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自制の境界線 3
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王太子は、残念な男ではあるが「抜け作」ではなかったようだ。
が、しかし。
(めちゃくちゃ大雑把……最初から気づいてたんなら、そう言ってくれればいいのにさ。ものすっごい勘違いしてるけどね……)
キーラは、王太子に純潔を捧げるために、この世界に来たのではない。
どうして飛ばされたのか、本人もわからずにいる。
フィンセルにいたのも、やむにやまれぬ事情からだ。
生きていくためにしかたなく、でしかない。
「あのね、私、あなたに会うために、この世界に来たんじゃないんだよ」
キーラは、自分にもわかっている事情だけは話しておくことにした。
勘違いさせたまま好意を持たせ続けるのは、不公正な気がしたからだ。
王太子は「感銘を受けた」とも言っている。
事情を知れば、気持ちが変わるかもしれない。
(しかたないよね……そうなったら、すごく……キツいけど……)
キーラは、すっかり王太子に恋をしていた。
この、どうしようもない残念な男性が、愛おしいのだ。
だから、王太子に心変わりされたくはない。
それでも、話さないとの選択はできなかった。
王太子を好きだからこそだ。
「私は、別の世界……日本って国に産まれたの。6歳まで、そこで暮らしてた」
キーラは、飛ばされる日までのこと、飛ばされてからのことを話す。
両親、トンネル、フィンセルへの転移。
それらを、ざっと語った。
王太子は、キーラの話を黙って聞いている。
「まぁ……これまでのことは……偶然というか、成り行きなんだよね……」
それが現実。
王太子の勘違いは正せただろう。
「お前の本当の名は、なんというのだ? にほん、という国での名だ」
「高坂きらら・ミィアナ・リーデル」
「なんと、長い名だ。その国では、そのような長い名を使っておるのか」
「ああ、それは、私の両親の産まれた国が、別々だからなんだよ」
キーラの父はアメリカ人で、母は日本人。
国籍の関係から、名前が長い。
「お母さんの国での名前が、高坂きらら。それで、お父さんの国での名前が、ミィアナ・リーデル。その2つを、くっつけたって感じかな。日本は、お母さんの国」
「そういう文化なのだな」
「まぁね。私も6歳までしかいなかったから、よくわからないんだけど、たぶん、そういうことなんだと思う」
フィンセルでも名乗りはした。
が、やはり「長い」と言われ却下。
キーラミリヤとして登録され、呼ばれる時はさらに短く「キーラ」とされた。
王太子の疑問に答えつつ、ん?と思う。
「あの……私の話、ちゃんと聞いてた?」
「むろん、聞いておったぞ」
「それなら、なんで普通なの?」
「普通?」
「だって……あなたに会うために来た私に、感銘を受けたって、言ってたじゃん。でも、違ったんだよ? 偶然で、成り行きで……」
王太子は、そこまで言っても、表情を変えない。
落胆した様子もなかった。
「私は、より深い感銘を受けておる」
「は? 偶然に感謝、みたいな?」
「そうではない」
王太子が、わずかに顔をしかめた。
悲しそうな、困ったような、複雑な表情だ。
「お前も、なんとなく感じておるだろうが……お前の両親は、他界しておるのではないか?」
「……うん……たぶんね……」
「それでも子を生かしたいとの、お前の両親の願いが、私たちを引き合わせたのではないか、と、私は思うのだ」
考えもしなかったことを言われて驚く。
が、王太子は、キーラを慰めるために言っているわけではなさそうだった。
彼は大雑把な性格で、そもそも、そういう気遣いのできる男ではないし。
きっと、本当に、そう思っている。
「お前は、生まれ変わったのではない。飛ばされたのだ。元の世界では生き延びることが困難であったからだと思う。だが、別の世界でならば生き延びられる可能性があった」
「それが、ここってこと?」
