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きっかけ 1

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 翌日、もどかしい思いのまま授業を受け放課後に光流に会いに行った。
 静流は用があるからと今日は別行動だ。
 辻崎家に着くと顔馴染みの家政婦である向井さんに光流の部屋まで案内された。俺が来ることは伝えられていたのだろう。

 コンコン

 いくら行くと伝えてあってもいきなり開けるのはマナー違反なのでドアをノックする。しばらく待つが返事がない。

 コンコン

 もう一度ノックしてみるがやはり返事はない。しばらく待ってみたが寝ているのだろうか?
 仕方なくそっとドアを開けて声をかけてみる。

「光流?」
 名前を呼ばれ覚醒したのかもしれない。
「護君!」
 ベッドで寝ていたようだ。慌てて身体を起こすけれどパジャマを着ているわけではないので調子が悪いわけではないのだろう。
「寝てた?」
 その姿が可愛くてつい笑ってしまう。声をかけて電気を点けるものの眩しかったようで、しきりに瞬きをするため光を遮るように光流の前に移動する。
「体調は?」
 そっと額に手を当ててみるがヒンヤリしており心配はなさそうだ。俺の手の温かさが心地良かったようで無防備に目を細める姿が燻ったままの欲望を刺激する。
「風邪ひいたわけじゃないから熱はないよ。昼に先生に診てもらったけど体調も良いし、食事もちゃんと食べた」
 その言葉を聞いた途端、嫉妬心が芽生えてしまった。先生と言うのは光流の主治医なのは知っているし、自分も会った事がある。年配の優しげなαだ。そう、αなのだ。
「先生、来たんだ?」
「うん。薬の影響を知りたいから早めに採血した方が良いって言ってた。母さんと3人でお昼食べながら診察と、カウンセリングしてもらった」
 声が冷たくなってしまったのか光流が急いで言葉を続けるが、笑みを浮かべながら告げる言葉に嫉妬心が増す。
「そんなに嬉しそうにして、先生と話すの楽しかった?」
 声色が冷たくなるのを止める事ができない。自分以外のαの事を楽しそうに話す光流ではなく、光流のその笑顔を引き出すαに憎しみさえ感じるほどだ。

「先生と話すのは楽しかったって言うよりためになった、かな。護君、ごめんね。僕は言葉が足りなかったのかもしれない」
 流石に俺の態度が違う事に気付いたのか、ちゃんと話をしたいとソファーに促される。いつものように隣に座り、指を絡める。例え光流の部屋であっても座る位置も座り方も同じだ。
 光流の言葉を待つ間も何を言われるのかと指先が冷えてくる気がする。意に沿わない事を言われた時に、この気持ちを抑える事ができるのだろうか。

「あのね、昨日今日とみんなから注意されました。僕は自分のことばかり考えてて、護君の気持ちを考えていなかった事を注意されるまで気付いてなくて」
 俺の様子を見ながら光流が言葉を続ける。光流の思う〈俺の気持ち〉とは何を指すのだろう?俺の邪な気持ちまでも伝わっているのだろうか?
 そして、一度言葉を止めてから告げられた言葉。

「僕は、これから先ヒートの時に一緒に過ごす相手は護君しかいないと思ってます」

 少し視線を下げて真っ赤になりながら告げられた言葉。
 はじめは理解できなかった。
 昨日俺を拒んだばかりなのに、それなのにと思いつつ〈護君しかいない〉と言う言葉に歓喜している自分もいるのだ。
 よくよく考えて光流に言われた言葉を理解するとジワジワと喜びが湧いてくる。
〈俺は選ばれたのだ〉
 喜びで声を上げたくなるほどの気持ちを隠すように口を抑える。先程まで指先が冷たくなるような感覚があったのに、今は顔が熱っている。
 そして、何とか言葉を絞り出す。
「ありがとう」

 俺がそう答えると、安心したかのように光流が言葉を続ける。俺の情けない様子を見て何だか嬉しそうだ。

「だから、護君が大切だからこそ今はまだ甘えたくないんだ」
 告げた言葉に再び顔が曇りそうになるが、一生懸命告げる光流を見てしまうとそれもできず何とか気持ちを抑える。

「僕は、護君のことは婚約者と言うより将来の伴侶だと思ってるって言ったことなかったよね」
 俺の目を見ながら言葉を続けられる言葉。俺は押さえていた口元から手を離すて頷くとちゃんと話を聞くために光流の顔を見つめた。

「護君が外部を受験したいって言った時に同じ大学に通えないことが淋しかったけど、それ以上に応援したいって思ったんだ。僕も同じ大学に行くのは現実的ではないし、僕は僕で学びたいこともあるし。そう思った時に僕ができることは護君に迷惑をかけない、護君に甘えすぎないって事だと自分の中で決めてそれを実行しようとしたんだ」
 一息に言った言葉に光流の強い決意を感じた。
 色々と思うところはあるけれど、とりあえず最後まで話を聞こうと続きを促す。

「今回は静流君に言われなかったらヒートが来るって僕自身気づいてなくて、先生からいつ来てもいいようにと薬は処方してもらってたから慌てることはなかったけど、もちろん不安はあったんだ。
 静流君は護君を呼ぼうかって言ってくれたけど、僕は甘えたくなかった。初めてだからこそ、自分の状態をちゃんと把握したかったんだ。もちろん、薬が効かなくてどうしようもなかった時には護君を頼るつもりだったし、本当なら事前にその打診もしたかったんだけど急なことだったからちゃんと話をする前にこんなことになってしまって…」

 色々と誤解があることに今更ながら気づく。もしも事前にこの話をされていたら、そうすればここまで焦燥感を感じることはなかっただろう。ただ、だからと言って容認できるかどうかは別だ。

「本当は護君にちゃんと伝えておくべきだったんだけど、僕の体調や薬の副作用にもよるけど学生のうちは出来る限り薬を使ってヒートを過ごしたいと思ってるんだ」
「それは、ちょっと許容出来ない」
 思わず言ってしまった。
 学生のうちは、と言うけれどいつまで俺は待てば良いのだろう?
 俺が卒業するまでなのか、光流が卒業するまでなのか。もしも光流の卒業を待つならば、あと6年は待たないといけないことになる。

 そう考えると感情を抑えきれなかった。怒りなのか、虚しさなのか、体の芯が冷える気がする。
「護君、苦しい」
 その時そっと告げられた光流の声。苦しそうにする光流を見て自分が威嚇フェロモンを出してしまったことに気づき「ごめん」と短く謝ってから深呼吸をする。俺が落ち着気を取り戻すと光流も苦しさは無くなったようで、お互いに気まずくなってしまったけれど話を中断するわけにもいかず、光流が再び口を開く。
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