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はっきり断ります 3
しおりを挟む「なぜだ? なぜそのようにつれなきことを言うのだ?」
「殿下の身には魔術がかかっております」
「わかっておる」
「では、わかっていただけるのではないでしょうか」
「いや、わからん。お前が、なぜそのようなことを言うのか、私には、まったく皆目、見当もつかぬ」
キーラが、ふう…と溜め息をつく。
猫目は、本当に猫のように、スッと細められていた。
ヤミに話を通したことにより、晴れてキーラはダドリュース付きの侍女となっている。
晴れて、というのはダドリュースにとっての意味しかないが、それはともかく。
彼女を、ここに留め置く正当な理由ができたのは確かなのだ。
キーラの不承不承といった様子も、ダドリュースは意に介していない。
というより、本気で気づかずにいる。
彼は、キーラを近くに置けると、有頂天になっていたからだ。
そのため、ほかのことには意識が向いていなかった。
代々、ガルベリーの名を継ぐ者には、おおまかに言って3種類の性質がある。
ひとつは、自己中心的で頭はいいが、間が抜けている。
ふたつめは、気が弱く腰も低いが、人好きされる。
みっつめは、器が大きく、頭も良くて、人望もある。
全員が、3つ目の性質を持っていれば言うことはない。
が、血の巡り合わせなのか、それぞれに違った性質を受け継いでいた。
にもかかわらず、共通していることがある。
真面目で執着心が非常に強いところだ。
その執着心が、権力や名声に向かないのも特徴的だった。
むしろ王族との立場を捨てたがる者さえ少なくない。
さりとて。
ダドリュースは、この3つの性質の、どれにも当てはまらないのだ。
自己中心的に見えはするが、単に大雑把な性格なだけで、我を押し通すことは滅多にない。
間が抜けていると思える部分は「残念」なだけだし、気が弱くもなければ腰が低いということもない。
記憶力はいいものの、頭が良いとか切れ者とかいったふうでもなかった。
当てはまっているのは、執着心くらいのものだろう。
真面目かどうかも、定かではないし。
ガルベリーの名を持つ者は、それぞれ特徴的であれど、その優秀さ、有能さは、誰もが認めている。
それを否定される王族はいなかった。
今までは。
重臣を含め、貴族らはダドリュースを認めていないのだ。
彼の「王族の血」すら疑ってかかっている。
知らないのは本人だけで、周りはダドリュースを冷たい目で見ていた。
政に関心を寄せない令嬢たちに人気はあるが、実力者や権力者と言われる者たちからは完全にそっぽを向かれている。
滲み出る「残念さ」は隠せるものではない。
「私は、ただ添い寝を頼んでおるだけではないか。なにか……そう、なにかこう、あっても良いとは思っておるが、けして、それを目的としておるわけではない」
「ですが、殿下が“いい雰囲気”を感じられたら、確実にベッドが壊れます。それでは添い寝もなにも。逆に眠れなくなるでしょう」
「しかし、それは、やってみねばわからぬことだ。壊れぬやもしれぬし……仮に、壊れたとしても」
いたせるかもしれないではないか。
ダドリュースは、なにも気恥ずかしくて、最後まで言わなかったのではない。
キーラに「もう結構」とばかりに手で制され、言えなかっただけだ。
「とにかく大人しく“お1人で”お休みくださいませ」
「そんな……せっかく、お前と部屋を同じくすることができたというのに」
キーラが、さらに猫目を細くする。
ほかの者が見れば、王太子を暗殺しようとしていると疑われていただろう、というほどの剣呑さだ。
「殿下は、本当に、私の体が目当てなのですね」
「それはそうだ。私は、お前といとなみたいのだからな」
「…………」
「お前とて、その気だったではないか」
部屋に誘った際、キーラは強硬に抵抗する様子は見せていない。
彼女が、自分と「いたしても良い」と思っていたのは、間違いないのだ。
そういうところだけは敏感に察している。
「私は、力づくで、お前をベッドに引き込もうと思ってはおらん。お前にも、その気があると思えばこそだ。無理強いするつもりはない」
「それでも、ベッドを壊すわけにはまいりません」
お、と、ちょっぴりダドリュースは嬉しくなった。
キーラが、ダドリュースの言葉を否定しなかったからだ。
(ということは、私と、いとなんでもかまわぬ、と思ってはおるのだな)
もとより、そうは思っていたが、これで確信が持てる。
今夜は無理でも、いずれ「その時」はやってくるに違いない。
「添い寝だけであれば、何事も起こらぬさ」
「絶対に、壊れます」
「なぜだ?」
「恐れながら申し上げますと、殿下の下心が丸見えだからです」
「確かに下心がないとは言わん。先ほども言ったが、私は、お前と理無い仲になりたく思っておるのだぞ。同じベッドに入って下心のひとつもいだかぬはずがなかろう」
ダドリュースは非常に残念な男ではあるが、正直ではあった。
単に思ったことが口からツルツルと出てしまうだけ、とも言えるけれど。
「では、やはりベッドが壊れるではありませんか」
「その下心を自制して、添い寝と言っておる」
「自制……できる自信がおありなのでしょうか?」
「おそらく」
ダドリュースには、女性経験がない。
それどころか、女性と同じベッドに入ったことすらないのだ。
自制できるかどうかなど、やってみなければ、わかりっこなかった。
だから「おそらく」と言っている。
自制する気持ちが、まったくないわけではないので。
「今夜は色々とあって疲れております。できれば、1人で休ませていただけると、ありがたいのですが」
う…と言葉に詰まった。
さすがに「疲れている」と言われると、押しが弱くなる。
「これ以上、添い寝をしろと仰られるのであれば……殿下のことを」
「待て。わかった。もう言わん。縫い留められたように口を閉じておく」
嫌いになる。
見捨てる。
そうした言葉が、キーラの口から出そうな予感がした。
キーラには嫌われたくないし、見捨てられたくもない。
それだけは避けたいと思う。
ダドリュースは、がっくりと肩を落とし、うなだれた。
キーラと2人きりだというのに、傍にいられないなんて。
(いや、待て。添い寝を諦めたというだけで、寝顔を見に行かぬとは……)
「殿下。夜中に、私の部屋にしのんで来ようなどと思っておられませんよね?」
「思ってはおらん。しのんで行くのではなく、堂々と行……」
「いずれにせよ、入って来ないでください」
ぴしゃんと言われ、ダドリュースは、一気に、しゅんとなる。
キーラは、こうして話していても可愛らしいが、きっと寝顔も可愛い。
その姿を、ひと目だけでも見たかった。
「よろしいですね、殿下」
しかたなく、こくん…と、うなずく。
そして、ダドリュースは、自分の寝室に、とぼとぼと歩いて行った。
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