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悔恨もしくは懺悔
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手を離してしまった事を後悔する日が来るなんて思ってもみなかった。
自分を顧みない婚約者から離れたら幸せになれるのだと思っていた。
踏み出したその一歩は明るい未来へと続いているはずだったのに、それなのに辿り着いたのはいつまでも続く薄暗い道だった。
どうしてこんな風になってしまったのだろう?
思い出の中の光流は今でも俺を慕ってくれていて、俺の言葉で柔らかく微笑んでくれるのに。思い出の中の光流は俺の腕の中で恥ずかしそうにしながらも俺の口付けを受け入れてくれるのに。
この夢の中だけで過ごしていられたら。朝が来るたびに隣で眠る相手を見ては絶望を感じる生活。
何処で間違えたのだろう。
何処まで戻ればもう一度やり直せるのだろう。
羽ばたくはずだった俺はその羽を折られ、思い描いた未来への想いを消化しきれないまま、思い描いた未来へ心を残したまま、それでも歩み続けるしかないのだった。
「彼女とお幸せに」
最後に見た光流の笑顔は、いつも俺に見せていた無邪気なものではなく、その黒い瞳は俺の姿を写していても何処か遠くを見ている様で…。
光流の事を初めて恐いと思った。
あの時、光流の元に戻って問い詰めれば何か変わったのだろうか?
そんな事を考えてみたが、あの時にはもう俺は後戻りできない状態だった。
彼女を愛し、彼女と心を通わせ、彼女と身体を重ね、彼女を自分の番にして。
光流を問い詰める権利なんて、俺には無かったのだ。
「光流のことが嫌いになったんじゃないんだ。ただ、小学生の頃に決められて当たり前のように感受してきたけど……自分の足で歩いてみたくなったんだ」
どんな気持ちで俺の言葉を聞いていたのだろう。
光流ならそう言えば思うところがあったとしても、俺の気持ちを優先して受け入れると思ったんだ。
番の匂いを、番の匂いだけをさせた俺はそれがどれだけ残酷な行為かに気付きもせず、番に婚約解消の報告をするのを想像して顔が緩まない様必死で〈思い悩むふり〉をしていたのだから我ながらタチが悪い。
「理由はそれだけなの?」
そう言われて顔を上げたものの光流の顔を見ることができるわけもなく、気不味い気持ちのまま言葉を続けた。
この時、光流の顔を見ていればその様子がいつもと違う事に気付けたのだろうか?そう考えてみるものの、馬鹿の様に浮かれていた俺は光流の機微になどきっと気付くことは出来なかっただろう。
全く救いようが無い…。
「大学に入って、今までしてこなかった経験をして思ったんだ。自分の世界はあまりにも狭い。大学を自分で選んだだけでこんなにも世界が広がるのなら、この先に待つものがどれだけ大きいのか見たくなったんだ」
全てが嘘ではなかった。
当たり前の様に決められた進路を進んできた俺は〈光流の婚約者〉ではなく〈護〉という1人の人間として受け入れられた事に開放感を覚えたのだ。
光流と行動をする事で静流と比べられる事が多く、辟易していた俺にとって新しい環境は新鮮でしかなかった。
「子守りから解放?」
社交でも面識のあった同級生のαに言われ、そんな風に見られていたのかとショックを受けた。
αの彼は自分よりも優れているところがある様に見えない俺に対して半ばやっかみで言った言葉だったのに、馬鹿な俺は額面通りに受け止めてしまったのだ。
よくよく考えればアレが転機だったのかもしれない。
静流と別れた進路で結果を出し、静流と並びたかった。自分は静流と対等なのだと示したかった。
同じ進路に進めば比べられる機会が増えるのはこの数年で思い知らされた現実。
俺は〈光〉の様に輝く静流の〈影〉でしかないのだ。
それでも光流が俺と静流を比べて何か言うような事はなかった。
ひたすらに俺を慕い、俺だけを欲しがる光流。
光流にヒートが来ればこの関係は変わると思っていたんだ。自分のモノにしてしまえばもう離れることはできない。婚約者なのだから〈歯止めが効かなくて〉噛んでしまったとしても早いか遅いかの問題だけで咎められることもない。
だったらさっさと番にして自分の立ち位置を不動のモノにして仕舞えばいい、そう思っていた。そう思っていたのに光流は俺を拒んだのだ。
あの時に戻れたら良いのに。
俺の悔恨はこうして一生続いていくのだろうか…。
自分を顧みない婚約者から離れたら幸せになれるのだと思っていた。
踏み出したその一歩は明るい未来へと続いているはずだったのに、それなのに辿り着いたのはいつまでも続く薄暗い道だった。
どうしてこんな風になってしまったのだろう?
