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自制の境界線 1
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王太子は、完全に勘違いをしている。
どういう思考をすれば「病」に至るのかは不明。
(ていうか……あなたのほうが、ビョーキっぽかったけどね……)
あんなに真っ黒な冷たい瞳をして、とても無感情になっていた。
本気で世界を亡ぼそうと思っていたようだし。
さりとて、心配してくれているらしいので、誤解は正しておくべきだろう。
王太子は、禄でもないことしか考えない男だ。
変な治療をさせられかねない。
自ら、治療を買って出ることも有り得る。
(ホントに心配してんのかな……お医者さんごっこしたいだけなんじゃ……)
なにしろ、相手は「いたしたい」「いとなみたい」を連発してくる残念王子。
怪しげなことを考えている可能性も排除できなかった。
非常に疑わしい。
「王宮に戻るぞ、キーラ」
「へ……っ?!」
疑いのまなざしを向けている間にも、王太子に抱き上げられる。
かあっと、頬が熱くなった。
そんな場合でもないのに。
(ま、また……お、お、お姫様抱っこ……)
以前、庭園を逃げ回ったあとにもあった。
正直、まったく慣れない。
元の世界で、父に抱っこされた記憶はある。
が、それと、これは、まるで意味が違う。
親が子供を抱っこするのは「普通」のことだと感じるけれども。
(は、恥ず……恥ずかしいじゃん!)
王太子は「親」ではない。
キーラの好きな男性なのだ、一応。
「お、降ろし……」
「すぐに着く。大人しくしておれ」
パッと、2本の柱が現れた。
これも庭園で見たことがある。
あの時は、サシャが出していた。
(点門って言うんだっけ。どこでも行ける、ようでいて行けないやつ)
点門は、点と点を繋ぐ門。
行き先に「点」がなければ、門は開けない。
というようなことを、寝物語で聞かされていたのだ。
(アニメの世界だと、どこにでも行けるやつだったけど、魔術は、いろんな制約があるみたいだし、やっぱり違うもんなんだね)
日本にいた頃、よく観ていたアニメーションの場面が、頭をよぎる。
猫の姿をしたロボットが、ポケットから便利な道具を出すもので、その中には、どこにでも通じるドアがあった。
点門は、それに似ているが、それでも異なるものなのだ。
キーラは、恥ずかしさから逃れるために、魔術に関する情報や、かつての記憶を取り合わせ、気を散らせている。
王太子が、聞く耳を持っていなさそうだったからだ。
なので、ひとまず、話は王宮に戻ってからにすると、判断している。
それまで、この羞恥に耐えねばならない。
「そうであった」
門を抜けかけて、王太子が足を止める。
早く、王宮に戻ってしまいたいキーラは、顔をしかめた。
もとより、彼は「もったり」しているのだ。
「アネスフィード、ヤミュサーレ」
王太子は、振り向かない。
会話をする気があるのなら、振り向けばいいのに、と思った。
背を向けたまま、声をかける王太子に、首をかしげる。
彼は、誰に対しても、横柄な態度を取ったりはしない。
出会った日は、王族なので、そういうところもあるのだろうと思ったが、あれは、キーラを私室に連れ込むための精一杯の「演技」だったのだ。
夜会の際も、アネスフィードに対し、平気で「許し」を乞うていた。
(それに、愛称呼びしてないしさ。なんか冷たくない?)
アーニー、ヤミ、と、王太子は、彼らのことを親しげに呼んでいた。
正式名で呼んではいなかったはずだ。
もしかすると、と思う。
(まぁだ怒ってんの? 納得したと思ったのになぁ)
彼らにも、彼らの役割というものがあり、それぞれに国を守ろうとした。
実際、キーラは諜報員で、ロズウェルド国内では「犯罪者」として扱われるのは当然なのだ。
キーラにしても「身バレ」すれば死罪、との認識はあった。
「金輪際、キーラに手出しをすることは許さん」
やっぱりか!
