伯爵様のひつじ。

たつみ

文字の大きさ
上 下
52 / 80
後編

素朴さに忍耐に 4

しおりを挟む
 
「初めまして、ファウスト様」
 
 右斜め向かいに座るファウストに、ぺこりと頭を下げる。
 さっきは驚き過ぎていて、ろくに挨拶もできなかったのだ。
 こうして見ると、確かにナタリーに似ている。
 ナタリーにも感じたことだが、なんとなく伯爵に似た雰囲気もある気がした。
 
「様などと、おつけにならないでください。どうか、ファウストと」
「あ、いえ、でも……あの……ゼビロス帝国の宰相様に対して、呼び捨てというのは……身分も違いますし……」
「ですが、ナタリーのことは呼び捨てにされておられるのですよね?」
「それは、まぁ……」
 
 ナタリーと同じ琥珀色の瞳が、きらきらしている。
 肌や髪の色はともかく、その輝く様は、実にナタリーと似ていた。
 親族というのにも納得するほどだ。
 
「ファニー様を困らせないでちょうだい」
「きみだけ特別扱いとはズルいのではないかね、ナタリー」
「私はメイドよ? 呼び捨てが当然でしょう? あなたとは立場が違うの」
「それにしては、きみは私を呼び捨てているようだが」
「それも当然ね。あなたは私の親族だから」
 
 なぜ2人が言い合っているのか、わけがわからない。
 張り合うようなことではないと思えるのだが、親族間での問題ならば、自分が口を挟んでいいのか悩む。
 
(私がどう呼ぶかってこと自体じゃなくて、それをきっかけに上下をはっきりさせたいとか? ナタリーの親族は多いって言ってたし)
 
 伯爵家のメイドから、一国の宰相までと身分にも幅があるようだ。
 とはいえ、親族間での上下は別と考えられているのだろう。
 でなければ、メイドの立場で宰相に噛みつくなんてできるはずがない。
 
「2人とも、そこまで」
 
 ぱんっと、手が打ち鳴らされる。
 視線を向けると、夏場でもきっちりと執事服を身に着けたカーリーが立っていた。
 打ち鳴らした手には白手袋まではめている。
 なのに、汗1滴もかいていない。
 
「お見苦しいところを、お見せしまして申し訳ございません、ファニー様」
「私はいいんですけど……親族同士で喧嘩は……2人とも伯爵様の臣下のかたでもあるので、仲良くしてもらいたいです」
「仰る通りにございます」
 
 見れば、2人が、しゅんとなっている。
 どういう経緯かはわからないが、ファウストはゼビロス帝国の宰相でありながらも、伯爵の臣下なのだ。
 その伯爵に最も近しい臣下が、カーリー。
 
(そっか。この3人の中だと、たぶんカーリーさんが1番上なんだ)
 
 なので、叱られた2人は、しゅんとしているに違いない。
 伯爵自身は黙って様子を見ている。
 カーリーを信頼して任せているようだ。
 
「ファニー様、大変、恐縮ではございますが、ご提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
「ファニー様は、私のことを“さん”付けでお呼びくださいます。ファウストのことも、そのようにお呼びいただけると、この者も納得できましょう」
「あ~ぇえっと……本当にいいんですか? 宰相様ですよ?」
「かまいません。そのほうが、この者も気持ちが楽になるかと」
 
 よくわからないが、それで本人が納得し、ナタリーと喧嘩にならないのであればと、ファニーは素直にうなずいた。
 リセリアとついを成すほどの国の宰相を「さん」付けで呼ぶのは気が重い。
 だとしても、伯爵の臣下でナタリーの身内と思えば、呼べなくもない。
 
「それじゃあ、今後は、ファウストさんって呼ばせてもらいます」
「ありがたき幸せ」
 
 きらきらした目でファウストに見つめられ、曖昧に笑ってみせる。
 本当にいいのだろうか、と思った時だ。
 
 バーンッ!
 
 またしても、心臓が跳ね上がるくらいに驚く。
 なにが起きたのか把握する前に、体になにかがぶつかってきた。
 
「ファニー様あ! オレ、遅刻する気はなかったんだよっ? ファウストに貴族会議を押しつけられて来られなかったんだよおっ!」
 
 誰かは知らないが、誰かがファニーに抱きついている。
 真っ赤な髪と見上げてくる紫の瞳が見えた。
 色はともかく、形は猫の目に似ている。
 
「……えっと……あの……?」
 
 どうすればいいのか迷って、伯爵を見上げた。
 伯爵の金色の瞳が、キラッと光る。
 
 ひょいっ、ぽいっ。
 
 そんな感じで相手の襟首を掴み、伯爵がファニーから引き離して床に放り投げた。
 真っ赤な髪の猫っぽい男性は床にへたりこみ、きょとんとしている。
 
「お前が、エティカか」
「はい、伯爵様! オレが、エティカ・ティバルト!」
「そうか。ならば、もう少しゼビロス帝国の皇帝らしく振る舞え」
 
 え?と、ファニーの体がまた固まった。
 ここに着いてから驚くことばかりだ。
 しかも、時間が止まるかのような心臓に悪い「びっくり」だった。
 
「ファニー、怪我はありませんか? どこか痛むところは?」
 
 伯爵が心配そうに、ファニーの顔を覗き込んでくる。
 金色の瞳を見つめ、無言で首を横に振った。
 怪我をするより前に、心臓が止まる可能性はあるかもしれない、と思いながら。
 
