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びっくりしました 3

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 サシャが姿を現したとたん、ヤミが、ガタッと立ち上がった。
 執務机の前から飛び上がるようにして、扉近くにいるサシャに駆け寄ってくる。
 
「にーさん! どうしたんだよっ? ここに来るなんて!」
「少しばかり、お聞きしたいことがございまして」
「また……そんな話しかた……やめろよ、どうせ誰もいやしねーんだ」
 
 ヤミは相変わらず甘ったれていた。
 宰相の任についてからも変わっていない。
 サシャは、そんな弟の機嫌をとろうとは思わずにいる。
 自分たちは兄弟ではあるが、すでに別の道を歩んでいるのだ。
 いいかげん自立してほしかった。
 
 ヤミのかかえている責任が、いかに重かろうと。
 
「宰相様は、キーラ様のことで、なにかお考えがおありですか?」
 
 ヤミが不貞腐れ顔になる。
 そして、カウチのほうに歩いて行き、どかっと腰をおろした。
 サシャのよそよそしさが気に食わないのだろう。
 屋敷を訪れた際と同じく、すこぶる機嫌を斜めにしている。
 
「侍女風情に敬称をつけるなよ。あの女を調子に乗らせるだけだぜ?」
 
 ヤミの言い草に、少しばかりの不快を覚えた。
 ダドリュースにとって、キーラの存在が「特別」なのだと、サシャは知っているからだ。
 己が主の「特別」であるならば、サシャにとっても「特別」となる。
 
「あの女ではなく、キーラ様です。前に、我が君からも、ご指摘があったかと思いますが?」
「さてね。覚えてねーよ。呼びかたなんざ、どうでもいいじゃねーか」
「それならば、私が、あなたを宰相様とお呼びすることも、どうでもいいことではありませんか?」
 
 ちくっと、わざと棘のある言いかたをした。
 効果てきめん、ヤミの顔色が変わる。
 姿勢を正し、眉を下げていた。
 
「わかったよ……にーさんが、そう言うんなら……でも……だったら……」
「きみが礼儀正しくするならば、私もそれに見合った態度を取りましょう」
 
 少しだけヤミの表情が明るくなる。
 本当は、こういう兄弟の「情」を利用するような真似はしたくない。
 だからこそ、よそよそしくしているのだが、弟には伝わらないのだ。
 しかたなくサシャはフードを取る。
 
「ヤミ、それで?」
「ん? ああ、えーと、キーラだっけか、キーラが、外に出た日があったろ?」
「街にいらしていた日ですね」
「そン時に、廊下で会った」
 
 サシャには、なんとなく筋書きが読めた。
 そこで、ヤミがキーラに「いらないこと」を言ったに違いない。
 
 『帰るぞ、サシャ。私はキーラの機嫌を損ねてしまったらしい』
 
 ダドリュースが、ではなく、ヤミの言ったことか、したことに、キーラは引っ掛かっていたのだろう。
 そのせいで、ダドリュースと距離を置こうとしている。
 サシャは、その原因を知っておくために、ここに来た。
 
 半日前まで、それなりに親しげだったキーラの態度が一変したのだ。
 
 ダドリュースの言動を、キーラは許している気配があった。
 ならば、理由は、自分の主ではなく、周囲からの「雑音」ではなかろうか。
 サシャは、そう考えた。
 そして、その「読み」は、どうやら当たっていたらしい。
 
「なにを話されたのです?」
「えーと……」
 
 ヤミが言いよどんでいる。
 おそらく「叱られる」ようなことを言ったからだ。
 
「ヤミ」
「…………ダドリーの魔術を解くために必要な女だって、言っただけ……」
 
 溜め息をつきたくなった。
 それでは、キーラが気分を害する気持ちもわかる。
 きっとダドリュースに利用されていると思ったはずだ。
 
「でも、嘘じゃねーだろ? 1回でも女を抱けりゃ直る、みたいなことを言ってたのは、ダドリーなんだぞ?」
「そうですね」
 
 かなり要約すれば、そういうことにはなるので、一応、うなずいておく。
 ダドリュースにかかっている魔術は、もとより未熟な魔術だった。
 そのため、発動条件に矛盾が生じると、解ける可能性が高いのだそうだ。
 
「だからと言って、よけいな口を挟むのは感心しませんよ、ヤミ」
「だぁってさぁ、アーニーだって、あのおん……キーラのことは怪しんでたしな。気に入ってねーってカンジ? たぶん裏で動いてるぜ、あれは」
 
 サシャは眉をひそめる。
 アネスフィードはダドリュースと違い、非常に我が強い。
 自分の「信念」を押し通そうとするところがあるのだ。
 
(一片の曇りもない王、ですか)
 
 ダドリュースの場合、キーラが怪しかろうと、どのような者であろうと、気にはしないだろう。
 が、アネスフィードは、違っていた。
 
 彼には、こだわりがある。
 ロズウェルドの国王は、民からの信頼が不可欠。
 そのためには「曇り」があってはならない、と考えているのだ。
 
 正しい考えだ、と、サシャも思う。
 とはいえ、正しさとは、ひとつではない。
 サシャには、ダドリュースの「意思」と「意志」が、すべてだった。
 国王になる人物だから付き従っているわけでもないし。
 
「アーニーは、ほら、アレだからサ」
 
 ヤミが、したかないといったふうに肩をすくめる。
 サシャもアネスフィードの立場はわかっていた。
 
 すでに2百年以上前になるだろうか。
 時の宰相、ユージーン・ウィリュアートンにより創設された機関。
 王宮を中心とした表の防衛機関の裏にあり、魔術を介さず国を守る存在。
 その機関は、貴族も平民も関係なく、ただ国への忠誠心のみを持った者たちで構成されている。
 
 アネスフィード・ガルベリーは、その機関の長なのだ。
 
 彼は、8歳の頃には、すでに「魔力」を封印し、自ら魔術の使えない身となっていた。
 そうまでして、その機関に属したかったらしい。
 だから、貴族らが望んだところで、けして即位はしないだろう。
 アネスフィードは、徹底して国の存続だけを重視している。
 
「我が君はキーラ様を大事にされておられます。ですから、彼女には口も手も出さないように。彼にも、そう伝えておきなさい」
 
 ヤミは、納得していないような表情を浮かべていた。
 差別意識というより、キーラを怪しんでいるからだろう。
 怪しげな女を次期国王のそばに置くこと自体に、抵抗があるに違いない。
 わかってはいるが、サシャには関係がなかった。
 
 ダドリュースが、望んでいる。
 
 重要なのは、そこだけなのだ。
 彼女が何者であれ、尊重する。
 そして、周囲の者にも、それを望む。
 
「ヤミ、きみは、そろそろ、そのネックレスの重みを受け止めるべきですね」
 
 瞬間、ぺしょっとなったヤミの顔をちらりと見てから、サシャは姿を消した。
 
 ヤミの首にかかっているネックレスは、代々ウィリュアートン公爵家に引き継がれてきたものだ。
 その当主のみが身につけることを許される。
 大きな大きな重責とともに。
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