伯爵様のひつじ。

たつみ

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前編

罪と罰と 3

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 ナタリーは赤褐色の髪に、黒い瞳をしている。
 今は春だが、秋に木の枝を覆う葉が赤く色づいた時のような髪色だ。
 そして、秋風が枝葉を揺らすのと似た感覚を覚えていた。
 
 オスカー・キルテス伯爵が目を覚ましたことに気づいている。
 自分たちを育んだ土壌とも言える人物だ。
 
 カーリーを始め、伯爵の闇から生じたものたちは、伯爵の命令にしか従わない。
 感覚だけではなく、その意思までをも共有できるのはカーリーだけだが「枝」は「葉」よりも多くの感覚を共有している。
 
 ひと際、生命力が強く、人の形を取れたものが「葉」だ。
 しかし、「葉」は、どれだけ生命力が強くても、人と同じくらいの期間で命も尽きる。
 対して「枝」にはカーリーと同じく、ほとんど寿命がない。
 木が厚さを増す際に新しい皮をまとうように、数十年に1度、姿が変わる。
 
 ナタリーは「枝」だ。
 
 少し前に姿が変わり、人の歳で24、5という外見をしていた。
 目尻が細く、吊り上がっており、短い髪と相まって厳しく冷たく見える。
 枝葉えだはには男女どちらの姿もあるが、今回なぜ女性の外見になったのかまではわからない。
 
 考えたこともなかった。
 
 今の姿は、ナタリーにとって、数十年に1度は起きる姿変わりの1回に過ぎない。
 この2百年の間、男だったり、女だったり。
 決まった法則があるようでもなく。
 
 寿命が人並な「葉」のほうが、性別にこだわったりする。
 枝よりも葉は「人間寄り」なのかもしれない。
 
 感覚を共有しつつも、枝葉それぞれに個別の思考はある。
 伯爵の命令にしか従わないとしても、無個性ではないのだ。
 とはいえ、長く生きていると似てくる者もいる。
 そのため1度きりの命しか持たない「葉」は、「枝」より個性が強くなるのだろうと、ナタリーは考えていた。
 
(ミナイ、そっちはどう?)
 
 生命力が弱く人の姿を取れないものたちは目に見えない粒子となり、キルテス伯爵領を起点に、周囲の大陸にまで散らばっている。
 それらは「落ち葉」と呼ばれていた。
 
 なぜかは不明だが「葉」には、「枝」にない特殊な能力がある。
 多少の制限はあるものの「葉」は「落ち葉」と意思疎通できるのだ。
 なので、少しばかり面倒ではあるが「葉」を通じて情報収集していた。
 呼んだのは、カーズデン男爵領にいるミナイという名の「葉」だ。
 
(……男爵が息子にやらせたわけではないみたい。でも、知ってはいたみたい)
(あの馬鹿息子が、ファニー様に乱暴しようとしていたことを、男爵は見過ごしにしたってことね?)
(そうみたい……男爵はファニー様を西方に売るって言っていたらしいよ)
(西方にはリセリアと同じで、奴隷制があるからだわ)
(たぶんね。オリヴィアは不愉快そうだったって)
 
 オリヴィアというのは、キルテス伯爵領の元騎士団長リーストン卿の娘だったと記憶している。
 騎士団を守るために、カーズデン男爵の養女になったと知っていた。
 だが、ナタリーは、それを認められずにいる。
 
 簡単に言えば、不快なのだ。
 
 騎士の称号がなければ騎士団長になれないなどという帝国法にない「悪法」に従い、守るべき伯爵領からオリヴィアは遠ざかった。
 領地を守るために存在していたはずの騎士団が、だ。
 
 いっそ騎士の身分など捨て、民として暮らせば良かったのだと思わずにいられない。
 騎士でなければ「武器」を持てないとしても、木の棒1本だって武器に成り得る。
 剣や銃器を望まなければ、なんだって武器だ。
 
 そうしたナタリーの思考が、オリヴィアに不快をいだかせる。
 所詮は、伯爵領を「見捨てた」のだと。
 
(オリヴィアの機嫌なんて、どうだっていいわ。ファニー様は最後まで、この地に残り、棍棒ひとつで戦おうとしていたのよ?)
(そうだね。僕らは、ファニー様が大好きだ)
 
 ミナイが「みたい」とは言わない。
 姿のないものも含めて枝葉の誰もが、ファニーに好感を持っている。
 
 カーリーにしがみつき、伯爵への想いを口にする幼い少女。
 
 それまで伯爵から流れてくる感覚は、闇に相応しい負のものばかりだった。
 恨み、悲しみ、怒り、寂しさ。
 なのに、その少女が訪れるようになって、別のものを感じるようになったのだ。
 2百年間、1度もなかった新たな感覚に、枝葉は共鳴した。
 
 それが人の言う「嬉しい」や「楽しい」というものに違いない。
 
 伯爵から伝わってくるその感覚は、枝葉にとっての「喜び」となった。
 だから、みんなでファニーを見守っている。
 暑い日には木陰を作り、雨に濡れないよう庇い、寒い日には冷たい風を遮った。
 もうずっと、そんなふうに枝葉は彼女と同じ時を過ごして来たのだ。
 
(伯爵様が目を覚ましたのは、ファニー様のおかげ。でも、伯爵様が目覚めてくれてよかった。これで、私たちも動けるわ)
(伯爵様、お命じになるよね?)
(当然よ。ファニー様に危害を加える者たちなんて皆殺しになればいい)
 
 枝葉は、伯爵の命令がなければ動けない。
 そのため、見守ることはできても、自発的にファニーを助けることができずにいた。
 羊が殺されて悲しんでいる彼女の傍で、ざわついていただけだ。
 
(ナタリー)
 
 ミナイとの会話に、カーリーの声が混じってくる。
 伯爵との直接のやりとりは、基本的にカーリーが統括しているのだ。
 いよいよ「命令」だ、と思った。
 
(お前は、屋敷でファニー様をお迎えする準備をしておきなさい。伯爵様が、お前を専属メイドに任じられたので、過不足のないようお仕えするように)
(心得ました)
 
 ナタリーは、ムスタファやファルコと並び、「枝」としては古い。
 早くに生じたからか、伯爵と共有している感覚も強かった。
 ファニーの近くで彼女を守護し、世話ができることに喜びを感じる。
 
(ミナイ、お前は男爵家の者どもを敷地内に閉じ込めておきなさい)
(1匹も出さないよ)
 
 「葉」は「枝」とは違い、知識の蓄積が薄い。
 ミナイはまだ若く、言葉の使い分けなどはできずにいる。
 その分、「落ち葉」たちとの距離が近い。
 男爵家の敷地の周囲に闇を作り、堂々巡りをさせるのも容易いはずだ。
 
(みんなも喜んでいるみたい。伯爵様とファニー様のお役に立てるって)
(そのために、私たちはいるのだもの)
 
 ナタリーは静かに微笑む。
 その笑みが、さっきのことを思い出して、苦笑に変わった。
 
(それにしても、伯爵様は表現が独特ね)
 
 ファニーは生粋の人間であり、枝葉とは異なるのだ。
 感情や感覚は、言葉や態度で表現しなければ伝わらない。
 あれで「愛おしい」が伝わるのだろうかと、ナタリーは少しだけ心配した。
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