(こ、皇帝……宰相だけでも驚いたのに……皇帝って……)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

世話焼き宰相と、わがまま令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢ルーナティアーナは、幼い頃から世話をしてくれた宰相に恋をしている。 16歳の誕生日、意気揚々と求婚するも、宰相は、まったく相手にしてくれない。 いつも、どんな我儘でもきいてくれる激甘宰相が、恋に関してだけは完全拒否。 どうにか気を引こうと、宰相の制止を振り切って、舞踏会へ行くことにする。 が、会場には、彼女に悪意をいだく貴族子息がいて、襲われるはめに! ルーナティアーナの、宰相に助けを求める声、そして恋心は、とどくのか?     ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_2 他サイトでも掲載しています。

ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ
恋愛
伯爵家の1人娘セラフィーナは、17歳になるまで自由気ままに生きていた。 だが、突然、父から「公爵家の正妻選び」に申し込んだと告げられる。 正妻の座を射止めるために雇われた教育係は魔術師で、とんでもなく意地悪。 正妻になれなければ勘当される窮状にあるため、追い出すこともできない。 負けず嫌いな彼女は反発しつつも、なぜだか彼のことが気になり始めて。 そんな中、正妻候補の1人が、彼女を貶める計画を用意していた。     ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_10 他サイトでも掲載しています。

若輩当主と、ひよっこ令嬢

たつみ
恋愛
子爵令嬢アシュリリスは、次期当主の従兄弟の傍若無人ぶりに振り回されていた。 そんなある日、突然「公爵」が現れ、婚約者として公爵家の屋敷で暮らすことに! 屋敷での暮らしに慣れ始めた頃、別の女性が「離れ」に迎え入れられる。 そして、婚約者と「特別な客人(愛妾)」を伴い、夜会に出席すると言われた。 だが、屋敷の執事を意識している彼女は、少しも気に留めていない。 それよりも、執事の彼の言葉に、胸を高鳴らせていた。 「私でよろしければ、1曲お願いできますでしょうか」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_4 他サイトでも掲載しています。

不機嫌領主と、嫌われ令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢ドリエルダは、10日から20日後に起きる出来事の夢を見る。 悪夢が現実にならないようにしてきたが、出自のこともあって周囲の嫌われ者に。 そして、ある日、婚約者から「この婚約を考え直す」と言われる夢を見てしまう。 最悪の結果を回避するため策を考え、彼女は1人で街に出る。 そこで出会った男性に協力してもらおうとするのだが、彼から言われた言葉は。 「いっそ、お前から婚約を解消すればよいではないか」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_7 他サイトでも掲載しています。

理不尽陛下と、跳ね返り令嬢

たつみ
恋愛
貴族令嬢ティファナは冴えない外見と「変わり者」扱いで周囲から孤立していた。 そんな彼女に、たった1人、優しくしてくれている幼馴染みとも言える公爵子息。 その彼に、突然、罵倒され、顔を引っ叩かれるはめに! 落胆しながら、その場を去る彼女は、さらなる悲劇に見舞われる。 練習用魔術の失敗に巻き込まれ、見知らぬ土地に飛ばされてしまったのだ! そして、明らかに他国民だとわかる風貌と言葉遣いの男性から言われる。 「貴様のごとき不器量な女子、そうはおらぬ。憐れに思うて、俺が拾うてやる」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_3 他サイトでも掲載しています。

生真面目君主と、わけあり令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢のジョゼフィーネは、生まれながらに「ざっくり」前世の記憶がある。 日本という国で「引きこもり」&「ハイパーネガティブ」な生き方をしていたのだ。 そんな彼女も、今世では、幼馴染みの王太子と、密かに婚姻を誓い合っている。 が、ある日、彼が、彼女を妃ではなく愛妾にしようと考えていると知ってしまう。 ハイパーネガティブに拍車がかかる中、彼女は、政略的な婚姻をすることに。 相手は、幼い頃から恐ろしい国だと聞かされていた隣国の次期国王! ひと回り以上も年上の次期国王は、彼女を見て、こう言った。 「今日から、お前は、俺の嫁だ」     ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_6 他サイトでも掲載しています。

うっかり王子と、ニセモノ令嬢

たつみ
恋愛
キーラミリヤは、6歳で日本という国から転移して十年、諜報員として育てられた。 諜報活動のため、男爵令嬢と身分を偽り、王宮で侍女をすることになる。 運よく、王太子と出会えたはいいが、次から次へと想定外のことばかり。 王太子には「女性といい雰囲気になれない」魔術が、かかっていたのだ! 彼と「いい雰囲気」になる気なんてないのに、彼女が近づくと、魔術が発動。 あげく、王太子と四六時中、一緒にいるはめに! 「情報収集する前に、私、召されそうなんですけどっ?!」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_11 他サイトでも掲載しています。

口下手公爵と、ひたむき令嬢

たつみ
恋愛
「放蕩公爵と、いたいけ令嬢」続編となります。 この話のみでも、お読み頂けるようになっております。 公爵令嬢のシェルニティは、18年間、周囲から見向きもされずに生きてきた。 が、偶然に出会った公爵家当主と愛し愛される仲となり、平和な日を送っている。 そんな中、彼と前妻との間に起きた過去を、知ってしまうことに! 動揺しながらも、彼を思いやる気持ちから、ほしかった子供を諦める決意をする。 それを伝えたあと、彼との仲が、どこか、ぎこちなくなってしまって。 さらに、不安と戸惑いを感じている彼女に、王太子が、こう言った。 「最初に手を差し伸べたのが彼でなくても、あなたは彼を愛していましたか?」   ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_9 他サイトでも掲載しています。

処理中です...