上 下
56 / 64

自制の境界線 4

しおりを挟む
 今のところ、キーラは落ち着いているようだ。
 が、ダドリュースは、もうずっと、内心では気にしている。
 
「あ、そうだった! 私、病気じゃないから!」
「む。今さら、隠すことはなかろう。お前に、なにかあれば……」
「だから、ホントに病気じゃないんだってば!」
「だが、あの者は、お前が熱を上げていると言っていたではないか」
「いや、それは……別の熱で……命に関わるものじゃないから……」
 
 そうは言われても、熱を出しているということは、病なのではなかろうか。
 別の熱、というのも気になった。
 ダドリュースの思う「熱」とは、違った種類の熱で、未知の病かもしれない。
 なにしろ、キーラは、この世界の者ではないのだし。
 
「キーラ、治療を受けたほうが良くはないか?」
「治らないし、治って困るのは、あなただよ?」
「もしや……病にかかっておるから、私を好いておると言ったと……」
「まぁ、そんなとこ」
 
 がーん。
 
 だとすると、キーラの「好き」は、妄言だったのだろうか。
 熱に浮かされ、本心ではないことを口走ったと言うのだろうか。
 ダドリュースは、大きな衝撃を受ける。
 が、キーラは平気な顔をしていた。
 
「酷いではないか! 口づけまでしておいて、今さら妄言などとは言わせぬぞ!」
「妄言とは言ってないよ?」
「いや、だが、病に罹っておるからだと……」
 
 キーラが、くすくすと笑う。
 ものすごく可愛らしい。
 ダドリュースは、大変に残念な男だ。
 なので、すぐに気持ちが切り替わる。
 
 命に関わらないのであれば、病のままでもいい。
 
 それで、キーラが自分のそばにいて、好きだと言ってくれるなら、罹りっ放しでもいいくらいだ。
 
「お医者様でも草津の湯でも、惚れた病は治りゃせぬ、だったかなぁ」
「惚れた病……」
「前に、お父さんがオフ……仕事が、お休みの時に温泉……大きな湯殿のある街に行った時に聞いた歌だよ」
 
 ということは、もしかして。
 
「私に惚れている病、ということか?」
「まぁ、そうなるね。恋の病ってやつだよ」
「恋の……ならば、治してはいかん! 絶対に治させるものか!」
 
 キーラには「恋の病」に、かかり続けていてもらわなければ困る。
 
「だから、言ったじゃん。治って困るのは、あなただよって」
「確かにな。治させぬようにせねばならん」
 
 うなずいてから、キーラが、少し眉を下げた。
 笑いもおさめている。
 
「……ユバル……フィンセルの3人、殺しちゃった……?」
 
 ダドリュースは、まばたきき数回。
 思い出すのに、しばし時間がかかったのだ。
 彼は、大雑把な性格で、重要と思わないことは、すぐに忘れる。
 が、今しがた「熱」について話していたので、思い出すことができた。
 
「ああ、あの者たちか。殺してはおらんぞ?」
「でも、消えちゃったからさ」
「フィンセルに転移させただけだ」
「フィンセルに?」
「あのまま、あそこに放っておけば、アネスフィードに捕まり、殺されておった」
 
 彼らは、キーラと面識があったのだ。
 仲がいいとは言い難かったし、キーラは「殺される」と言っていた。
 だとしても、口調に親しげな雰囲気が漂っているのを感じてもいた。
 フィンセルでの暮らしは、キーラにとって良いものではなかったのだろう。
 それでも、彼らは、キーラを、それまで「生かして」くれた者なのだ。
 
 だから、殺さなかったし、殺されるのを防いでいる。
 後で、キーラに悔やませたくなかったからに過ぎないけれども。
 
「折よく、昏倒しておったのでな。遷致せんちで送り戻してやった」
「せんち……遷致って、気を失ってる人を、特定の場所に転移させるやつ?」
 
 そういえば、寝物語で「転移」系統について話したことを思い出す。
 キーラは、優秀な「生徒」になれそうだった。
 もちろん、自分だけの、だけれども。
 
「でも、それ、あらかじめ場所を決めておかなきゃいけないんじゃなかった?」
「よく覚えておるな」
「フィンセルに送ったってことは……」
「私は、魔術が使えるようになってから、あちこちの国に遊びに行っておってな。ついでに、いつでも遊びに行けるよう、点や転移先を作っておいたのだ」
 
