伯爵様のひつじ。

たつみ

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後編

罪人に番人に 3

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 目覚めてから、そろそろ4ヶ月が経とうとしている。
 その短い期間で、葉が散った。
 
───散るのと、散らされるのとでは意味が異なる。
 
 戦争では大勢が死んだ。
 親しく話していた味方の兵が、目の前で斬り殺されたこともある。
 だが「戦争」という理由づけにより、その死は「名もなき多数の死者」となった。
 名を覚えている少数の者にしか意味を持たない死だ。
 
 法という秩序を作り、できる限り無意味な死をなくす。
 それが戦後の伯爵のひとつの「理想」だった。
 あまりにも多くの死を生み出したからだ。
 同じことを繰り返してはならないと思っていた。
 
 けれど、人は変わらない。
 己にとって「無意味な死」であれば、平気で無法を選ぶ。
 
 伯爵が嫌になったのは、自分が「人であること」だ。
 
 なにもかも、というのは、そういう意味だった。
 自らの欲や目的のため、法を犯し、法から逃れようとする者たち。
 彼らと同じ「人間」であることに嫌気がさしたのだ。
 
 正直、人に対する期待も希望も捨て、諦めようとしていた。
 
 人としての自分を捨て、闇と同化し、別の生き物になる。
 そのほうが気分がいい、とさえ思った。
 
「オリヴィア・リーストン及びリーストン騎士団は、私に叛逆し、ガルチェナ男爵領を侵害している」
 
 伯爵の目の前には、騎士団に囲まれたディエゴたちがいる。
 玄関ホールは、大勢の騎士であふれていた。
 見回したところ、使用人はいない。
 ディエゴが先に逃がしておいたのだろう。
 
「あなたこそ、叛逆者ではないの、キルテス伯爵?」
 
 オリヴィアは「罠」が上手くいかなかったと知っている。
 顔をしかめ、ひどく不快そうに、伯爵をにらみつけていた。
 
───あれは失敗ではない。成功だ。
 
 スラノたちに裏切られ、闇にのまれた時は無意識だった。
 しかし、今回は自ら闇にのまれようとした。
 引きめたのは、ファニーだ。
 あの時、彼女がそばにいなければ、確実に「人」を諦めていた。
 
 ふわふわとしていてやわらかな、なのに、強いぬくもり。
 
 伯爵は、ファニーを愛おしいと思う。
 そのファニーも「人」なのだ。
 ならば「人間」を否定することはできない。
 
「ディエゴ、ミナイを殺したのは誰だ」
「オリヴィア……リーストン……」
 
 ディエゴは、背にヴァルガーの娘を庇っている。
 男爵領の女主人として伯爵が配した者だ。
 かつての戦友の子孫でもある。
 
 その足元で、茶色の髪が揺れていた。
 
 ディエゴの銀の瞳が赤く充血している。
 ヴァルガーの娘は未だ泣いていた。
 2人を守るようにして立っているメンドーザの緑の目も赤い。
 
 伯爵は黙って、ミナイに近づき、床にしゃがみこんだ。
 首元から腹にかけて深く斬り付けられている。
 そこいら中に血が飛び散っていた。
 
「……ミナイは……まだ……16年しか……」
 
 ディエゴの声が震えていた。
 伯爵は、ミナイの頭を、そっと撫でる。
 さっきのように声が聞こえるかと期待したが、何も聞こえなかった。
 ミナイは「落ち葉」になったのだ。
 
「カーズデン男爵家の集団懲罰では、涙の1滴も流さなかったくせに、身内が殺されたら泣くのね? 都合がいいこと」
「ほう。お前が、それを言うのか、オリヴィア・リーストン」
 
 ゆっくりと立ち上がり、伯爵はそちらに視線を向ける。
 リーストンの娘は操られただけなのだろうが、自覚がないのが始末に悪い。
 いもしない「スラノ」に、その気にさせられているのだから。
 
「ま、まだ幼い子供もいたのよっ? なんの罪もない……っ……」
「斬り捨てたのは、お前ではないか」
「そ、それは、あなたが無理に……」
「無理に? 私は選ばせてやったはずだ」
 
 カーズデンの名の元に死ぬか、カーズデンを捨てるか。
 どちらを選ぼうが、伯爵には関係なかった。
 そして、さらに選択肢がなかったわけでもない。
 
「幼い子もいたのであれば、なぜお前は命を賭さなかった。己が命と引き換えに、その子らを救う道もあったろう。それこそ、叛逆してでもな」
 
 カーズデンを斬り捨てながらも、幼い子供を逃がすことはできただろう。
 その時が、伯爵に叛逆すべき時だったのだ。
 本当に救いたい者のため、命を落とす覚悟があったならば。
 
「オリヴィア様、惑わされてはなりません! オリヴィア様は強要されたのです!」
 
 伯爵は、小さく笑う。
 本当に、スラノの「手下」は見苦しい。
 
「何もしていない私の臣下を殺したことと、罪を犯し、法で裁かれたカーズデンを同等に扱うなよ、皇家の犬め。これが崇高なる皇帝の騎士か。笑わせてくれる」
 
 怯えていても、伯爵が1人で来たためか、騎士たちは剣を下ろそうとせずにいる。
 それを見て、さらに伯爵は、ふっと笑った。
 ホール内にいるのは百人ほどで、残りは外にいるようだ。
 この程度の数、戦場ではいくらでも斬り捨ててきた。
 
「帝国法では、領主に対する叛逆は死罪。さらに領地を侵害された場合、相手を敵とし、反撃することが許されている。その過程で死人が出ても罪には問われない。剣をおろし、投降するなら、今しかないぞ」
 
 忠告はしたが、誰も剣をおろさない。
 多勢に無勢となっているので、状況を有利と捉えているのだろう。
 
「カーリー」
 
 スッと、カーリーが隣に立つ。
 執事服姿で、白手袋をはめた手は後ろ。
 
「裁定を下す。叛逆者オリヴィア・リーストンはじめ騎士団163名は死罪」
「しかるべく」
 
 騎士たちが声もなく倒れていった。
 父親の「形見」であろう剣を手に、真っ青になっているリーストンの娘に言う。
 
「お前は気づくべきだったのだ。誰もお前を“団長”とは呼んでいなかったことに」
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