うっかり王子と、ニセモノ令嬢

たつみ

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自制の境界線 2

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 キーラが、ふっと、笑いをおさめる。
 それから、真面目な顔つきになった。
 
「殿下、私は……」
「待て、キーラ、なぜ、そのような話しかたをする?」
「いつも、このように話しておりましたが?」
「先ほどは違った。私のことも愛称で呼んでくれたではないか」
 
 砕けた口調と、愛称。
 その親密さが、ダドリュースには嬉しかったのだ。
 いきなり、よそよそしくなった気がして、ひどく寂しい気分。
 
「ですが、私は侍女……ではありませんが、立場が……」
「そのようなことは、どうでもよい」
 
 ダドリュースは、ちょっぴり頬が熱くなるのを感じる。
 大雑把な性格ではあっても、初めての「恋」に対しては気恥ずかしさがあった。
 
「私たちは……こ、恋人同士、ではないか」
 
 少なくとも、ダドリュースの中では、2人は恋人同士。
 お互いに、想いが通じ合っている、と思っている。
 万が一にも、否定されるとは考えてもいない。
 
「……私は、フィンセルの諜報員なのですよ……? 王太子殿下が、軽々しく恋人などと口にするべきではございません……」
 
 言われて、きょとんとなった。
 ダドリュースは、首をかしげる。
 
(アネスフィードも、そのようなことを申しておったな)
 
 心の中ですら、まだアネスフィードを許していなかった。
 なので、愛称呼びをする気になれない。
 彼は、キーラをダドリュースから奪い、あまつさえ殺そうとしたのだ。
 当分、許す気にはなれないだろう。
 
「お前は、フィンセルの諜報員ではなかろう」
「いいえ、フィンセルの諜報員です」
 
 どうにも、ダドリュースの認識とは食い違っていた。
 彼は、キーラをフィンセルの諜報員などとは思っていない。
 
「そもそも、お前は、この世界の者ではないではないか」
 
 キーラが、猫目を大きく見開いている。
 口も、ぱくっと開いていて、ほかの者が見れば、ものすごく間の抜けた顔だが、ダドリュースにとっては、可愛らしく見える。
 が、なぜ、そこまで驚いているのかは、わからずにいた。
 
 なにしろ、ダドリュースは、出会った時から、わかっていたので。
 
「であるからこそ、私は、ひどく感銘を受けたのだ」
 
 別の世界から、キーラは自分に会いに来た。
 と、ダドリュースは思っている。
 
「どのような策を弄したかは、わからぬが、世界を渡ってきたのであろう」
 
 と、ダドリュースは、思っている。
 そのため、周囲にいた魔術師を気にしつつも「お前の魂胆」はわかっている、と告げたのだ。
 
「私に純潔を捧げるために」
 
 と、ダドリュースは思いこんでいた。
 要は、彼の中で、キーラは「彼に純潔を捧げるため、特殊な手立てを使ってまで世界を渡って来た女性」、ということなのだ。
 
 キーラが、この世界の者ではない、と、わかっていたダドリュースにとっては、彼女がフィンセルの者だと言われていること自体が、ハテナ。
 言ってみれば、キーラは、この世界の、どの国にも属してはいない。
 ラピスト男爵家の養女になったことで、ロズウェルドに属している、とは言えるかもしれないけれど。
 
「フィンセルで暮らしておったのも、いずれ、私に会うためであろう? この国で暮らしておったのでは、いつ出会えるか、わからぬからな」
 
 ロズウェルドは大きな国だ。
 世界を渡ってきた、身よりのない彼女では、平民として暮らすしかない。
 それより、ロズウェルドに、なにかと興味を持っているフィンセルにいたほうが、好機が訪れる可能性は高かったはずだ。
 
 キーラがフィンセルから来た、と知った時に、ダドリュースが考えたのは、そうしたことだった。
 諜報員というのは仮の姿、くらいに思っている。
 目的は、あくまでも「自分との出会い」だったのだと。
 
「あ、あの、で、殿下……」
「そのような話しかたを続けるのであれば、もう口はきかぬぞ」
 
 ちょっぴり不貞腐れたい気分で、ダドリュースは、ぷいっとする。
 が、すぐに心配になって、横目で、ちらりとキーラを見た。
 我を張るのは苦手だし、キーラに我を張るのは、もっと苦手なのだ。
 
「それなら、もういいや。普通に話す」
 
 ぱあっと、気持ちが明るくなる。
 にっこりして、キーラの手を握った。
 膝の上から降りたそうにしているのを察知していたからだ。
 そういうところは、敏感だった。
 
「なんで、私が、この世界の人間じゃないって、わかるの? 普通、話したって、信じてもらえないことだよ?」
 
 そういうものなのか、と思う。
 キーラには、誰かに話して信じてもらえなかった経験があるのかもしれない。
 さりとて、ダドリュースには一目瞭然。
 
「お前には血脈が見えぬからだ」
「ちみゃく?」
「血筋のことだな。私は、魔術とは関係なく、血脈が見える」
「それは、誰と誰が血縁かっていうのが、わかるってこと?」
 
 ダドリュースは、鷹揚にうなずく。
 意識しているわけではないが、キーラ曰くの「もったり」しているのだ。
 
「血縁の者同士が近くにおれば、糸のようなもので繋がっておるのが見える。遠くにおったとしても、天涯孤独の者であっても、糸の切れ端は見えるのだ」
「それが、私にはないのね」
「ない。だが、人は必ず人から生まれる。親のおらぬ子などおらん」
 
 この世界で産まれたのなら、親がいる。
 親がいるのであれば、たとえ両親が他界していたとしても、血脈の糸の切れ端があるはずなのだ。
 けれど、キーラには、切れ端すらない。
 だから、出会った際「なるほど、そういうことか」と思ったのだ。
 
 つまり、この世界に、キーラの「実の両親」はいない、ということ。
 
「であれば、当然に、お前は、この世界で産まれたのではない。別の世界の者だということになろう」
「そっか……そういうこと……」
「絵本にある、生まれ変わり、というのであれば、親はおったであろうしな」
「そうだね。私は、転生したんじゃなくて、転移したから……」
 
 ようやく、キーラも納得した様子で、うなずいている。
 とはいえ、ダドリュースは、不思議に思えた。
 
「私は確認したと思うのだがな。もとより、結論には達していたが、あれで明確になったのだぞ?」
「確認した? いつ?」
「親がおらんというのはまことか、と問うたではないか」
「えっ?! あれ、そういう意味だったのっ?」
「ほかに意味などなかろう。この世界に、お前の親はおらん。ならば、王宮にとどまらせるのに、なんら不都合はない。その上、男爵家では働き手として養女になっただけだと言っておったので、里帰りも必要ないと思ったのだ」
 
 キーラが、またも、ぱくっと口を開いている。
 非常に、可愛らしい。
 口づけたくなった。
 
 ダドリュースは、己の心にも正直な男だ。
 体を前に倒し、唇を重ねようした。
 その顔が、キーラに掴まれる。
 
「そういうことは、あと! 話が終わってからじゃないと、する気にならない」
「う、うむ。わかった……」
 
 する気にならない、と言われると、無理強いはできない。
 その気にさせる方法なんて、ダドリュースにはわからないのだから。
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