19 / 64
饗宴狂宴? 3
しおりを挟む
キーラはホールの端に立っている。
王太子の動向を、じっと見守っていた。
なにが起きるかは王太子次第なのだ。
彼がほんのちょっぴりでも「いい雰囲気」を感じたら、とたんに大参事。
(おそらく、とか言ってたけどさ。おそらくってだけじゃね。全然、アテにはならないじゃん)
キーラに対してだって、すぐに「いい雰囲気」だと勘違いする。
ホールにいる令嬢たちは、王太子と親密になることに躊躇はないはずだ。
女性側がその気なのだから、王太子がその気になるのは必然だろう。
キーラの時とは違い、勘違いでもない。
「サシャ様。いらっしゃるのなら、少しだけお話をしていただけませんか?」
きっと、サシャは近くにいる。
とはいえ、サシャが答えるかは微妙。
王太子のいないところでは話してくれないのではないか、と思っていた。
もとより王太子に呼ばれなければ、サシャは姿も現さないので。
(どのようなお話でしょう?)
頭に声が響く。
意外にも、サシャが応じてくれたのだ。
もちろん姿は見えないが、話ができるのであれば問題はない。
(もし魔術が発動した場合、どういう手立てを考えておられます?)
(被害が出ないよう手を打つつもりでおります)
(物が落ちてきたり、飛んできたりしても防げるということでしょうか?)
(はい。我が君以外のかたに向けてのものは排除いたします)
(え? それは、その……殿下以外の人だけを守ると……?)
(その通りです)
意味がわからない。
サシャは王太子の側近。
なのに「王太子以外」を守ると言っている。
つまり、王太子は守らない、と言っているのと同義だ。
(では、殿下はどうなさるのです?)
(我が君のことは、キーラ様にお任せいたします)
(私ですか? あの……こう言ってはなんですが……私は、ただの侍女ですよ?)
(存じております)
さらに、意味不明。
ただの侍女に、王太子を任せる側近などいるだろうか。
急に、不安になる。
もしかすると、自分が「ただの侍女」でないことがバレているのかもしれない。
サシャとはあまり顔を合わせることも、こうして話すこともなかった。
どのような人物か、正直、わからずにいる。
姿が見えないので表情も読めないし、魔術での会話は、どうも抑揚がほとんど反映されないらしいのだ。
そもそもサシャは淡々とした口調だったが、声に出す会話より、いっそう平坦に聞こえる。
(私よりもサシャ様のほうが適任かと思いますが?)
(お守りするという観点から言えば、そうでしょうね)
(それでは、なぜ私なのですか?)
答え次第では、早々に逃げ出す段取りをつけなければならない。
魔術に関し、いくつかの情報は手に入れている。
それを伝えないまま、囚われたり、殺されたりしたら、無駄死にだ。
キーラは6歳で、この世界にやってきた。
そして十歳の頃には、すでに隣国で諜報活動を始めている。
以来、6年間、いつも同じことを言われていた。
相手国で囚われても助けは来ないと思え。
口を割るくらいなら死ね。
キーラは、フィンセルに拾われた。
が、それはキーラが役に立つからであって、慈善事業ではない。
いつでも見捨てられる立場にある。
本当には、命懸けでの諜報活動なんてしたくはなかった。
仕事に誇りなどないし、フィンセルは祖国でもない。
死ぬのが怖くて必死になっているだけだ。
生きていれば帰れるかもしれない、という小さな希望もあったし。
だから、サシャに正体がバレているのであれば、逃亡一択。
逃げるが勝ちだ。
なるべく動揺しないよう、心構えだけはしておく。
そんなキーラに、サシャが抑揚のない声で言った。
(私が押し倒しても、我が君はお喜びにはなりません)
抑揚がないせいか、ものすごく真面目に聞こえる。
が、内容は、真面目とはかけ離れていた。
(キーラ様に押し倒されることを我が君は望んでおられます)
いやいや、おかしいよ、きみ。
主がおかしいと、側近もおかしくなるのか。
サシャは真面目な口調で馬鹿げたことを言っている。
少なくとも、キーラはそう感じた。
(殿下のお命に関わるお話をしているのですよ? ここには、ナイフやフォークといった刃物もございますし)
(いずれも即死に至るものではございません。すぐ治癒を施せるように準備はしておりますので、ご心配にはおよびません)
(即死じゃなくたって、ナイフが刺さったりしたら痛いじゃんっ!!)
