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最終章 黒い羽と青のそら

理想の人が旦那さま 3

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「テオ! 厨房のほうは、どうだ?」
「お前が連れてきた王宮料理人を、料理長が怒鳴り上げてるよ!」
 
 あくせくと働いている屋敷の者たち。
 テオは、披露宴とやらの会場とした別棟の大ホールに、料理を運んでいる。
 
「やはり手数を増やしただけでは、解決はせぬか」
「まぁ、いねぇよりマシだろ!」
 
 ユージーンも、そう思って、王宮料理人を手配した。
 マルクの眼鏡にはかなわないにしても、いないよりはいいという判断だ。
 
「アリシア! レティシアとサリーの準備は、どうなっている?」
 
 アリシアも、花の準備などで忙しくしている。
 ユージーンは、グレイがいないので、みんなのまとめ役をしていた。
 
 さりとて、列席もするため、礼装している。
 さすがに、礼服はグレイに借りられず、王太子の頃のものを身につけていた。
 ザカリーに持って来させたのだ。
 そのザカリーも列席予定となっている。
 
「レティシア様は、お部屋で控えておられるわよ。サリーも自分の部屋にいる」
「そうか……しかし、お前も、良き歳なのだからな。次は……」
「ユージーン、超ウザいッ!」
 
 言って、アリシアは、さっさとユージーンから離れて行く。
 アリシアが怒った理由に、ユージーンは、思い当たらない。
 
「アリシアは、わけのわからん女だ」
 
 思った時だ、階下の奥のほうから声が聞こえてきた。
 花婿とやらの控室になっているほうだ。
 
「父上~! 本当の本当に、レティを、幸せに……うう~……」
「きみ……鼻を拭きたまえ……やれやれ……」
 
 どうやら宰相が、大公に泣きついているらしい。
 
 花嫁とやらの父親が、新郎とやらに泣きついてどうする。
 
 ユージーンは呆れながら、階段を上がって行った。
 宰相のことは、大公に任せることにしたのだ。
 面倒くさそうだったし。
 
「レティシア、よいか?」
「いいよ」
 
 入ると、レティシアの母、宰相の妻であるフランチェスカが、立ち上がる。
 座っていたレティシアの前にひざまずき、手を握っていたらしい。
 なにか、母娘での会話があったのだろう。
 
「下で、宰相が号泣しておったぞ」
「まあ……それでは、お義父さまを困らせているわね……」
 
 フランチェスカは、レティシアのほうを見て苦笑いをもらす。
 宰相の面倒を見るためだろう、部屋から出て行った。
 
「列席者も集まってきているというのに、困ったものだ」
「列席者ってさ。ユージーンに任せてたけど、やっぱり貴族の人ばっかり?」
「いや、貴族よりも民が多い」
「民って……ユージーンの知り合いにいたの?」
「買い出しで街に出ることが多くなってな。市場で親しくなった者も増えたのだ」
 
 ユージーンは、街に出るたび、そこにいる人々に、話しかけている。
 かなり風変わりな勤め人だと評判になっているのだが、それはともかく。
 
「そっか。ユージーンは、宰相になりたいんだもんね」
「そうだ。民を知らねば、国を動かすことはできん。俺は、この国を、もっとより良いものにしたいと思っている」
「いいことだね。期待してるよ」
 
 うむ、とユージーンは、いつものように鷹揚にうなずいた。
 
「それで、貴族の人は、誰が来てるの?」
「トラヴィスたちだ」
「元々、サリーの式だしね。ルーナも一緒かな?」
「少し泣いていたが、高い高いをしてやったら機嫌を直して、今は眠っている」
 
 レティシアが、ぷっと吹き出す。
 夜会のことを思い出しているのだろう。
 あの夜は、本当に「記念」になってしまったけれど。
 
「赤子のほうが、お前より泣きやませ易い」
 
 レティシアは、あまり泣かない。
 が、泣くと、ユージーンでは、なかなか泣きやませられないのだ。
 今日は、大公が隣にいるのだから、きっと泣かずにすむだろう。
 仮に、泣いたとしても、大公ならば、彼女をすぐに泣きやませられる。
 
