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それから 5

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「そんなにパートナーとして表に出たい?」
 言質を取るために聞いてみる。後で話が違うと言われても面倒だから。
「もちろん!
 そのために服だって用意したんだし」
 何を勘違いしているのか、途端に嬉しそうに笑う奈那が滑稽に見えた。
 そもそも彼女の用意したワンピースもスーツも多少値が張ったとしても所詮量販品だ。光流の隣に立つために誂えられたものと比べようもなく、隣に立てば奈那だけでなく俺も笑われるだろう。
 それで良いんだ。
 服に見合うアクセサリーだって、奈那が付けられるのはせいぜい小さな石の付いたものかイミテーションだろう。
 俺たちにはピッタリなのかもしれない。

 はしゃぐ奈那を尻目に早速父にメッセージを送る。俺の知るスケジュールは光流の婚約者としてのものだ。顔を広げろと言うのならば、父の力を使うしかない。光流との関係で得たものは一切使ってはいけないと釘を刺されたばかりだ。
 父も一緒に笑われればいい。

 自暴自棄になっているわけではなくて、身の程を知る必要があるのだ。
 俺も、奈那も、父も。
 俺の評価は父の評価に繋がる事をあの人はわかっているのだろうか?
 本来なら集まりに顔を出している場合ではない。それこそ誰に見せても恥ずかしくない成績を残して〈俺〉という人間力を上げるしかないのに、何も知らないふりをして顔を出せば笑われるだけなのに。

 父は本当に何も考えていないようですぐさま予定を送ってきた。試験の日程と照らし合わせ光流との婚約解消がそれなりに浸透していそうな日にちを選び父に確認を取る。了承の連絡を確認したら静流にメッセージを送り、万が一にも光流と鉢合わせがないようにしておく。ブロックはされていないようで既読はついたけれど、当然ながら返信は無かった。これでいいんだ。

 奈那は予定を伝えると嬉しそうに俺のスーツを選び、それに合わせたつもりのワンピースを選ぶ。コートをどうするつもりなのかとは思ったけれど放っておく。アクセサリーもチラリと見たけれど、どれも安っぽいイミテーションだ。
「そういえばさ、俺宛の荷物なんで勝手に送り返したの?」
 楽しそうに準備をする奈那に聞いて見る。
「ん?革靴のこと?」
 中身まで知っている事に驚きの声をあげそうになるけれど、グッと我慢して話を促す。
「だって、護のこと信じるとか書いてあるからまだ諦めるつもりないんだっておかしくって。そのまま送り返されたら流石に気づくと思って」
 全く悪びれる様子もない。それどころか勝手に開けて中まで確かめたという事だろう。
 靴を取り出さないと気が付かないようその下の置かれたメッセージ。光流はどんな気持ちであのメッセージを綴ったのだろう。
 その時の光流の気持ちは想像してみても胸が痛くなるばかりで、嬉しさだとか楽しさだとか、誕生日プレゼントを贈る時に感じるプラスの感情を思い浮かべる事はできなかった。

 自分のやった事の残酷さを思う度に申し訳ない気持ちになるけれど、休みが明けて試験勉強のために学校に行ったところで光流に関する情報が手に入るわけもなく、知り合いのαを捕まえる事ができないかと気にしてみても避けられているのかそれすら叶わない。
 自分が知っている連絡先は光流が関わっていない相手を探す方が難しく、大学でできた人脈など有って無いようなものだ。

〈何処で学ぶかではなく何を学ぶか〉と言った静流の言葉が思い出される。それは〈もっと上の大学〉でも目指せるのにと言われた時に静流が答えた言葉だった。高校生の時に静流が理解していた事を、大学生になった今俺は理解したのだ。

 俺は何のために光流から離れてこの大学を選んだのだろう。
 見栄のため、劣等感を満たすため、自分を大きく見せるため。
 その気持ちの中に光流を想う気持ちは無かった事に今更ながらに気付く。

 静流の言う通り、光流の事を想うならそのままの進路で自分の学びたい事を突き詰めれば良かっただけのことなのだ。中途半端な気持ちで進学し、中途半端に顔を広げたために陥った状況はやはり自業自得なのだろう。
 ならばせめて成績でもと思うものの、帰宅すれば奈那が居るのだ。一度自分の部屋はどうしたのかと聞いてみたけれど要領を得ない答えが返ってきた。バイトもしてないのにスーツやワンピースを用意できるのは家賃を自分の小遣いにしているためかもしれない。
 婚約解消の話し合いの時に挑発フェロモンの話を聞いて以降、奈那と身体を重ねる事はない。寝具が1組しかないため仕方なく一緒に寝る事になるのだけど奈那が寝てからベッドに入り、奈那が起きる前にベッドを出る。
 朝起きたら隣の奈那が消えていればいいのに、と毎日願うがそんな訳もなく嫌でも顔を合わせる日々。食事はあれ以来別々だけど痩せたようには見えないから何とかしているのだろう。もともと奈那だってひとり暮らしだったんだから俺が構う事じゃない。
 部屋を借りて一緒に住むようになってからはこちらが負担していた家賃や光熱費はそのまま払ってはいるけれど、それくらい別にしてもいいだろう。

 そして試験も終わりその日が来る。
 顔を出せと言われたその集まりは夕方からなので昼ごろ起き出しゆっくり支度をする。男の支度なんてたいしてやる事はないけれど、シャワーを浴びて最低限整えておく。集まりに出る時に身に付けるものは全て辻崎の家で揃えてくれたものだけれど俺のサイズに合わせて誂えたものは返せとも言われなかったし、返してもゴミとして捨てられるしかないので恥を忍んでそのまま使わせてもらう事にする。揃いのアクセサリーなどは都度光流が用意していたため手元にはない。高価な物が多かったので、それが手元に残っていない事に安堵する。
 奈那は何かを勘違いしたままで、今も髪をセットすると美容院に行ったきり帰ってこない。せいぜい場違いな格好で恥をかけばいい。

 番だというのに奈那に対して愛情は一切無かった。
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