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俺の最愛 5

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 12月に入り、静流には年末年始はサークルが忙しくて会への出席も、辻崎家への挨拶も遠慮させて欲しいと告げた。
 大学生の冬休みは驚くほど短い。
 その頃にはサークルにはほとんど顔を出す事も無くなっていたけれど、貴重な時間を無駄に使うのはごめんだ。

 静流からは特に咎められる事もなく了解を告げられた意味を考える事もせず、奈那と2人で冬のイベントを楽しんだ。

 Ωと言っても普通の家庭で育った奈那は自分を守る術もちゃんと持っており、光流のように人の多い場所に出向いても必要以上に心配をする必要はなかった。今まで光流とは出来なかった事をするのは新鮮で、2人の距離は無くなったも同然だった。

「このままずっと2人でいられたら良いのにね」
 クリスマスにはだいぶ早いものの、クリスマスイルミネーションを観に行った時に囁いた奈那の言葉。
 俺も同じ気持ちだった。

「次の時に噛んでもいい?」
 後ろから抱きしめながら奈那の耳元で囁く。その途端、ふわりと香り出す柑橘の香り。

「早く戻ろ?」
 俺の言葉に早まってしまったのだろうか、増していく香りを隠すように少しの威圧を出して帰路を急ぐ。
 普段は電車での移動だったけれどタクシーを拾い、部屋に着いた頃には2人とも押さえが効かなくなっていた。

 我慢できなかった。
 我慢したくなかった。

 我慢する必要なんて無いと思った。

 その日、俺たちは番となったのだった。

 蜜月と言うのならばその時がそうだったのだろう。
 ヒートを終えた後も番となった俺たちは常にお互いを求め合った。
 パートナーだと思っていた頃から大切にしてきたつもりだったけれど番となると更に特別な存在となり、もう奈那がいなければ生きていけないとすら思った。

 そうなると俺たち2人の間に影を落とすのは〈婚約者〉で有る光流の存在で、常に2人で過ごす事が出来るようにするためには光流との婚約を速やかに解消する必要があった。

 そう〈婚約解消〉だ。
 本来、こちらが不貞行為を働いたためこちらが有責で〈婚約破棄〉となるのだけれどバレなければいいのだ。
 婚約破棄となると慰謝料だとか色々な問題も出てくるし、俺たちの将来にも関わってくる。
 奈那には少しの傷も付けたく無い。

 そう思ったら居ても立っても居られなくなり光流にメッセージを送っていた。

〈大切な話があります。
 週末に時間を取ってもらえませんか〉

 冬休みが終わった最初の週末は幸いにも3連休だ。何か予定が有ったとしても光流のことだから俺のためになら1日くらい都合を付けるだろう。
 学校が始まり、奈那と部屋でしか一緒に過ごす事ができないのが苦痛で仕方なかったのだ。
 婚約を解消すれば外で2人で過ごしても咎められる事もなくなるし、奈那の不安も取り除くことができる。

 浮かれた俺は今まで光流に直接メッセージを送る事を避けていたのを忘れ、〈連休の初日なら大丈夫です〉と返ってきたメッセージに直ぐに返信する。

〈ありがとう。
 2時くらいで大丈夫?〉
〈大丈夫〉
〈じゃあ2時でお願いします〉
 事務的なやり取りだった。

 場所の指定はしなかったけれど、光流が外出するとなると当然静流がついてくるだろう。
 今の状態で俺が迎えに行ったとしても外出が許可されるわけもない。
 辻崎の家に行く事も無くなるし、向井さんには挨拶くらいしてくるのもいいかもしれない。

 この数ヶ月、既読を付けても返すことのなかったメッセージに即答した事を光流がどう感じたのかなんて考えもしなかった。
 ヒートの報告が夏以降来ていない事にも気付いていなかった。
 奈那とは3度のヒートを過ごしていたのにそれすらもおかしいと思わなかったのだ。

 今になって考える。
 光流の婚約者として過ごした7年間はとても楽しくて、静流に劣等感を抱いていても光流の笑顔を見れば頑張ろうと思えた。

 小さくて可愛かった小学生の光流と初めて会った時のこと。
 静流に対しては案外我儘で、何かあると直ぐに泣いて静流に助けを求めていたその姿を見て、いつか自分があの位置に行きたいと願った。
 光流の我儘を聞き、その涙を拭くのは自分でありたいと願った。

 隣でその成長する様を見ていた俺は、少しずつ俺に好意を向けるようになる光流が可愛くて仕方がなかった。
 同じ部屋で勉強をしていても静流の隣ではなく俺の隣に座る光流を愛おしいと思った。

 成長するに連れ可愛さが薄れ、日に日に美しさを増していく光流が誇らしくもあり、誰かに奪われるのではないかという焦燥感から縛り付けるような言動をした。

 大切だった。
 守りたかった。
 誰にも渡したくなかった。

 それなのに今、俺の隣にいるのは光流ではなく奈那なのだ。

 どこで間違ったのだろう?
 何がいけなかったのだろう?

 どこまで戻れば再び光流と過ごす事ができるのか。
 
 静流に隠れて指を絡ませた日。
 静流の目を盗んでそっと重ねた唇。

 あれは現実だったのだろうか?

 少しずつ慣れていく口付け。
 絡め合う舌の感触。

 もしかして幻だったのだろうか?

 そう言えば光流から送られたシャーペンはどこにいってしまったのだろう?
 バニラが微かに香るストールはどこに
いってしまったのだろう?

 俺の最愛であるはずの〈光流〉はなぜ今、俺の隣にいないのだろう。



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