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断たれた願い 5

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 その日は前触れもなく訪れた。
 
 普段通りの朝だった。
 期末テストも終わり、あとは夏休みに入るのを待つだけでなんとなく浮き足立った校内。3年生である俺たちはそのままエスカレーター式に進学するか、俺のように外部受験をするかでスケジュールも違ってくるが、それでも〈夏休み〉と言うワードに浮かれないわけでもない。
 外部進学を目指す場合、予備校に通うのが学力アップのために必須なため通常の授業にプラスして夏期講習も申し込んだ。
 親には何でわざわざ外部に、とは言われたが〈光流の婚約者として確固たる場所を確保するため〉と言えば直ぐに申込書に判を捺してくれた。
 期末の出来も満足のいく結果だったしこのまま行けば何の問題もないだろう。
 そう思っていた矢先だった。

「光流、今日からしばらく休むから」
 静流の言葉に体調でも崩したかと心配するものの、その表情は冴えず何かを言いたそうな顔をしている。
「どうした?」
 思わず聞き返すと静流は少し考えてからスマホを取り出した。

〈たぶん、ヒート〉
 送られてきたメッセージを見て身体の奥で何かがザワザワと蠢く。
 やっとその時が来たのだ。
 しかし、次に送られてきたメッセージで俺の心はドン底まで落とされる。
〈今回は薬で様子を見たいって〉
 言葉に出して誰かに聞かれたくはないのだろう。俺の様子を見て仕方ないと思ったのか、教室から出るよう促される。俺としても光流にヒートが来たと他に知られるのは避けたいので黙って静流の後に続く。

「どういう事だ?」
 人目のない東屋に着くと直ぐに静流を問い詰めた。待ち望んでいた時が来たというのに、お預けを食らった犬の気分でしかない。
「オレだって護を呼ぼうかって光流に聞いたよ。でもやめて欲しいってお願いされたんだ。
 初めてだからどんな風になるかわからないから怖い。薬がちゃんと効くのか、ヒートがどの程度の重さなのか、それを把握したいって」
「何でそんな…」
 俺の言葉に静流が溜め息を吐いて言った。
「お前のためだよ」

 何を言われたのか理解できなかった。
 俺は光流を求め、光流だけを求めてこの日を待ち望んでいたのに。
 やっと光流の全てを手に入れる事ができると思っていたのに。
 それなのに俺のためだなんて、どういう事だ?!

「お前が外部受験をするから邪魔したくないって。ヒートが始まれば3ヶ月に1度、1週間お前を拘束することになる。長ければ10日かかるかもしれない。
 外部受験を控えてる大切な時期にお前の邪魔をしたくない、そう言ってたよ」

 そう言われて俺ははじめて自分の過ちに気付いたのだ。
〈自分の感情よりも俺の都合を優先する〉そんな風にしたのは誰でもない俺だったのだ。

 気がついても後の祭りだった。
 俺だけを慕い、俺の言葉を信じ、俺のために生きる可愛い光流。
 そうしたのは俺なのだ。

「光流、言ってたよ。
 3ヶ月に1度、1週間だとしてもトータルすると1年で約1ヶ月。この先、大学を卒業するまでとして考えると半年近くお前の時間を無駄にすることになる。だから甘えられないって」
 俺のことを考え、俺のためにした決断だと分かっていても気分が沈むのを抑える事ができない。

 俺の願いは断たれたのだ。

「あまりにも薬が効かなかったりしたら護を呼ぶとは言っておいたよ。ただ、ああ見えて頑固だからね」
 Ωとヒートを過ごしたことのある静流だからか、光流の望みを受け入れてはいるものの不安も大きいのだろう。そして、おなじαであるからこそ俺の気持ちも理解できてしまうのだろう。

「何かあったら連絡するようには言ってあるから」
 静流はそう言って話を強引に終わらせた。それ以上は何も言えないのだろう。
 見た目に反して頑固なところがある光流だ、仕方がないと思うものの拒絶されたようで気持ちの置き所が見つからない。

 その日は落ち着かない気持ちのまま1日を過ごした。授業は頭に入らないし、友人と話していても上の空。静流は何か言いたそうにしていたけれど、その焦燥感はどうにもならない。
 気が付けば授業は終わり、下校の時間になっていた。

 そう言えば今日は予備校だ。
 光流の様子は気になるが、メッセージが届くこともなく、ヒート中で本人が薬で何とかすると言っている以上会いに行っても迷惑なだけだろう。そもそもヒート中の光流に会ってしまったら自制できる自信はない。
 今日のところは大人しく予備校に行くしかないと諦めた時にそのメッセージは届いた。

〈終わりました。
 今日1日は部屋で過ごしてますが、明日は学校は休むけど普通に過ごしていいと言われました。
 護君の都合がつく日があったら会いたいです〉
 軽い体調不良で休んでいたかのような軽いメッセージ。それは、光流からだった。
 1日でヒートが終わったということなのか、と疑問に思うけれど終わりを告げられることといえばそれしかない。

〈お疲れ様。
 身体は大丈夫?
 明日、授業後にお邪魔します〉
 とりあえず無難な返信をする。
 光流の状況がわからないためそれしか答えようがない。
〈ありがとう。
 身体は大丈夫です。
 明日、待ってます〉
 直ぐに返ってくるメッセージ。やはり普段と変わらない様子だ。

 よほど軽かったのだろうか?
 それならば仕方がないと思いつつも、残念に思いつつも、そうであれば奪われる心配は少ないのだろうかと自分の都合のいいように考えてみる。

 全ては自分のために、そう思っていないと心の均衡が保てない気がした。

 光流を大切にしたいと思う気持ちと、俺を必要としないのならばそう思うようになるまで身体に教え込んでしまいたいという相反する気持ち。

 自分の感情にドン引きしないわけではないけれど、仕方がないのだ。

 そんなαの執着が少し疎ましかった…。
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