 胸が痛くなるのを振りはらいたくて、ユージーンは、話題を変えた。
 
「よく似合っているではないか」
 
 真っ白なドレスを、レティシアは身にまとっている。
 不似合いな飾りが髪につけられていたが、これには意味があった。
 
 ジークの羽を3本使った羽飾り。
 
 レティシアが言い出したことだ。
 大公も、ユージーンも、反対はしなかった。
 ジークは嫌がるだろうが、式に列席する義務がある。
 そんなふうに、ユージーンは思っていた。
 
「馬子にも衣裳だよ……っと、待ったあ!!」
 
 口を開く前に、レティシアが、手のひらで、ユージーンを制してくる。
 理由は、わかっていた。
 
「わかっている。俺とて、お前の門出……晴れの日に、細かいことは聞かん」
「そ、そっか。そーだよね! ごめん、ごめん。つい、いつもの癖で」
「あとから、まとめて聞くことにしているのでな」
 
 がくっと、レティシアが肩を落とす。
 が、これは大事なことなのだ。
 
 ユージーンは、真面目に、字引きの編纂へんさんを考えている。
 その字引きが普及すれば、この国の言葉は、もっと表現豊かになるに違いない。
 貴族言葉は味気がなく、つまらないものが多いので。
 
「まぁ、そっちのほうが、ユージーンらしくて、いっか」
 
 レティシアが、くすくすと笑った。
 その顔を、ユージーンは、じっと見つめる。
 
(やはり、お前は、愛らしいな……笑っているのがよい……)
 
 今日は、レティシアと大公の婚姻の日だ。
 レティシアは、ユージーンの手のとどかないところに行く。
 式までの間、なにかと忙しくしていて、考えずにいた。
 
 彼女は、自分ではない者の妻となる。
 
 白いドレスをまとったレティシアの姿に、改めて、それを実感する。
 しばらく、立ち直れないだろう。
 いや、きっと長く立ち直れない。
 ユージーンにとって、初めての恋だったのだ。
 
「もし……大公が、お前を泣かせるようなことがあれば、俺が……」
 
 俺が、また抱きしめてやる。
 
 そう言いかけて、やめた。
 レティシアには、もう「粘着」はできない。
 
「俺が、ホウキの柄で、殴ってやる」
「大丈夫だよ。泣いたりしないから」
 
 レティシアの言う通り、彼女が泣くことはない気がする。
 大公がレティシアを泣かせた、あの1回限りになるはずだ。
 
「む。なんだ? 下が騒がしい。様子を見て来ねばならん」
 
 階下からのざわつきに、レティシアも気づいているらしい。
 少し立ち上がりかけていたところを、ユージーンが手で制する。
 
「お前は、ここにいろ。花嫁なのだろ?」
「あ、うん」
 
 座り直す、レティシアに背を向け、ユージーンは扉に向かった。
 出る前に、少しだけ振り向く。
 
「笑っておれよ、レティシア」
 
 レティシアの返事を待たず、部屋を出た。
 ユージーンなりのはなむけの言葉は、同時に、恋心との決別を意味する。
 今は、自分の表情を、レティシアに読まれたくなかった。
 
「絶対にけないでください! 防御魔術もなしです!」
「本気かい、ザック?」
「父上には、その義務があるでしょうっ? わ、私の……わた……っ……」
「ああ、わかった、わかったよ。避けはしないし、魔術もなしだ」
 
 声に、ユージーンは、階下を見下ろす。
 玄関ホールで、大公と宰相が向き合っていた。
 宰相は、まだ泣いている。
 涙を、ぼろぼろこぼし、鼻をすすっていた。
 
「いつもの宰相然とした姿は、どこに行ったのだ……」
 
 見る影もない。
 
 呆れるユージーンの目の前で、宰相が大公に向かって、ボカッ!
 
 大公が殴られて、後ろによろめいている。
 その光景に、ユージーンは、笑みを浮かべた。
 
「おお……やるではないか。なにやら、すっきりしたぞ」
 
 自分も、あれがしたかったのだと気づく。
 本当には、レティシアの心を手にいれた大公を、思いきり殴りたかったのだ。
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