「わからんが、そのひとつであったのではないか? そして、だ」
王太子が、ちょっぴり頬を赤くする。
なにか照れているらしい。
「ここには、私がおったのでな」
キーラは、目を細めた。
自信過剰ということではないのだろうが、それにしても。
「それで、この世界が選ばれたって言うつもり?」
「お前の親とて、子に幸せになってほしいと思ったはずだ」
「幸せ……」
ちょっと笑ってしまう。
王太子が無自覚なのは間違いない。
「幸せにしてくれるんだ?」
少し、冗談めかして言ったのに、王太子の表情が変わる。
いつになく真面目なまなざしを向けられた。
「少なくとも、元の世界に帰りたい、と、お前が泣かずにいられるよう、精一杯、尽くす」
元の世界と、この世界と。
どちらかを選べと言われたら、答えに窮するかもしれない。
以前は、元の世界を、迷わず選べた。
けれど、今は。
(元の世界に戻ったら、この人とは一緒にいられなくなっちゃうもんね)
すぐ勘違いをして、突飛なことを言ったり、やったり。
無謀も無茶も、呑気な顔でしでかして。
禄でもないことばかりする。
顔はいいのに、非常に残念な王太子。
「あなたには、私しかいないんでしょ?」
「そうだ」
「私がいなくなったら、あなたの面倒を見る人がいなくなっちゃうしね」
「そうだ」
前にも思った。
自分がいなくなったら、この人はどうするのだろう。
きっと、嘆き悲しむに違いない。
世界を亡ぼしてもかまわないと思うほどに。
そんな人は、両親のほかには、この人くらいだろう。
思うと、王太子の言ったことが、あながち間違ってもいない気がした。
両親と同じくらい自分を愛してくれる人の元に、キーラは飛ばされたのだ。
胸が、きゅっと痛くなる。
けれど、キーラは、あえて茶化した。
泣きたくなかったからだ。
「見捨てないって言っちゃったもんなぁ」
「お前は、心根の優しき女だ」
にっこりする王太子に、キーラもにっこりして、言葉を付け足す。
残念王子は、調子に乗らせると、碌なことにならないので。
「でも、今度、世界を亡ぼすなんて言ったら、見捨てるからね」
が、しかし。
(めちゃくちゃ大雑把……最初から気づいてたんなら、そう言ってくれればいいのにさ。ものすっごい勘違いしてるけどね……)
キーラは、王太子に純潔を捧げるために、この世界に来たのではない。
どうして飛ばされたのか、本人もわからずにいる。
フィンセルにいたのも、やむにやまれぬ事情からだ。
生きていくためにしかたなく、でしかない。
「あのね、私、あなたに会うために、この世界に来たんじゃないんだよ」
キーラは、自分にもわかっている事情だけは話しておくことにした。
勘違いさせたまま好意を持たせ続けるのは、不公正な気がしたからだ。
王太子は「感銘を受けた」とも言っている。
事情を知れば、気持ちが変わるかもしれない。
(しかたないよね……そうなったら、すごく……キツいけど……)
キーラは、すっかり王太子に恋をしていた。
この、どうしようもない残念な男性が、愛おしいのだ。
だから、王太子に心変わりされたくはない。
それでも、話さないとの選択はできなかった。
王太子を好きだからこそだ。
「私は、別の世界……日本って国に産まれたの。6歳まで、そこで暮らしてた」
キーラは、飛ばされる日までのこと、飛ばされてからのことを話す。
両親、トンネル、フィンセルへの転移。
それらを、ざっと語った。
王太子は、キーラの話を黙って聞いている。
「まぁ……これまでのことは……偶然というか、成り行きなんだよね……」
それが現実。
王太子の勘違いは正せただろう。
「お前の本当の名は、なんというのだ? にほん、という国での名だ」
「高坂きらら・ミィアナ・リーデル」
「なんと、長い名だ。その国では、そのような長い名を使っておるのか」
「ああ、それは、私の両親の産まれた国が、別々だからなんだよ」
キーラの父はアメリカ人で、母は日本人。
国籍の関係から、名前が長い。
