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想い描いたその先にあるもの 6

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「光流から今後どうするかの希望は伝えられています」
 沈黙を破ったのは静流だった。
「随分前から考えていたようで、御子息から〈話がある〉と連絡があった時には光流の気持ちは固まっていました。
 秋口に父から〈婚約破棄してもいい案件だ〉と言われた時も自分の希望を叶えて欲しいと言って聞きませんでした。

 光流は御子息が自分の非、不貞を認め婚約破棄を望むならそれを受け入れると言いました。
 どちらが破棄を申し入れたかで責任の所在は証明されますがそれを受け入れ、両家の関係も必要以上に疎遠にならないようにすれば事情はあっても円満な別れであると思わせることも可能だと。
 光流の不貞を疑う声が出る可能性もあるが、それはこの7年で信頼関係を築くことの出来なかった自分にも非があるのだから仕方がないとも言っていました」
 その言葉を聞き項垂れる事しかできなかった。
 父はどんな気持ちで静流の話を聞いているのだろう。

「でも、その希望は叶えられなかった。

 そして、光流のもうひとつの希望。
 この7年を無かったことにしたい、と」

 その言葉に茉希さんが大きくため息をつく。彼女のため息は何を意味しているのだろう?
 
「こちらからは婚約解消を求めます」

 その言葉に戸惑ってしまう。
 婚約解消ではなく、婚約破棄の間違いでは無いのか。

「婚約解消は受け入れます。
 そして、こちらからは何も発信しません。
 理由を問われても答えるつもりは毛頭無い。

 人は詮索する生き物です。
 貴方達だけでなく光流の周辺も騒しくなるでしょう。

 その中で御子息の不貞は遅かれ早かれ公になります。そして、それを制御できなかった父親の責任も問われるでしょう。
 不貞を働いたこと、不貞の内容、それに至る経緯。もちろんお相手の方についても詮索されるでしょう。
 それを知って周囲がどう動くか、そちらがどう動くか。この騒動をどう収束させるかはご自身でお考えください。

 無論、光流も無傷では済まないでしょう。 
婚約者の心を繋ぎ止められなかったのは魅力がないせいだと揶揄する人間も現れるでしょうし、これ幸いと言い寄る輩も出てくるでしょう。
 そして、その特異なヒートの事も隠し通すことも不可能だと思っています。特異なヒートを欠陥だと言われ、この先パートナーを持つことを諦めざるを得ないかもしれない。
 それでも、それが光流の覚悟です。

 婚約解消をもってこちらからの関係を一切断ちます。
 今後何があってもこちらの名前を出すことは控えていただきたい。それが良い事であっても悪い事であってもです。

 また、御子息においては今まで光流と広げてきた人脈は無かったものだと思っていただきたい。友人関係に口を出す気は毛頭ありませんが、それ意外の付き合いは控えてください。
 先方からの接触があった場合はこちらが制限する事はできませんが、そちらから連絡することは禁じます。

 人脈を広げるために、力をつけるために。
 口にした以上は実現して見せろ」
 淡々と告げられた光流の覚悟。
 そして、最後に吐かれた静流の発破。

「……わかりました」
 それしか言える言葉はなかった。
〈護!〉と焦った父が静止しようとするが言葉を続ける。
「そちらの要望を全て受け入れます。
 本当に申し訳ありませんでした」
「ご理解いただけたのならば話は終わりです。
 ここからは当主代理ではなくオレの言葉になるのだが…こんな終わり方になってしまい残念に思ってる。ただ、今まで光流を守り、慈しんで来てくれたことは感謝はしている。今までありがとう。光流に変わって礼を言う」
 静流の言葉に俺は無言で頷く。
「お前のした事は許せないけれど、それでもオレとお前がもっとなんでも話のできる関係を築いていれば違う終わり方があったんじゃないかと後悔もしてるよ」
 今更な言葉だけれど、せめてもの救いだった。

「そう言えば父からはそちらとの関係の話も任されていましたが…話を聞く限り父親である貴方の責任が大きいようですね。本来なら家同士の関係は不問にという事でしたが私の権限で変更する事をに父に伝えます。
 全て書面に残し、互いに保存するよう準備しますのでこちらからの連絡をお待ちください」
 最後に静流が父に声をかける。
 父が俺に事の次第を告げていれば結末は違っていたのかもしれない。

「良いお付き合いができると思っていたのに…残念です」
 これで終了なのだろう。
 何か言いたかったけれど適当な言葉が見つからない。
「お客さまがお帰りだ」
 声をかけられ入室してきた秘書に促され立ち上がる。

「会う事は叶わないが、光流に申し訳なかったと伝えてほしい。本当にすまなかった…」
 最後に静流にそう告げて退室するしかなかった。

 先のことはわからない。
 ただ、光流との縁はこの先重なることは2度とないのだろう。
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