頭の中でだけ離しているせいか、心での口調を出してしまう。
あまりにもサシャが平然と「即死」なんていう言葉を使ったので、頭に来ていたというのもある。
魔術で傷は癒えるのかもしれないし、死にはしないのかもしれない。
それでも、痛いものは痛いはずだ。
(……申し訳ありません。つい礼儀を失念してしまいました)
(お気になさらず。我が君を想ってのことと、理解しております)
王太子のことを思ってかどうか、キーラにはわからない。
ただ、キーラの、かつての常識が呼び覚まされていた。
人として、誰かが傷つくのを平然とは受け止められなかったのだ。
諜報員にあるまじき言動だっただろうけれども。
(キーラ様、私は我が君の意思により動く者にございます。その御心にそぐわないことはいたしかねるのですよ)
でも…と、言いたくなるのを堪える。
ここは、キーラの元いた世界とは、似て非なる世界。
フィンセルで思い知っていたはずなのに、感覚が鈍くなっていた。
あんまり王太子が無防備に過ぎるので。
つい笑ってしまいそうになる。
なんとなく情にほだされそうになる。
思わず、手を差し伸べたくなる。
そして、自分の立場を忘れかけてしまう。
(わかりました。殿下のことは、私が注意して見ておくようにいたします)
(お願いいたします)
ふっと、頭が軽くなった感覚がした。
魔術は、かけられる側に少なからず影響を与えるようだ。
初めての時は緊張と驚きにより気づかなかったが、今後、慣れればわかることももっと増えるに違いない。
(私は、フィンセルの諜報員。魔術のことを詳しく知るために来ただけ)
そう言い聞かせる。
王太子と親しくなっても無意味なのだと、自分を戒めるために。
王太子の動向を、じっと見守っていた。
なにが起きるかは王太子次第なのだ。
彼がほんのちょっぴりでも「いい雰囲気」を感じたら、とたんに大参事。
(おそらく、とか言ってたけどさ。おそらくってだけじゃね。全然、アテにはならないじゃん)
キーラに対してだって、すぐに「いい雰囲気」だと勘違いする。
ホールにいる令嬢たちは、王太子と親密になることに躊躇はないはずだ。
女性側がその気なのだから、王太子がその気になるのは必然だろう。
キーラの時とは違い、勘違いでもない。
「サシャ様。いらっしゃるのなら、少しだけお話をしていただけませんか?」
きっと、サシャは近くにいる。
とはいえ、サシャが答えるかは微妙。
王太子のいないところでは話してくれないのではないか、と思っていた。
もとより王太子に呼ばれなければ、サシャは姿も現さないので。
(どのようなお話でしょう?)
頭に声が響く。
意外にも、サシャが応じてくれたのだ。
もちろん姿は見えないが、話ができるのであれば問題はない。
(もし魔術が発動した場合、どういう手立てを考えておられます?)
(被害が出ないよう手を打つつもりでおります)
(物が落ちてきたり、飛んできたりしても防げるということでしょうか?)
(はい。我が君以外のかたに向けてのものは排除いたします)
(え? それは、その……殿下以外の人だけを守ると……?)
(その通りです)
意味がわからない。
サシャは王太子の側近。
なのに「王太子以外」を守ると言っている。
つまり、王太子は守らない、と言っているのと同義だ。
(では、殿下はどうなさるのです?)
(我が君のことは、キーラ様にお任せいたします)
(私ですか? あの……こう言ってはなんですが……私は、ただの侍女ですよ?)
