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俺の最愛 4

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 あの日から俺の心はますます光流から離れていった。

 夏休みの間に数回だけ一緒に出かけることがあったけれど、部屋で待つ奈那の事が気になってしまい光流の様子を気遣う事もしなかった。
 時折、挨拶を交わしたΩの中に俺を見て不快な表情を見せる相手がいるような気がしたが、光流に対しては普通に接しているため気のせいだと思う事にした。

 変化と言えばそれまでは会の前に辻崎家まで出向いて2人で会場入りしていたが、それも取り止めてもらった。移動時間が勿体無いためと言い訳して時間を決めて各自現地入りするようにしたのだ。
 車という密室空間に光流と2人でいる事が息苦しく、奈那にも申し訳ないからだ。

 奈那はといえば極力気を遣っているつもりだったけれど、やはり〈婚約者〉という肩書きが消えない事が不安なようで光流と会う前日には必ず俺を求め、俺の耳元で愛を囁いてくれた。
 ヒートでなくても身体を重ねる事が愛だと勘違いした俺は奈那の事が可愛くて仕方がなかった。
 こんな風に甘えてくれるのが嬉しくて、気持ちをぶつけてくれるのが嬉しくて、やはり〈運命〉だと思っていたのだ。

 奈那以外のΩから蔑まれる程の悪臭を纏わされているとも知らず。

「サークル、楽しい?」
 話す内容が無くて苦し紛れに言った光流の言葉。
「嫌味?」
 本気でそう答えていた。俺への当てつけなのかと怒りすら覚えた程だ。
 そんな俺の様子に気付いたのだろう、俺たちの間には会話すら無くなり〈仕事〉としての挨拶回りしかしなくなった。

 その日もいつもと同じように挨拶回りを終え、どのタイミングで帰ろうかと様子を伺っていた時だった。俺たちの元に男性同士のαとΩの2人連れが挨拶に来たためそれぞれのパートナーと挨拶を交わす。
 その男性Ωは華やかな容姿で人目を惹くと有名だったけれど、今の俺には最愛の女性Ωである奈那がいるせいか全く魅力を感じなかった。そのΩが俺を見て一瞬顔を顰めたような気がしたけれど、光流には普通に話しかけているため気にしないようにした。

 最近こんな事が頻繁に有る気がするものの光流とは普通に挨拶を交わすし、パートナーのαは表情を変えることはないため多少の違和感を感じながらも気付いていないふりをしていた。
 何かあれば光流から告げられるだろうと楽観視していたのだ。

 その時にはもう〈蜜柑の香り〉とか〈柑橘系の香り〉が俺と奈那の代名詞になりつつあったのだが、バレていないと思い込んでいた俺はそんな事にも気付いてなかった。

 ただただ、光流との婚約解消後のことを考え顔を売るためだけに会に出続けていたにすぎない。
 結果、それが俺の首を絞める事になるのだけれど。

「そろそろいいか?」
 ひと通り挨拶を終えたためその2人連れとの会話を最後に光流を促す。
「そうだね。迎えが来てるけど乗ってく?」
「いや、自分で帰れるから大丈夫だ」
 光流の申し出を即座に断る。
「それじゃ、予定はまた静流と調整しておくから」
 それだけ告げて車までエスコートする事もなく、俺だけが会場を後にする。
 どうせ運転手が何処かで待機しているはずだ。

 早く帰って奈那を安心させなければ。
 それしか考えていなかったのだ。

 この後、自分の全てを調べられ晒されるとも知らず。
 そして俺は決定的な間違いを犯すのだ。
 後戻り出来ない事態に陥るとも知らず。

 夏休み中に数回だけ光流のパートナーを務めたものの、それ以降は何かと理由をつけて静流に任せておいた。
 高校生が夏休みを終えると会への出席は減るし、次はまたサークルを口実にすればいい。

実際に〈学祭の準備で忙しいから出席する会を減らして欲しい〉と静流に送ったメッセージへの返信はそれを了解するもので、どうしても外せないもの以外は静流が変わるとの答えが送られてきた。
 それがどういう意味か考える事もなく奈那との毎日を楽しんでいた俺はその時、奈那が何を思い何をしていたかなんて全く気付いていなかった。

 その頃には光流から直接連絡が来る事もなく全て静流経由だったせいで光流のヒートの時期も忘れていた。
 こちらからメッセージを送る事もないため光流とは音信不通の状態だ。

 光流のヒートが来るはずの10月にはそんな事を思い出す事もなく、ただ会への出席がない事を喜んだ。
 そんな状態なのに11月の俺の誕生日に光流から何も音沙汰がなかった事に腹を立てたりもした。
 俺の誕生日を祝ってくれる奈那は優しく、可愛く、そんな奈那と光流を比べ頭の中で光流を蔑んだ。

〈そんなヒート、本当にあるの?〉そう言った奈那の言葉。
 奈那と過ごしたヒートが本当のヒートならば、光流が言うように穏やかなもので有るはずはない。
 やはり光流は嘘をついているのだ。
 そしてその相手は。

 転げ落ちるのは簡単だ。

 誕生日に光流から連絡がなかった事で俺の気持ちは固まった。
 次の奈那のヒートの時に俺の気持ちを告げようと。

 もう離したくない。
 もう離れたくない。

 それならば番にしてしまおう。

 俺の言う事なら何でも鵜呑みにする光流と婚約解消をするのはきっと簡単だろう。
 誠実なふりをして、悩むふりをして、そして告げれば良いのだ。

「光流のことが嫌いになったんじゃないんだ。ただ、小学生の頃に決められて当たり前のように感受してきたけど……自分の足で歩いてみたくなったんだ」

「大学に入って、今までできない経験をして思ったんだ。自分の世界はあまりにも狭い。大学を自分で選んだだけでこんなにも世界が広がるのなら、この先に待つものがどれだけ大きいのか見たくなったんだ」

 それが俺の転落を告げる言葉とも知らず。
 それが光流との決別になるとも知らず。

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