ほんのわずか王太子から冷気がこぼれ出ている。
キーラは、王太子の体の影から、向こう側を見てみた。
瞬間、「げ」と声を上げそうになる。
全員が平伏していた。
小刻みに震えている者もいるようだ。
顔も上げられないのか、地面に額をくっつけている。
その向こうに倒れていたユバルたちの姿があった。
が、すぐに、3人は消えてしまう。
王太子が、なにかしたのだろうが、キーラにはわからない。
(殺されちゃった? 消滅? 消えたっていうのは、そういう感じ?)
ともあれ、あとで確認しよう、と思った。
ユバルのことは嫌いだったし、何度も心の中で「死ねばいいのに」と考えたが、実際に、死んだとなると、微妙な心境になる。
ユバルに拾われていなければ「今」がないのは、確かなのだから。
「2度は言わん」
短く言って、王太子が門を抜ける。
一瞬で、見慣れた私室に帰ってきた。
すぐに門が閉じられ、2人だけになる。
キーラは、大きく息を吐いた。
やはり、緊張していたのだ。
引き留められる可能性だってゼロではなかった。
そうなると王太子を抑えるのは、さぞ大変だっただろう。
(私を守ろうとしてくれるのは嬉しいけど……やり過ぎなんだよね……)
手加減なし。
容赦なし。
見境なし。
天変地異並みに、猛威を振るいそうになる。
それが、自分のためにしてくれているとしても、止める必要はあった。
王太子に、そんなことを、させたくなかったからだ。
彼には、残念王子のまま、呑気に、のんびりとしていてほしい。
王太子がキーラを抱いたまま、カウチに座る。
キーラは、彼を、ぎゅっと抱き締めた。
これから、どうなるのかはわからない。
けれど、これからどうするのかを考えなければならない。
彼らと和解もしてほしかった。
「あ」
「いかがした?」
「サシャ様は……」
「む。うっかり置いてきた」
また、うっかりか!
言いたくなったが、代わりに、キーラは笑う。
王太子は、やはり、こうでなくては、と思ったのだ。
どういう思考をすれば「病」に至るのかは不明。
(ていうか……あなたのほうが、ビョーキっぽかったけどね……)
あんなに真っ黒な冷たい瞳をして、とても無感情になっていた。
本気で世界を亡ぼそうと思っていたようだし。
さりとて、心配してくれているらしいので、誤解は正しておくべきだろう。
王太子は、禄でもないことしか考えない男だ。
変な治療をさせられかねない。
自ら、治療を買って出ることも有り得る。
(ホントに心配してんのかな……お医者さんごっこしたいだけなんじゃ……)
なにしろ、相手は「いたしたい」「いとなみたい」を連発してくる残念王子。
怪しげなことを考えている可能性も排除できなかった。
非常に疑わしい。
「王宮に戻るぞ、キーラ」
「へ……っ?!」
疑いのまなざしを向けている間にも、王太子に抱き上げられる。
かあっと、頬が熱くなった。
そんな場合でもないのに。
(ま、また……お、お、お姫様抱っこ……)
以前、庭園を逃げ回ったあとにもあった。
正直、まったく慣れない。
元の世界で、父に抱っこされた記憶はある。
が、それと、これは、まるで意味が違う。
親が子供を抱っこするのは「普通」のことだと感じるけれども。
(は、恥ず……恥ずかしいじゃん!)
