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最終章 黒い羽と青のそら
お祖父さまとお出かけ 1
しおりを挟む「ふわぁ、意外と自分の髪っぽい! すごい!」
鏡の前で、レティシアはイスに座っている。
鏡の中では、サリーが笑っていた。
肩から下に流れ落ちている、ゆるく巻いた髪にさわってみる。
「これ、ホントの髪じゃないよね?」
あまりの地毛感に、少し心配になって聞いてみた。
昔は、髪を売る習慣もあった、と本で読んだことがある。
誰とも知らない人の髪、というのは、どうしても、ちょっと気持ち悪い。
髪単体となると、呪いに使ったり、呪われた廃墟の蛇口からあふれてきたり、というように、とかく良い印象がないのだ。
「いいえ、これはシルク糸ですよ」
「へえ! シルクなんだ。手触りいいもんねぇ」
「オーダーメイドですから、そのあたりのものとは、お品が違うのですわ」
「え……じゃあ、高かったのかな……」
サリーが、フフと笑う。
そんな高額商品だったとは、知らなかった。
本で読んだりした時に、貴族は「カツラ」を多用する、といった描写があったように記憶している。
だから、現代日本で言う「ウィッグ」的に、気軽に手に入ると思っていたのだ。
「レティシア様が、気になさることはございません」
「でもさー、私、お小遣いが……」
「ユージーンにツケております」
「へ?」
レティシアは目を丸くしているが、サリーは平然としている。
髪を梳かしながら、言った。
「彼が言い出した策なのですから、当然にございましょう? 給金から差し引くよう、グレイに言ってあります」
さっきの「フフ」は、こういう意味だったのか、と思う。
祖父が納得しているので、今回の策自体に、文句はないのだろう。
さりとて、レティシアを囮にすることについて、サリーは、内心、穏やかではないらしい。
「だ、大丈夫かな? 返し切れる額?」
「ご安心ください、レティシア様。彼は、のちのち宰相になるつもりだと豪語しております」
「ああ……出世、払いってやつだね……」
「ええ。返済が滞るようなら、王宮までグレイに取り立てに行ってもらいます」
なにか、サリーは、グレイにも腹を立てているようだ。
さっきから「グレイに」を連発している。
「グレイ、また、なんかやらかしたの?」
「いいえ、なにも。ただ、最近は、私と過ごすより、ユージーンと過ごすほうが、楽しいようですね」
やっちゃっているではないか。
グレイの真面目さが、裏目に出ている。
そう言えば、最近、夜遅くまで、ユージーンに教えることが多くなっていた。
それは、ユージーンが呼びに来るせいではあるのだけれども。
「そ、そっかぁ。グレイしかユージーンの相手できないもんねぇ……」
「そうですね。グレイは、彼の“先輩”ですから」
ようやくまとまった2人だというのに、前途多難だ。
サリーの気持ちも、わからなくはないので、グレイばかりを擁護することもできない。
(そーいうトコ、うまくやれないんだよなぁ、グレイって)
彼女のご機嫌を取る彼氏、という姿が、グレイからは想像できなかった。
ひたすら謝っている姿しか目に浮かばない。
レティシアは、話題を変えることにする。
藪をつつき回して、大量の蛇が出てきたら、大変だ。
「それはそうと、この色ってさ、目立つんじゃない?」
「これは、今、流行りのお色なのですよ。ですから、逆に目立つことはないと思いますわ」
浅紫、薄葡萄という色の名前が思い浮かぶ。
以前の職場の中に、商社があり、取引先に紙の問屋があった。
発注をかける際の色見本には、日本独自の色名が記載されていて、レティシアは、よくうっとりしていたものだ。
銀鼠、柿渋、淡藤、蘇芳、黄丹などなど。
とにかく耳に美しい。
忘れないように、書き出しておこうかな、などと思う。
「貴族は、金髪を好むかたも少なくありませんけれど、カツラはあまり使わないのです。魔術で変えますからね」
「あ、そっか」
レティシアの髪は、魔術で色を変えることができないのだ。
だから、カツラを使うことになった。
が、おかかえ魔術師のいる貴族屋敷なら、魔術を使ったほうが、早いし安い。
「でもさ、この色、キレイだよね」
目に見慣れてはいないし、ギャルっぽい感じもする。
少し、くすんだような、薄い紫色の髪を手に取り、巻いている部分を手の上で、小さく跳ねさせた。
「流行るのも、分かる気はします。さぁ、できましたよ」
鏡の中で、サリーが、にっこりしている。
立ち上がって、全体を見てみた。
髪の長さは、いつもと変わらず、胸元までのロングだが、肩から下には、ゆるくカールが、かかっている。
前髪は両分け、三つ編みの横髪は、後ろでひとつにまとめられていた。
丸襟の薄い青色をした小花柄のロングワンピース。
袖が、きゅっと絞られていて、そこから、ふわりと手首に落ちてくる感じになっている。
腰は、両脇にある細いリボンで絞りこむようになっており、自然に細かなプリーツができていた。
ぴょんっと、レティシアは後ろを向く。
「別人みたい!」
「ですが、これから、もっと変わられますよ」
「そうだった!」
祖父が「カラーコンタクトレンズ」を作ってくれているはずだ。
今は、黒い目なので、髪の色と、ちょっぴり違和感がある。
(お祖父さま、何色で作ってくれてるんだろ? これで、目の色、変わったら、完全に海外の人っぽくなりそうだよね)
馴染みの深い、黒髪と黒眼は好きだが、たまに変身するのは、楽しい気がした。
落ち着いたら、街歩きもしてみたいと思っている。
落ち着くことがあったら、だけれども。
「それでは、まいりましょう」
サリーに促され、ドキドキしながら部屋を出た。
祖父は、どう思うだろう。
似合っていなくもない、と自分では感じているのだが、なにせファッションには興味なく生きてきている。
学生の頃には、多少、周りに合わせていた。
それでも、ジーンズにTシャツなんてことも、少なくなかったのだ。
ここ数年来、可愛らしい格好は、したこともない。
階段を降りて、祖父の待っている小ホールに向かう。
途中で、テオやマギー、ラリーとすれ違った。
みんながびっくり顔をするので、なんだか恥ずかしくなる。
「だ、大丈夫かな?」
「よくお似合いですよ。レティシア様は、元々、可愛らしいお顔立ちをされておられますからね」
夜会の時に比べると、少し子供っぽい感じではあった。
ますます「幼稚」だと、祖父に思われはしないかと、心配になる。
「きっと大公様も驚かれると思いますわ」
「それって、いいほう?」
「もちろんです。こんなにお可愛らしいのですもの」
ビフォーアフターというのは、たいていアフターのほうが良くなるものだ。
けれど、やはり自信がない。
いつもの自分にだって自信はない。
3日ほど前「見目の芳しくない」と言われたばかりなのも、引っ掛かっている。
気にしていないつもりだったが、こうなってくると、気になってしまう。
祖父の隣を歩いていて「なんで、あんな子が」と、周りから見られそうな不安があった。
(お祖父さまが、素敵過ぎるんデスよ……)
祖父も見た目を変えると言っていたが、きっと、それはそれで素敵に違いない。
いや、間違いなく素敵なのだ。
元が良過ぎるくらいなのだから、手を加えたって悪くなるはずがなかった。
(なんか……自分のことより、お祖父さまが気になってきた!)
祖父は、どんなふうに変わっているだろう。
心が、俄然そちらに向かって走り出す。
同時に足早になった。
小ホールにつき、ひと呼吸。
ドキドキしながら、扉を開く。
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