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断たれた願い 3
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光流がΩと診断を受け、正式に婚約者となってから考えるようになった事があった。
〈俺はこのまま静流の影で良いのだろうか〉
誰かに言われた訳ではない。
それでも静流が学級代表をやれば俺は副代表。静流が生徒会長をやれば副会長。妥当なポジションではあるけれど、このまま一生そう過ごす事が決まっているのはいささか面白くない。
静流を追い越すのは無理だとしても、対等だと言われるようになるために何かできる事はないか?
そして思いついた策が外部進学だった。今のままエスカレーター式に進学をする事は可能だが、そうなるとこのままずっと静流の影に隠れたままになってしまう。静流の能力を考えると仕方がない事だし、光流との将来を考えれば当然職場だって辻崎と無関係とはいかないだろうことを考えれば一生続く関係となるのだ。
その時に〈何か〉誇れるものが欲しい。目に見えて〈優れている〉と解る何かが欲しい。そう思った時に思いついたのが〈学歴〉だった。
まず最初にしたのは静流への相談だった。
「外部入学したいと思ってるんだけど、どう思う?」
あれは春休み中。
課題を片付けつつ、そんなことを言ってみる。一瞬怪訝な顔をした静流だったけれど俺の言いたいことを理解したのだろう。少しの溜め息と共に話し出す。
「外部は良いけど何処に行くつもり?
うちよりも良いとこって、あそこだよね?」
静流が名前を挙げたのは国立大学で、俺が目指しているのも当然そこだ。放っておいても行ける予定の大学よりも下の学校では意味がない。
「無理ではないだろうけど今のままだと難しくない?」
嫌な事をハッキリ言うのは信頼関係があるからだろうか。
「予備校に通う」
「そうしたら光流は?」
「静流がいれば問題無いだろ?
予備校の無い日は今まで通りで」
俺の答えに呆れた顔を見せるが、強く反対をする事もない。これは、どう受け止めるべきなのだろうか。
「前提として、護は光流を守るために同じ学校に行かせてるのは理解してるよね?護の存在そのものが光流を守っている事も。
見えてなくても良いんだよ、見える位置に、手の届く範囲にその存在があるだけで抑止力になる。
その前提が成り立たなくなるのを理解して言ってる?」
冷たい声色だった。
調子に乗るな、弁えろ、そう言われているようだった。
確かに望めば大学まで行けるうちの学校は同じ敷地内に中学、高校、大学が作られており、共有している施設もあるためその気になれば大学生が中学生に会いに行くのも可能だ。大学生と高校生は共有する施設の数も多く、接する機会も多くなる。そうなると静流や俺が進学したとしても何処に〈目〉があるかわからないのだから自然と抑止力になるのだ。
そんな事は理解している。
光流が自分以外に目を向けるのも許せない。
だが、その環境に甘んじていてはいつまで経っても静流の影から抜け出せないのだ。
「光流に相応しくありたいんだ」
嘘は言っていない。
ただ、光流のためではなく自分の虚栄心のためなだけだ。
「このまま進学したところで人間関係とか、学ぶこととか、結局は同じ事を2人で学ぶことになるよりも俺が外部で静流とは違う人脈を広げ、そこでしか学べない事を学んでくる。
今の環境に甘んじて光流の婚約者であり続けるんじゃなくて、自分の力で光流の婚約者として相応しくなりたいんだ」
偽りのない本心だった。
静流と違う場所で力をつけ、静流よりも上に行けないとしてもせめて対等でありたい。そうすれば光流の婚約者として胸を張って言えるような気がしたのだ。
「相応しく、ねぇ。
何をもって相応しいと思うのかは人それぞれだからその考えを否定はしないけど、それは今いる場所では叶わないことなの?」
言われるべくして言われた言葉だろう。〈婚約者候補〉として進学する時に言われたことだった。
〈光流を守る事を最優先して欲しい〉
その願いを放棄してまでやらなくてはいけない事かと問われているのだろう。
せめて静流と学年が違えばこんなにも劣等感を抱く事はなかっただろう。静流は知らないのだ、比べられることによる劣等感を。常に比べられ下げられる者の気持ちを。
「そこまで言うのなら頑張ってみたら?
まぁ、俺が在学中はそうそう問題もないだろうし、光流が入学する時は賢志もこっちに来る予定だし。
βだからどこまで抑止力になるかわからないけどね」
静流の口から告げられた名前。
彼らの従兄弟である賢志は家族と共に父親の地元に居るはずだ。たまにこちらに来る時は一緒に過ごす事もあるけれど、どういう事だ?
「賢志は何しに?」
「当然進学だよ。
あいつ、負けず嫌いだからさ。護が行こうとしてる学校が第一志望らしいよ?うちの学校に誘ったけど〈国立の方が学費が安い〉って。そんなの祖父に言えば喜んで出すのにね」
衝撃だった。βであるはずの賢志はそんなにも優秀なのか?
「あいつ、暫定αだったりして。
正式にβって診断されたらしいけど、うちの母だってそうだったし。ま、母の血筋じゃないからそんなことないんだようけどさ」
静流の言葉が耳に入ってこない。
負けられない。
負けてはいけない。
俺は静流に対して進路を変えたいと言った事を少し後悔していた。これで万が一俺が失敗し、賢志が成功すれば俺は〈β以下〉になってしまうのだ。
もう後戻りはできない。
退路は断たれたのだ。
「賢治の先輩だと胸が張れるよう頑張らないとな」
動揺を悟られないよう快活に言ってみる。動揺を悟られてはいないだろうか?