 ダドリュースが「遊び」に行ったのは、フィンセルだけではない。
 従って、この世界の、ほとんど、どこにでも行ける。
 点門てんもんを自由に開けるからだ。
 
「ダメだわ……ロズウェルドに喧嘩は売るもんじゃないね」
「なぜ喧嘩などせねばならん? 私は遊びに行っただけだぞ?」
「わかってるけどさぁ……魔術師は姿も消せるし、やりたい放題じゃん。機密情報漏洩どころか、筒抜けになるよね……無理無理。ロズウェルド最強」
 
 呆れたように、キーラが肩をすくめる。
 ダドリュースには、呆れられている意味がわからなかったけれども。
 
「お前は、ここに、私の傍におるのが良いのだ」
「安全とは言い難い……ていうか、1番アブナイって気もするけど……ここにいるのがいい、っていうのには賛成」
 
 キーラが口元に笑みを浮かべ、手を伸ばしてきた。
 ダドリュースの髪にふれてくる。
 
「恐ろしいか?」
「全然。なんで?」
 
 魔力に気づいたのは、ある日、突然に「こう」なったからだ。
 その色が特別だとは知っていたので、すぐに、ダドリュースは元の色に「魔術」で戻している。
 知っている者はいないし、誰にも話したことはなかった。
 無駄に怖がらせることになるのを避けたのだ。
 
 が、例の魔術をかけた途端、逆に色を戻すことができなくなった。
 1日に1回の魔術を使っても、金髪と紫の瞳のままだった。

「この世界で、黒髪、黒眼は、人ならざる者と呼ばれておる」
「あ~、わかるなぁ。あの調子だと、そうなる。間違いない。でも、私にとっては違うんだよね」
「違う?」
 
 キーラが、ひどく優しく、けれど、少し寂しげに、目を細めた。
 
「懐かしい色」
 
 キーラの元いた世界では、めずらしくなかったのかもしれない、と思う。
 おそらく、故郷に想いを馳せているのだろう。
 
「この色が良ければ、そのままにしておくぞ?」
 
 ぱちっと、キーラが、大きく瞬きをした。
 夢から覚めたみたいに。
 
「変えられるんなら、変えて」
「なぜだ? お前にとっては、こちらのほうが好ましかろう?」
「そうだけど、みんなが怖がるんじゃないの?」
「であろうな」
「だからだよ! いいから、元の色に戻して」
 
 こちらのほうが「キーラ好み」らしいというのに、もったいない。
 さりとて、キーラの言うことに我を張るのはやめよう、と決めている。
 渋々と、ダドリュースは、うなずいた。
 そのダドリュースの手を、きゅっとキーラが握り返してくる。
 頬が、ほんのりと赤く色づいていた。
 
「その色は……私と2人の時だけにして……」
 
 う……と、ダドリュースは呻く。
 心の中ではない。
 本当に、呻き声が出たのだ。
 
「な、なに?」
「いや、お前が、あんまり可愛いゆえ……自制が崩壊しそうなのだ」
 
 ものすごく良い雰囲気も、ぶち壊し。
 キーラが、今度は、冷たくスっと目を細めた。
 
「……あなたって、ホントに残念な人だね……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

純潔の寵姫と傀儡の騎士

四葉 翠花
恋愛
侯爵家の養女であるステファニアは、国王の寵愛を一身に受ける第一寵姫でありながら、未だ男を知らない乙女のままだった。 世継ぎの王子を授かれば正妃になれると、他の寵姫たちや養家の思惑が絡み合う中、不能の国王にかわってステファニアの寝台に送り込まれたのは、かつて想いを寄せた初恋の相手だった。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...