「お母さんの国での名前が、高坂きらら。それで、お父さんの国での名前が、ミィアナ・リーデル。その2つを、くっつけたって感じかな。日本は、お母さんの国」
「そういう文化なのだな」
「まぁね。私も6歳までしかいなかったから、よくわからないんだけど、たぶん、そういうことなんだと思う」
フィンセルでも名乗りはした。
が、やはり「長い」と言われ却下。
キーラミリヤとして登録され、呼ばれる時はさらに短く「キーラ」とされた。
王太子の疑問に答えつつ、ん?と思う。
「あの……私の話、ちゃんと聞いてた?」
「むろん、聞いておったぞ」
「それなら、なんで普通なの?」
「普通?」
「だって……あなたに会うために来た私に、感銘を受けたって、言ってたじゃん。でも、違ったんだよ? 偶然で、成り行きで……」
王太子は、そこまで言っても、表情を変えない。
落胆した様子もなかった。
「私は、より深い感銘を受けておる」
「は? 偶然に感謝、みたいな?」
「そうではない」
王太子が、わずかに顔をしかめた。
悲しそうな、困ったような、複雑な表情だ。
「お前も、なんとなく感じておるだろうが……お前の両親は、他界しておるのではないか?」
「……うん……たぶんね……」
「それでも子を生かしたいとの、お前の両親の願いが、私たちを引き合わせたのではないか、と、私は思うのだ」
考えもしなかったことを言われて驚く。
が、王太子は、キーラを慰めるために言っているわけではなさそうだった。
彼は大雑把な性格で、そもそも、そういう気遣いのできる男ではないし。
きっと、本当に、そう思っている。
「お前は、生まれ変わったのではない。飛ばされたのだ。元の世界では生き延びることが困難であったからだと思う。だが、別の世界でならば生き延びられる可能性があった」
「それが、ここってこと?」
「わからんが、そのひとつであったのではないか? そして、だ」
王太子が、ちょっぴり頬を赤くする。
なにか照れているらしい。
「ここには、私がおったのでな」
キーラは、目を細めた。
自信過剰ということではないのだろうが、それにしても。
「それで、この世界が選ばれたって言うつもり?」
「お前の親とて、子に幸せになってほしいと思ったはずだ」
「幸せ……」
ちょっと笑ってしまう。
王太子が無自覚なのは間違いない。
「幸せにしてくれるんだ?」
少し、冗談めかして言ったのに、王太子の表情が変わる。
いつになく真面目なまなざしを向けられた。
「少なくとも、元の世界に帰りたい、と、お前が泣かずにいられるよう、精一杯、尽くす」
元の世界と、この世界と。
どちらかを選べと言われたら、答えに窮するかもしれない。
以前は、元の世界を、迷わず選べた。
けれど、今は。
(元の世界に戻ったら、この人とは一緒にいられなくなっちゃうもんね)
すぐ勘違いをして、突飛なことを言ったり、やったり。
無謀も無茶も、呑気な顔でしでかして。
禄でもないことばかりする。
顔はいいのに、非常に残念な王太子。
「あなたには、私しかいないんでしょ?」
「そうだ」
「私がいなくなったら、あなたの面倒を見る人がいなくなっちゃうしね」
「そうだ」
前にも思った。
自分がいなくなったら、この人はどうするのだろう。
きっと、嘆き悲しむに違いない。
世界を亡ぼしてもかまわないと思うほどに。
そんな人は、両親のほかには、この人くらいだろう。
思うと、王太子の言ったことが、あながち間違ってもいない気がした。
両親と同じくらい自分を愛してくれる人の元に、キーラは飛ばされたのだ。
胸が、きゅっと痛くなる。
けれど、キーラは、あえて茶化した。
泣きたくなかったからだ。
「見捨てないって言っちゃったもんなぁ」
「お前は、心根の優しき女だ」
にっこりする王太子に、キーラもにっこりして、言葉を付け足す。
残念王子は、調子に乗らせると、碌なことにならないので。
「でも、今度、世界を亡ぼすなんて言ったら、見捨てるからね」
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