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俺の最愛 3

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〈明日、試験後に寄ります〉
 8月に入り久しぶりに送ったメッセージ。辻崎家に行くのは正直気が重かったけれど、このままにしておいていい問題ではない。
 かと言って今までと同じように光流と接する事は難しく、俺はサークルを理由に夏休みも一緒に過ごせないと告げるつもりで訪問したのだ。

 奈那には辻崎家に行くことを正直に告げた。その内容に不安そうな顔はするけれど、それでも待ってるからという健気さが愛おしかった。
「明日、もしも何かあった時のためにずっと覚えていたいから、抱いてください」
 俺が帰ってこなくなるとでも思うのか、そっと告げられる言葉に応えない理由はなかった。
 光流の細いだけの身体とは違い、小さいのに柔らかい奈那の身体。服越しでもわかるその柔らかさは光流には求めることのできないものだった。
 小さくて柔らかくて、壊れそうな奈那の身体。それなのに健気にも俺を受け入れ、蕩けた顔を見せる俺の最愛。
 奈那を満たすためなら何でもできると思った。
 光流に対する罪悪感なんて、身体を重ねる毎に薄れていった。

 その日、向井さんにリビングに通された俺は先に入室していた静流を見て動きが止まってしまった。
 卒業後、僅かの間会っていなかっただけなのにその存在感に圧倒される。毎日会っている時は感覚が麻痺していたが久しぶりに会うと自分との違いにさらに劣等感を刺激されるのだ。

「久しぶり」
 飄々とそう言いのける静流に気まずそうな顔を向けることしかできず、それを隠すように光流を見る。
「遅くなってごめん」
 それしか言う事ができない。かける言葉も話したい事も何も無いのだ。
 静流がいたのは予想外だったけれど、光流の自室に通されなかったことだけが救いだった。

「とりあえず座ったら?」
 静流に促されたが静流と光流が向かい合って座ったため仕方なく光流の隣に座る。
 昨夜のことを思い出し、あんなにも俺を思ってくれる〈奈那に申し訳なくて〉光流から少し離れて座ってしまうのは仕方のないことだろう。

 どう話を進めようかと様子を伺っていると向井さんがお茶を持ってきてくれる。俺の好みの茶葉を選んでくれたらしくアールグレイが強く香る。
「で、試験はどうだった?」
 静流が口を開く。
「勝手が違うから大変だった」
 少し戯けて答えるが静流は〈ふ~ん〉と冷たい目をしただけで、それまでは取り繕った笑顔を心がけていた俺も流石に肝が冷える。
「光流の部屋に行く?」
 挑発的な静流の言葉。今までならすぐに2人になりたがった俺に対する挑発。
 もしかして静流は何か気付いているのだろうか?

「いや、今日はゆっくりする時間はなくて。光流に伝えないといけないことがあるから来ただけだし」
 お茶に手をつける事もできずそう言って目を伏せ、そのまま言葉を続ける。
「光流、ごめん。夏休みだけどサークルの合宿があってなかなか会いに来れそうにないんだ」
 悪い事をしているなんて微塵も思ってなかった。こうやって態々来ている俺は誠実だとすら思っていた。

「試験が大変とか言っておいて夏休みの予定は立ててるんだ」
 言葉もなく頷いた光流の行動に被せて兄が冷たく言う。
「夏休みの間に何回か出席する予定の会があったはずだけど?」
「それは」
「お前は、何のためにその学校を選んだんだ?」
 静流から俺に向けられる威圧。

「静流君」
 その時、俺の隣からか細い声が聞こえた。小刻みに震え青い顔をした光流が隣に座る俺ではなく、威圧を出している静流本人に助けを求めたのだ。

「ごめん!」
 光流の異変に気づいた静流は直ぐに威圧を抑えるが、俺はどうしていいのかわからず光流を気遣う事も忘れ言い訳を口にしていた。
「もういいよ、スケジュールをオレに送れ。お前が出れないところはオレが光流をエスコートする」
 静流が告げた言葉。
 これは俺に対しての最後通告だったのに、欲に溺れた俺は自分の良いように解釈して最悪の言葉を返したのだった。

「助かるよ」
 
 結果的に俺は一方的に約束の不履行を伝えると〈急ぐから〉とお茶に口をつけることもなく帰るしかなかった。

 よくよく考えればこの時俺は、光流と会話らしい会話をしていないのだけどそんな事に微塵も気づいていなかったのだ。

 あの時、光流はどんな顔をしていたのだろう?
 あの時、光流はどんな気持ちで俺を見ていたのだろう?

 この時には既に俺の身体からは〈挑発フェロモン〉の匂いがしていたらしい。
 そして俺が帰った後に光流は寝込んていたのだ。

 静流からはこの時にはもう体型に変化も出ていたと、もともと華奢だった光流はさらに細くなり服のサイズまで変わっていたと後に告げられたのだけど、その時に必死に思い出そうとしたけれど俺にはその時の光流を思い出すことはできなった。

 そして、そんな光流の機微には全く気づかない俺は、更に光流に酷い仕打ちを続ける事になる。〈無自覚の悪意〉とも言える無神経さで光流を傷つけ続けるのだった。
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