奈那の本質を知ってからは番であっても愛も情も無い。義務はあるけれど甘い感情は微塵もなく、奈那も俺が望んだものを与えないと気付くと他を探すようになった。
番がいるという事はマイナス要因だと思ったのだけれど、一定数後腐れなくΩとの交わりを求める相手がいるらしく、奈那の部屋は本人不在であっても物で溢れて居る。
このまま帰ってこなければいいのにと願ううちに本当に帰ってこなくなった時には少しだけ心配したけれど、気がついた時には奈那の荷物は綺麗に片付けられドアポストに鍵だけが入れられていた。連絡も来なかったし、こちらから連絡する気もない。
番い持ちのΩはヒートの時に番しか欲を満たすことができないと聞くけれど、奈那は色々と規格外だったからきっと何とかなるのだろう。
そう言えば少し前に光流に〈運命の番〉が現れたと噂になった。静流が動いているようでうちの学校に関係者がいるなんて噂も流れたけれど、光流は変わりなく静流をパートナーにして社交に顔を出して居ると聞いた。
俺と婚約を解消してしばらくは社交の場に顔を出すことがなかったと聞いたけれど、最近では以前のように顔を出して居ると聞いた。光流の特殊なヒートは〈sleeping beauty project〉という正式なプロジェクトとして研究をされているらしい。
あの時、奈那の言葉で光流に対して疑心暗鬼になっていた自分が恥ずかしい。
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