王太子は「親」ではない。
キーラの好きな男性なのだ、一応。
「お、降ろし……」
「すぐに着く。大人しくしておれ」
パッと、2本の柱が現れた。
これも庭園で見たことがある。
あの時は、サシャが出していた。
(点門って言うんだっけ。どこでも行ける、ようでいて行けないやつ)
点門は、点と点を繋ぐ門。
行き先に「点」がなければ、門は開けない。
というようなことを、寝物語で聞かされていたのだ。
(アニメの世界だと、どこにでも行けるやつだったけど、魔術は、いろんな制約があるみたいだし、やっぱり違うもんなんだね)
日本にいた頃、よく観ていたアニメーションの場面が、頭をよぎる。
猫の姿をしたロボットが、ポケットから便利な道具を出すもので、その中には、どこにでも通じるドアがあった。
点門は、それに似ているが、それでも異なるものなのだ。
キーラは、恥ずかしさから逃れるために、魔術に関する情報や、かつての記憶を取り合わせ、気を散らせている。
王太子が、聞く耳を持っていなさそうだったからだ。
なので、ひとまず、話は王宮に戻ってからにすると、判断している。
それまで、この羞恥に耐えねばならない。
「そうであった」
門を抜けかけて、王太子が足を止める。
早く、王宮に戻ってしまいたいキーラは、顔をしかめた。
もとより、彼は「もったり」しているのだ。
「アネスフィード、ヤミュサーレ」
王太子は、振り向かない。
会話をする気があるのなら、振り向けばいいのに、と思った。
背を向けたまま、声をかける王太子に、首をかしげる。
彼は、誰に対しても、横柄な態度を取ったりはしない。
出会った日は、王族なので、そういうところもあるのだろうと思ったが、あれは、キーラを私室に連れ込むための精一杯の「演技」だったのだ。
夜会の際も、アネスフィードに対し、平気で「許し」を乞うていた。
(それに、愛称呼びしてないしさ。なんか冷たくない?)
アーニー、ヤミ、と、王太子は、彼らのことを親しげに呼んでいた。
正式名で呼んではいなかったはずだ。
もしかすると、と思う。
(まぁだ怒ってんの? 納得したと思ったのになぁ)
彼らにも、彼らの役割というものがあり、それぞれに国を守ろうとした。
実際、キーラは諜報員で、ロズウェルド国内では「犯罪者」として扱われるのは当然なのだ。
キーラにしても「身バレ」すれば死罪、との認識はあった。
「金輪際、キーラに手出しをすることは許さん」
やっぱりか!
ほんのわずか王太子から冷気がこぼれ出ている。
キーラは、王太子の体の影から、向こう側を見てみた。
瞬間、「げ」と声を上げそうになる。
全員が平伏していた。
小刻みに震えている者もいるようだ。
顔も上げられないのか、地面に額をくっつけている。
その向こうに倒れていたユバルたちの姿があった。
が、すぐに、3人は消えてしまう。
王太子が、なにかしたのだろうが、キーラにはわからない。
(殺されちゃった? 消滅? 消えたっていうのは、そういう感じ?)
ともあれ、あとで確認しよう、と思った。
ユバルのことは嫌いだったし、何度も心の中で「死ねばいいのに」と考えたが、実際に、死んだとなると、微妙な心境になる。
ユバルに拾われていなければ「今」がないのは、確かなのだから。
「2度は言わん」
短く言って、王太子が門を抜ける。
一瞬で、見慣れた私室に帰ってきた。
すぐに門が閉じられ、2人だけになる。
キーラは、大きく息を吐いた。
やはり、緊張していたのだ。
引き留められる可能性だってゼロではなかった。
そうなると王太子を抑えるのは、さぞ大変だっただろう。
(私を守ろうとしてくれるのは嬉しいけど……やり過ぎなんだよね……)
手加減なし。
容赦なし。
見境なし。
天変地異並みに、猛威を振るいそうになる。
それが、自分のためにしてくれているとしても、止める必要はあった。
王太子に、そんなことを、させたくなかったからだ。
彼には、残念王子のまま、呑気に、のんびりとしていてほしい。
王太子がキーラを抱いたまま、カウチに座る。
キーラは、彼を、ぎゅっと抱き締めた。
これから、どうなるのかはわからない。
けれど、これからどうするのかを考えなければならない。
彼らと和解もしてほしかった。
「あ」
「いかがした?」
「サシャ様は……」
「む。うっかり置いてきた」
また、うっかりか!
言いたくなったが、代わりに、キーラは笑う。
王太子は、やはり、こうでなくては、と思ったのだ。
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