伯爵様のひつじ。

たつみ

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後編

経緯に判断に 3

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 エティカの知恵が回るのは、ファウストも知っていた。
 だが、悪びれもせず「皇女を殺す」とまで口にするとは想定外だ。
 
(エティカ、これは、やり過ぎではないかね)
(えー、なんでさ。ファウストだって、オレだって、カーリーにだって、この判断はできないデショ。伯爵様もファニー様がどう思うか、気にされてるよね?)
 
 エティカに、ファニーを驚かせたり、怖がらせたりする気がなかったのは間違いない。
 だとしても、あえて「奴隷」や「皇女」の話題を口にしたのは、間違いなく、伯爵とファニーに判断を委ねるためだ。
 
 エティカは聡い。
 そのエティカらしさに、ファウストは、常々、手を焼いている。
 人は憂鬱な気分が続くと心が病むと言うが、ファウストも、しばしば「心が病みそうだ」と思っていた。
 
 憎まれ口を叩くだけのジーヴァのほうが、まだ可愛げがある。
 
(ほらほら、ファウスト~、ファニー様が続きを訊きたがってるよ~)
 
 これだからエティカは締め出しておきたかったのだ。
 ぐっと、拳を握りしめながらも、ファニーに笑顔を向けた。
 
「ですが、ゼビロスは、リセリアにいる同胞を忘れてはおりません。皇女を嫁がせるくらいで不干渉を受け入れれば、国全体に動揺と不満が広がるでしょう」
「見捨てる気はない、と示すために、皇女様を殺すということですか?」
「それも、ひとつの手立てにございます。しかし、皇女を殺せば、今度はリセリアと戦争になる可能性も考えねばなりません」
 
 戦争になっても勝つ自信はある。
 今のゼビロスは、リセリア以上の発展を遂げているのだ。
 もちろん無傷ではいられないだろうが、被害は最小限にできるだろう。
 とはいえ、問題はそこではない。
 
「実を言うと、ゼビロス人は、オスカー・キルテス伯爵様を深く慕っております」
「え? 半島から自分たちを追いはらった人なのに?」
「半島に行けなくなったため、ゼビロス人には後がなくなりました。生き残るには、ひとつにまとまらねばならなかったのです。そして、伯爵様の手法を真似、実行した結果が、現在のゼビロス帝国にございます」
「今のゼビロス帝国があるのは、伯爵様のおかげ、みたいな感じなんですね」
「その通りにございます。感謝こそすれ、恨みに思う者などおりません」
 
 隣で、うんうんと、わけ知り顔で頷いているエティカが憎たらしい。
 実務のほとんどは、ファウストがやっている。
 なのに、エティカは、あれこれ口だけは挟んでくるのだ。
 的外れであればいいのだが、そうではないので、なおさら憎たらしかった。
 
「ですから、どうしたものかと……」
 
 リセリアの申し出を受け入れるのか否か。
 どちらを選んでも、なにかしらの行動を示さなければならない。
 その「判断」が、カーリーも含め枝葉えだはにはできなかった。
 
 リセリアは、伯爵の創った国だからだ。
 
 戦争をして亡ぼすも従属させるも、難しいことではない。
 ただし、伯爵がリセリアをどうしたいのかが問題となる。
 同時に、ゼビロスをどうしたいのかも、だ。
 
 伯爵が眠りにつく前に、枝葉が与えられた役割のひとつ。
 それが、ゼビロスを支配下におけるようにしておくことだった。
 カーリー主導のもと、枝葉は百年ほどで見事にやり遂げた。
 リセリアとは異なり、ゼビロスは内乱を経ることなく、国家統一を成したのだ。
 
(伯爵様が半島に行けないようにしたから、ゼビロス人同士で結束するしかなかったって話だっけ? 人も少なかったらしいね)
(今の10分の1程度だったよ。食糧難に陥るギリギリだったのさ)
 
 答えながら、ファウストは長い時を思う。
 自分たちにとっては百年も、たいした長さではない。
 ファウストは「枝」であり、実質、寿命がないのだ。
 対して「葉」であるエティカは、あと50年ほどで命が尽きる。
 
「ファニーは、どう思いますか?」
「私は……単純に戦争は嫌だなって思ってます。でも……リセリアにいるゼビロスの奴隷を見捨てるっていうのも……国に見捨てられるのは、つらいことなので……」
「では、奴隷も見捨てず、戦争もせずにすませたいと、お考えなのですね」
「……難しいことはわかりませんけど……そんな都合のいいことはできないんじゃないですか? どっちも、なんて……」
 
 ファニーの悲しげな表情に、ファウストまで悲しくなった。
 室内にいる全員が、その悲しみを感じている。
 伯爵との共感だけが理由ではない。
 
 枝葉はファニーに共鳴することで、喜びや楽しみを知ったのだ。
 なので、彼女は枝葉にとっても特別で大事な存在だった。
 悲しませたくないと、自然に思えるくらいに。
 
「何も問題はありません。さほど難しくもないでしょう」
「で、でも、国同士の問題なのに、できるんですか、そんなこと?」
「できます。ですから、どうかそんな悲しい顔をしないでください」
 
 伯爵のきっぱりとした口調に安心したのか、ファニーの表情が明るくなる。
 それを見て、ファウストも、ホッとした。
 ほかの人間がどうなろうが気にかけたことはないが、ファニーだけは違うのだ。
 ファニーが笑っていると、胸の中が、ほわほわする。
 
「多少、時間は必要ですが、遅くとも年内には片付けますよ」
「あの! 伯爵様は大丈夫なんですよね? このことで、伯爵様に危害が加えられたりしないですよね? 伯爵様に、なにかあったら……申し訳ないと思うんですけど、私には、それが1番、嫌なことなんです」
 
 伯爵が嬉しそうに、目を細めて微笑む。
 伯爵の感覚が「葉」であるエティカにも伝わっているようだ。
 めずらしく口を挟まず、黙っている。
 
(ナタリー、きみが本当に羨ましいよ)
(そうでしょう? ファニー様のお傍にいると、毎日がとても楽しいわ)
 
 城壁を覆い尽くしても広がり続けた闇は、半島伝いにゼビロス全体にも広がった。
 ファウストは同時期に生じ、やはり半島伝いにゼビロスに移ったのだ。
 以来、ゼビロスの掌握のため動いてきた。
 
 繰り返す「姿変わり」により、いつしか風貌が似通ってくるほど、ゼビロスにいる時間は長い。
 だが、ファニーを知って以来、たびたび半島を訪れていた。
 なので、本気でナタリーを羨ましいと感じている。
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