(存じております)
さらに、意味不明。
ただの侍女に、王太子を任せる側近などいるだろうか。
急に、不安になる。
もしかすると、自分が「ただの侍女」でないことがバレているのかもしれない。
サシャとはあまり顔を合わせることも、こうして話すこともなかった。
どのような人物か、正直、わからずにいる。
姿が見えないので表情も読めないし、魔術での会話は、どうも抑揚がほとんど反映されないらしいのだ。
そもそもサシャは淡々とした口調だったが、声に出す会話より、いっそう平坦に聞こえる。
(私よりもサシャ様のほうが適任かと思いますが?)
(お守りするという観点から言えば、そうでしょうね)
(それでは、なぜ私なのですか?)
答え次第では、早々に逃げ出す段取りをつけなければならない。
魔術に関し、いくつかの情報は手に入れている。
それを伝えないまま、囚われたり、殺されたりしたら、無駄死にだ。
キーラは6歳で、この世界にやってきた。
そして十歳の頃には、すでに隣国で諜報活動を始めている。
以来、6年間、いつも同じことを言われていた。
相手国で囚われても助けは来ないと思え。
口を割るくらいなら死ね。
キーラは、フィンセルに拾われた。
が、それはキーラが役に立つからであって、慈善事業ではない。
いつでも見捨てられる立場にある。
本当には、命懸けでの諜報活動なんてしたくはなかった。
仕事に誇りなどないし、フィンセルは祖国でもない。
死ぬのが怖くて必死になっているだけだ。
生きていれば帰れるかもしれない、という小さな希望もあったし。
だから、サシャに正体がバレているのであれば、逃亡一択。
逃げるが勝ちだ。
なるべく動揺しないよう、心構えだけはしておく。
そんなキーラに、サシャが抑揚のない声で言った。
(私が押し倒しても、我が君はお喜びにはなりません)
抑揚がないせいか、ものすごく真面目に聞こえる。
が、内容は、真面目とはかけ離れていた。
(キーラ様に押し倒されることを我が君は望んでおられます)
いやいや、おかしいよ、きみ。
主がおかしいと、側近もおかしくなるのか。
サシャは真面目な口調で馬鹿げたことを言っている。
少なくとも、キーラはそう感じた。
(殿下のお命に関わるお話をしているのですよ? ここには、ナイフやフォークといった刃物もございますし)
(いずれも即死に至るものではございません。すぐ治癒を施せるように準備はしておりますので、ご心配にはおよびません)
(即死じゃなくたって、ナイフが刺さったりしたら痛いじゃんっ!!)
頭の中でだけ離しているせいか、心での口調を出してしまう。
あまりにもサシャが平然と「即死」なんていう言葉を使ったので、頭に来ていたというのもある。
魔術で傷は癒えるのかもしれないし、死にはしないのかもしれない。
それでも、痛いものは痛いはずだ。
(……申し訳ありません。つい礼儀を失念してしまいました)
(お気になさらず。我が君を想ってのことと、理解しております)
王太子のことを思ってかどうか、キーラにはわからない。
ただ、キーラの、かつての常識が呼び覚まされていた。
人として、誰かが傷つくのを平然とは受け止められなかったのだ。
諜報員にあるまじき言動だっただろうけれども。
(キーラ様、私は我が君の意思により動く者にございます。その御心にそぐわないことはいたしかねるのですよ)
でも…と、言いたくなるのを堪える。
ここは、キーラの元いた世界とは、似て非なる世界。
フィンセルで思い知っていたはずなのに、感覚が鈍くなっていた。
あんまり王太子が無防備に過ぎるので。
つい笑ってしまいそうになる。
なんとなく情にほだされそうになる。
思わず、手を差し伸べたくなる。
そして、自分の立場を忘れかけてしまう。
(わかりました。殿下のことは、私が注意して見ておくようにいたします)
(お願いいたします)
ふっと、頭が軽くなった感覚がした。
魔術は、かけられる側に少なからず影響を与えるようだ。
初めての時は緊張と驚きにより気づかなかったが、今後、慣れればわかることももっと増えるに違いない。
(私は、フィンセルの諜報員。魔術のことを詳しく知るために来ただけ)
そう言い聞かせる。
王太子と親しくなっても無意味なのだと、自分を戒めるために。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる