上 下
1 / 36

悔恨もしくは懺悔

しおりを挟む
 手を離してしまった事を後悔する日が来るなんて思ってもみなかった。
 自分を顧みない婚約者から離れたら幸せになれるのだと思っていた。

 踏み出したその一歩は明るい未来へと続いているはずだったのに、それなのに辿り着いたのはいつまでも続く薄暗い道だった。

 どうしてこんな風になってしまったのだろう?

 思い出の中の光流は今でも俺を慕ってくれていて、俺の言葉で柔らかく微笑んでくれるのに。思い出の中の光流は俺の腕の中で恥ずかしそうにしながらも俺の口付けを受け入れてくれるのに。

 この夢の中だけで過ごしていられたら。朝が来るたびに隣で眠る相手を見ては絶望を感じる生活。

 何処で間違えたのだろう。
 何処まで戻ればもう一度やり直せるのだろう。

 羽ばたくはずだった俺はその羽を折られ、思い描いた未来への想いを消化しきれないまま、思い描いた未来へ心を残したまま、それでも歩み続けるしかないのだった。

「彼女とお幸せに」
 最後に見た光流の笑顔は、いつも俺に見せていた無邪気なものではなく、その黒い瞳は俺の姿を写していても何処か遠くを見ている様で…。
 光流の事を初めて恐いと思った。

 あの時、光流の元に戻って問い詰めれば何か変わったのだろうか?

 そんな事を考えてみたが、あの時にはもう俺は後戻りできない状態だった。
 彼女を愛し、彼女と心を通わせ、彼女と身体を重ね、彼女を自分の番にして。
 光流を問い詰める権利なんて、俺には無かったのだ。

「光流のことが嫌いになったんじゃないんだ。ただ、小学生の頃に決められて当たり前のように感受してきたけど……自分の足で歩いてみたくなったんだ」
 どんな気持ちで俺の言葉を聞いていたのだろう。
 光流ならそう言えば思うところがあったとしても、俺の気持ちを優先して受け入れると思ったんだ。

 番の匂いを、番の匂いだけをさせた俺はそれがどれだけ残酷な行為かに気付きもせず、番に婚約解消の報告をするのを想像して顔が緩まない様必死で〈思い悩むふり〉をしていたのだから我ながらタチが悪い。

「理由はそれだけなの?」
 そう言われて顔を上げたものの光流の顔を見ることができるわけもなく、気不味い気持ちのまま言葉を続けた。
 この時、光流の顔を見ていればその様子がいつもと違う事に気付けたのだろうか?そう考えてみるものの、馬鹿の様に浮かれていた俺は光流の機微になどきっと気付くことは出来なかっただろう。
 全く救いようが無い…。

「大学に入って、今までしてこなかった経験をして思ったんだ。自分の世界はあまりにも狭い。大学を自分で選んだだけでこんなにも世界が広がるのなら、この先に待つものがどれだけ大きいのか見たくなったんだ」
 全てが嘘ではなかった。
 当たり前の様に決められた進路を進んできた俺は〈光流の婚約者〉ではなく〈護〉という1人の人間として受け入れられた事に開放感を覚えたのだ。

 光流と行動をする事で静流と比べられる事が多く、辟易していた俺にとって新しい環境は新鮮でしかなかった。
「子守りから解放?」
 社交でも面識のあった同級生のαに言われ、そんな風に見られていたのかとショックを受けた。
 αの彼は自分よりも優れているところがある様に見えない俺に対して半ばやっかみで言った言葉だったのに、馬鹿な俺は額面通りに受け止めてしまったのだ。

 よくよく考えればアレが転機だったのかもしれない。
 静流と別れた進路で結果を出し、静流と並びたかった。自分は静流と対等なのだと示したかった。
 同じ進路に進めば比べられる機会が増えるのはこの数年で思い知らされた現実。
 俺は〈光〉の様に輝く静流の〈影〉でしかないのだ。

 それでも光流が俺と静流を比べて何か言うような事はなかった。
 ひたすらに俺を慕い、俺だけを欲しがる光流。
 光流にヒートが来ればこの関係は変わると思っていたんだ。自分のモノにしてしまえばもう離れることはできない。婚約者なのだから〈歯止めが効かなくて〉噛んでしまったとしても早いか遅いかの問題だけで咎められることもない。
 だったらさっさと番にして自分の立ち位置を不動のモノにして仕舞えばいい、そう思っていた。そう思っていたのに光流は俺を拒んだのだ。

 あの時に戻れたら良いのに。
 俺の悔恨はこうして一生続いていくのだろうか…。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

螺旋の中の欠片

琴葉
BL
※オメガバース設定注意!男性妊娠出産等出て来ます※親の借金から人買いに売られてしまったオメガの澪。売られた先は大きな屋敷で、しかも年下の子供アルファ。澪は彼の愛人か愛玩具になるために売られて来たのだが…。同じ時間を共有するにつれ、澪にはある感情が芽生えていく。★6月より毎週金曜更新予定(予定外更新有り)★

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

手〈取捨選択のその先に〉

佳乃
BL
 彼の浮気現場を見た僕は、現実を突きつけられる前に逃げる事にした。  大好きだったその手を離し、大好きだった場所から逃げ出した僕は新しい場所で1からやり直す事にしたのだ。  誰も知らない僕の過去を捨て去って、新しい僕を作り上げよう。  傷ついた僕を癒してくれる手を見つけるために、大切な人を僕の手で癒すために。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

近くにいるのに君が遠い

くるむ
BL
本編完結済み ※クリスマスSSとして、番外編を投稿中です。ちょこちょこアップ中。 今日(12/23)中には全編アップします。 綺麗で優しくて、陰でみんなから「大和撫子」と呼ばれている白石水は、長い片思いを経て、黒田陸に告白されたことで両想いに。 だが両想いになれたその日に陸は、水への独占欲の強さから気持ちを抑えられずにいきなり押し倒し体を繋げてしまう。 両想いになって、しかも体の関係も持ってしまったのに、翌日学校であった陸の態度には微妙な変化があった。 目が合っても微妙に逸らされたり、少しくっつきたいと思っても避けられたり…。 どうして? 俺たち両想いじゃないの…? もう飽きちゃった…? 不器用過ぎる程好き過ぎて、気持ちを上手く伝えられない二人の、切ない両想い。 ※「初めて欲しいと思った」の本編です

処理中です...