思い出の中の光流は今でも俺を慕ってくれていて、俺の言葉で柔らかく微笑んでくれるのに。思い出の中の光流は俺の腕の中で恥ずかしそうにしながらも俺の口付けを受け入れてくれるのに。
この夢の中だけで過ごしていられたら。朝が来るたびに隣で眠る相手を見ては絶望を感じる生活。
何処で間違えたのだろう。
何処まで戻ればもう一度やり直せるのだろう。
羽ばたくはずだった俺はその羽を折られ、思い描いた未来への想いを消化しきれないまま、思い描いた未来へ心を残したまま、それでも歩み続けるしかないのだった。
「彼女とお幸せに」
最後に見た光流の笑顔は、いつも俺に見せていた無邪気なものではなく、その黒い瞳は俺の姿を写していても何処か遠くを見ている様で…。
光流の事を初めて恐いと思った。
あの時、光流の元に戻って問い詰めれば何か変わったのだろうか?
そんな事を考えてみたが、あの時にはもう俺は後戻りできない状態だった。
彼女を愛し、彼女と心を通わせ、彼女と身体を重ね、彼女を自分の番にして。
光流を問い詰める権利なんて、俺には無かったのだ。
「光流のことが嫌いになったんじゃないんだ。ただ、小学生の頃に決められて当たり前のように感受してきたけど……自分の足で歩いてみたくなったんだ」
どんな気持ちで俺の言葉を聞いていたのだろう。
光流ならそう言えば思うところがあったとしても、俺の気持ちを優先して受け入れると思ったんだ。
番の匂いを、番の匂いだけをさせた俺はそれがどれだけ残酷な行為かに気付きもせず、番に婚約解消の報告をするのを想像して顔が緩まない様必死で〈思い悩むふり〉をしていたのだから我ながらタチが悪い。
「理由はそれだけなの?」
そう言われて顔を上げたものの光流の顔を見ることができるわけもなく、気不味い気持ちのまま言葉を続けた。
この時、光流の顔を見ていればその様子がいつもと違う事に気付けたのだろうか?そう考えてみるものの、馬鹿の様に浮かれていた俺は光流の機微になどきっと気付くことは出来なかっただろう。
全く救いようが無い…。
「大学に入って、今までしてこなかった経験をして思ったんだ。自分の世界はあまりにも狭い。大学を自分で選んだだけでこんなにも世界が広がるのなら、この先に待つものがどれだけ大きいのか見たくなったんだ」
全てが嘘ではなかった。
当たり前の様に決められた進路を進んできた俺は〈光流の婚約者〉ではなく〈護〉という1人の人間として受け入れられた事に開放感を覚えたのだ。
光流と行動をする事で静流と比べられる事が多く、辟易していた俺にとって新しい環境は新鮮でしかなかった。
「子守りから解放?」
社交でも面識のあった同級生のαに言われ、そんな風に見られていたのかとショックを受けた。
αの彼は自分よりも優れているところがある様に見えない俺に対して半ばやっかみで言った言葉だったのに、馬鹿な俺は額面通りに受け止めてしまったのだ。
よくよく考えればアレが転機だったのかもしれない。
静流と別れた進路で結果を出し、静流と並びたかった。自分は静流と対等なのだと示したかった。
同じ進路に進めば比べられる機会が増えるのはこの数年で思い知らされた現実。
俺は〈光〉の様に輝く静流の〈影〉でしかないのだ。
それでも光流が俺と静流を比べて何か言うような事はなかった。
ひたすらに俺を慕い、俺だけを欲しがる光流。
光流にヒートが来ればこの関係は変わると思っていたんだ。自分のモノにしてしまえばもう離れることはできない。婚約者なのだから〈歯止めが効かなくて〉噛んでしまったとしても早いか遅いかの問題だけで咎められることもない。
だったらさっさと番にして自分の立ち位置を不動のモノにして仕舞えばいい、そう思っていた。そう思っていたのに光流は俺を拒んだのだ。
あの時に戻れたら良いのに。
俺の悔恨はこうして一生続いていくのだろうか…。
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