「そこまで言うなら仕方ないけど、光流にはちゃんと自分で話しなね」
最後は諦めたように言われた。
もう後戻りは出来ないのだ。
〈俺はこのまま静流の影で良いのだろうか〉
誰かに言われた訳ではない。
それでも静流が学級代表をやれば俺は副代表。静流が生徒会長をやれば副会長。妥当なポジションではあるけれど、このまま一生そう過ごす事が決まっているのはいささか面白くない。
静流を追い越すのは無理だとしても、対等だと言われるようになるために何かできる事はないか?
そして思いついた策が外部進学だった。今のままエスカレーター式に進学をする事は可能だが、そうなるとこのままずっと静流の影に隠れたままになってしまう。静流の能力を考えると仕方がない事だし、光流との将来を考えれば当然職場だって辻崎と無関係とはいかないだろうことを考えれば一生続く関係となるのだ。
その時に〈何か〉誇れるものが欲しい。目に見えて〈優れている〉と解る何かが欲しい。そう思った時に思いついたのが〈学歴〉だった。
まず最初にしたのは静流への相談だった。
「外部入学したいと思ってるんだけど、どう思う?」
あれは春休み中。
課題を片付けつつ、そんなことを言ってみる。一瞬怪訝な顔をした静流だったけれど俺の言いたいことを理解したのだろう。少しの溜め息と共に話し出す。
「外部は良いけど何処に行くつもり?
うちよりも良いとこって、あそこだよね?」
静流が名前を挙げたのは国立大学で、俺が目指しているのも当然そこだ。放っておいても行ける予定の大学よりも下の学校では意味がない。
「無理ではないだろうけど今のままだと難しくない?」
嫌な事をハッキリ言うのは信頼関係があるからだろうか。
「予備校に通う」
「そうしたら光流は?」
「静流がいれば問題無いだろ?
予備校の無い日は今まで通りで」
俺の答えに呆れた顔を見せるが、強く反対をする事もない。これは、どう受け止めるべきなのだろうか。
「前提として、護は光流を守るために同じ学校に行かせてるのは理解してるよね?護の存在そのものが光流を守っている事も。
見えてなくても良いんだよ、見える位置に、手の届く範囲にその存在があるだけで抑止力になる。
その前提が成り立たなくなるのを理解して言ってる?」
冷たい声色だった。
調子に乗るな、弁えろ、そう言われているようだった。
確かに望めば大学まで行けるうちの学校は同じ敷地内に中学、高校、大学が作られており、共有している施設もあるためその気になれば大学生が中学生に会いに行くのも可能だ。大学生と高校生は共有する施設の数も多く、接する機会も多くなる。そうなると静流や俺が進学したとしても何処に〈目〉があるかわからないのだから自然と抑止力になるのだ。
そんな事は理解している。
光流が自分以外に目を向けるのも許せない。
だが、その環境に甘んじていてはいつまで経っても静流の影から抜け出せないのだ。
「光流に相応しくありたいんだ」
嘘は言っていない。
ただ、光流のためではなく自分の虚栄心のためなだけだ。
「このまま進学したところで人間関係とか、学ぶこととか、結局は同じ事を2人で学ぶことになるよりも俺が外部で静流とは違う人脈を広げ、そこでしか学べない事を学んでくる。
今の環境に甘んじて光流の婚約者であり続けるんじゃなくて、自分の力で光流の婚約者として相応しくなりたいんだ」
偽りのない本心だった。
静流と違う場所で力をつけ、静流よりも上に行けないとしてもせめて対等でありたい。そうすれば光流の婚約者として胸を張って言えるような気がしたのだ。
「相応しく、ねぇ。
何をもって相応しいと思うのかは人それぞれだからその考えを否定はしないけど、それは今いる場所では叶わないことなの?」
言われるべくして言われた言葉だろう。〈婚約者候補〉として進学する時に言われたことだった。
〈光流を守る事を最優先して欲しい〉
その願いを放棄してまでやらなくてはいけない事かと問われているのだろう。
せめて静流と学年が違えばこんなにも劣等感を抱く事はなかっただろう。静流は知らないのだ、比べられることによる劣等感を。常に比べられ下げられる者の気持ちを。
「そこまで言うのなら頑張ってみたら?
まぁ、俺が在学中はそうそう問題もないだろうし、光流が入学する時は賢志もこっちに来る予定だし。
βだからどこまで抑止力になるかわからないけどね」
静流の口から告げられた名前。
彼らの従兄弟である賢志は家族と共に父親の地元に居るはずだ。たまにこちらに来る時は一緒に過ごす事もあるけれど、どういう事だ?
「賢志は何しに?」
「当然進学だよ。
あいつ、負けず嫌いだからさ。護が行こうとしてる学校が第一志望らしいよ?うちの学校に誘ったけど〈国立の方が学費が安い〉って。そんなの祖父に言えば喜んで出すのにね」
衝撃だった。βであるはずの賢志はそんなにも優秀なのか?
「あいつ、暫定αだったりして。
正式にβって診断されたらしいけど、うちの母だってそうだったし。ま、母の血筋じゃないからそんなことないんだようけどさ」
静流の言葉が耳に入ってこない。
負けられない。
負けてはいけない。
俺は静流に対して進路を変えたいと言った事を少し後悔していた。これで万が一俺が失敗し、賢志が成功すれば俺は〈β以下〉になってしまうのだ。
もう後戻りはできない。
退路は断たれたのだ。
「賢治の先輩だと胸が張れるよう頑張らないとな」
動揺を悟られないよう快活に言ってみる。動揺を悟られてはいないだろうか?
「そこまで言うなら仕方ないけど、光流にはちゃんと自分で話しなね」
最後は諦めたように言われた。
もう後戻りは出来ないのだ。
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