伯爵様のひつじ。

たつみ

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前編

外出と帰宅と 3

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 ムスタファは、自分も金色の瞳だったら良かったのに、と思う。
 そう思いながら、伯爵と隣にいるファニーを見つめていた。
 ムスタファの髪色は暗灰色で、瞳の色は黒。
 気に入っていなくもないが、ナタリーの金にも似た琥珀の色が羨ましくはある。
 
 ムスタファは、カーリーから伸びた最初の「枝」なのだ。
 
 時期によって、枝も様々に外見が異なる。
 伯爵の命令に従うということ以外、性質も思考もそれぞれ。
 
(何度、姿が変わっても髪と目の色は変わらんな)
 
 体格や性別が変わることはあるのだから、いつか瞳の色も変わるのではないか。
 ムスタファは、ほんのちょっぴり期待している。
 伯爵の闇から生じたためか、その姿に近づきたいとの思いがあった。
 
(ムスタファ、ファルコ。使用人は、お前たちが始末しなさい)
(わかった)
(牧場に来たこいつら入れて21匹か?)
(違うぞ、ファルコ。16匹だ)
(ムスタファが正しい。リーストンを殺した者どもが、我らにとって、なんの関りがあると?)
(ああ、そうか。“あっち”はいいのか)
 
 伯爵は「1部の者を除き、使用人は懲罰対象から外す」と言った。
 それは、ファニーの父ジャスパーを殺した者は対象者だということを意味する。
 だが、同様に男爵の指示でリーストン卿を殺した者は含まれていない。
 オリヴィアは、彼らにとって無意味な存在だからだ。
 
 ファルコは、ムスタファの次に古い「枝」だが、大雑把なところがある。
 ミナイたち「葉」から吸収した情報の選別が下手で、似通ったものをひと括りにしてしまう。
 行動を起こすことがない状況なら見過ごしにできても、実際に動くとなれば、些細な食い違いでも見逃すことはできない。
 
(ちゃんと判別はついているんだろうな、ファルコ?)
(当たり前だ。ジャスパーとリーストンじゃ価値が違うだろ)
(それならいい)
 
 あとは、リーストンの娘がどうするか、だ。
 男爵家を切り捨てるなら、それで肯。
 男爵家に残るなら、カーリーが始末をつける。
 いずれにせよ、カーズデン男爵家粛清の決定は覆らない。
 
(これで少しは気が晴れるってもんだ)
(まぁな)
 
 枝葉えだはは繋がっているので「内緒話」はできないのだ。
 ナタリーがミナイとしていた会話も聞こえていた。
 
 『ファニー様に危害を加える者たちなんて皆殺しになればいい』
 
 誰もが、そう思っている。
 全員が、伯爵のめいを待っていた。
 
「カーリー」
 
 伯爵の声に、いつ来たのか、カーリーがオリヴィアに歩み寄る。
 左手には鞘におさめられた剣を握っていた。
 オリヴィアの正面に立ったカーリーが、それを両手で差し出す。
 
「さて、どうする?」
 
 オリヴィアの赤い髪は、どうやら自前のもののようだ。
 数年前から貴族の間では、見目の整った奴隷の髪を、奇抜な色に染めて連れ歩くのが流行っている。
 中には高値で売買される者もいるため、資産のひとつとして価値を高める必要もあるらしい。
 
「オ、オリヴィア……! き、騎士団ともども受け入れてやった恩を……っ」
 
 カーズデン男爵は、つくづくと頭の悪い男だ。
 自分の発した言葉が、オリヴィアに決断させることになるとは気づいていない。
 案の定、オリヴィアの青い瞳に強い意志の光が宿る。
 
(あれじゃ、あの娘の父親を殺したのが誰なのか思い出させるだけじゃないか)
(頭が悪いんだろう。ファルコ、人は俺たちのように長生きはしない)
 
 人の一生は短く、他者の持つ知識や情報を、自分のものとして蓄積することができない。
 彼らのように感覚の共有もできないため、今いる己の世界だけが、すべてだと思い込んでいる者は多いのだ。
 もちろん、それでも学ぼうとする者はいるが、カーズデン男爵は学ばなかった。
 学んでいれば、キルテスの領地に欲を出したりはしなかったはずだ。
 
 オリヴィアが両手で、カーリーから剣を受け取る。
 その姿を見て、ムスタファは、ふっと息を吐いた。
 手足を縛られ、床に転がりつつも体を動かしていた男3人が大人しくなる。
 意識を失ったからだ。
 
「では、私たちは失礼しましょう」
「あ、あの……いいんですか?」
「あとはリーストン卿に任せるのが筋ですよ」
 
 伯爵が、ファニーに向かって微笑んでいる。
 少しの間のあと、ファニーもうなずいた。
 彼女は、ちらっとオリヴィアに視線を投げたが、オリヴィアはカーズデン男爵から目を離さずにいる。
 
 オリヴィアの決断を感じたのだろう、ファニーが伯爵に視線を戻した。
 3人の男が息絶えていることには、気づいていないようだ。
 そのほうがいい、と思う。
 
(ムスタファ、ずるいぞ)
(この3人は、ファニー様にさわった。どうしても俺がやりたくてな)
(そんなの、俺だって同じだ)
(静かに片付けるのは、俺のほうが上手い)
 
 ムスタファには、対象の周囲の二酸化炭素濃度を急激に高める能力がある。
 対して、ファルコは酸素だ。
 命を奪うには「コツ」が必要だし、どちらかと言えば苦しめる力だと言えた。
 しかも、騒がしくなる可能性が高い。
 
「さぁ、帰りましょう、ファニー」
 
 伯爵とファニーが玄関扉から出て行く。
 その向こうには、伯爵邸の客間が見えていた。
 
(残りの13人は2人で始末しなさい。リーストンの娘は、私が見張ります)
 
 カーリーもそうだが、枝葉の誰もオリヴィアを信用などしていない。
 カーズデン男爵家の粛清をやり終えられるのかも疑っている。
 
 盗賊すらも少ない平和な世だ。
 ましてや、ほとんど人の寄りつかないキルテス伯爵領では、剣を振るう必要はなかった。
 騎士の叙任を受けていても、人を斬り殺すことなく生きている。
 
 オリヴィアは人であり、ムスタファたちとは別種の生き物だ。
 彼らが従う伯爵も人ではあるが、感覚を共有しているので、思考は同調する。
 とはいえ、根源的なところを理解しているわけではない。
 人は人を殺すのを躊躇ためらったり、罪悪感をいだいたりするが、彼らは違った。
 
 闇夜の森では、ファニーを刺すであろう虫を躊躇いなく殺す。
 
 それと同じだ。
 伯爵の命令がなかったので、闇夜の森以外では「配慮」できずにいたが、彼らにとっては、人も虫もたいした違いはない。
 
(ファニー様が気にかけているってこと以外、伯爵様にも意味はないようだな)
(リーストンなんて俺たちほどには役に立たないって、知ってるからだろ)
 
 リーストンがいないよりは、いたほうがマシではあった。
 だとしても、リーストンは伯爵が配した者ではないのだ。
 所詮は、よそ者だと思っているのは、ファルコだけではない。
 
(あの女は、自ら男爵家の養女になった。今度も好きにするがいいさ)
 
 ムスタファの思考に呼応して、ほかの枝葉も小さくざわめいた。
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