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第2章 黒い風と金のいと

2つの継承 4

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 深夜。
 ユージーンは王宮での転移を成功させている。
 ゆっくり眠れるようになったおかげで、怪しい薬は飲まずにすんでいた。
 サイラスは、ユージーンの心の変化には気づいていないらしい。
 ユージーンが、なにも嘘をついていないからだ。
 罪悪感にいたたまれなくなることもなく、心も揺らさずに話せる。
 サイラスとの関係は「ほとんど」今まで通りだった。
 
「起きろ」
 
 ゆさゆさと、目当ての人物の体を揺さぶる。
 数回ののち、その目が開かれた。
 寝ぼけまなこが、すぐに大きく見開かれていく。
 少し、小気味がいい。
 
(俺の魔術の腕も上がってきたものだ。姿映すがたうつしと転移は、完全にものにした)
 
 与える者となり、魔術が使えなくなるのが惜しいくらいだ。
 こんなに便利なものならば、もっと早く覚えておくのだった、と思っている。
 さりとて、そんなことは、サイラスが許しはしなかっただろうけれども。
 
(サイラスは、俺に頼られるのが好きなのだ)
 
 レティシア曰くの「スーパーポジティブ」な精神で、サイラスのことも前向きに捉えている。
 ユージーンを「何もできない子」に育てようとしていたとは思わない。
 
「あ、あ、兄、兄上……っ……? な、なぜ、ここに……っ……?」
「大きな声を出すな。皆に知れたらどうする」
「どうすると言われましても……」
「俺は、お忍びで来ているのだぞ」
 
 1度も話したことのない弟、ザカリーの寝室に、ユージーンはいる。
 そして、兄上様づらをしている。
 
 長らく、父には愛されていないと信じてきた。
 父が愛しているのはザカリーだとも思っていた。
 とはいえ、ザカリーを憎んだり、嫉妬したりしたこともない。
 ある意味では、サイラスの教育の賜物だ。
 ユージーンにはサイラスがいて、ほかの家族を必要とは感じずにいられた。
 父の愛情も、いつ頃からか不要なものと切り捨てている。
 そのため、父の愛情を一身に受けているとしても、ザカリーを憎む必要はなかったのだ。
 
 ザカリーが、慌てて体を起こす。
 布団から出て、ベッドの上で平伏をした。
 室内は暗かったが、ユージーンはベッドの縁に腰かけている。
 その近さであれば、ザカリーの姿が、ちゃんと見えていた。
 布団に頭を、しっかりと押しつけている。
 
 意味がわからない。
 
「なんなのだ、いったい」
 
 なぜ弟が頭を下げているのか、理解できなかった。
 弟に会いに来ただけ、とユージーンは思っているからなのだけれども。
 
「い、今まで、ご、ご挨拶にも伺わず、申し……申し訳ございません!」
「だから、大きな声を出すなと言っているだろ」
「申し……っ……も、申し訳ございません……」
 
 ザカリーが、ようやく小声になる。
 同時に、謝罪の意味を理解した。
 年に数回、顔を会わせる際に、通り一遍の挨拶くらいはする。
 が、そういう挨拶のことを、ザカリーは言っているのではなかった。
 ユージーンを直接に訪ねていないことを詫びているのだ。
 とはいえ、それはザカリーのせいではない。
 
(おそらく、サイラスが、そのように計らっていたのだろうな)
 
 サイラスは、父でさえ遠ざけさせている。
 ましてや、弟に会わせるはずがなかった。
 そもそも用事がないし。
 
「そのようなことは気にしておらん。どうでもよいから、頭を上げぬか」
 
 言うと、恐る恐るといったふうに、ザカリーが顔を上げた。
 じぃいいっと、観察をしてみる。
 
 赤味がかった金髪はユージーンとは違い、ゆるい巻き毛。
 薄紫色の瞳は、少し垂れ気味。
 こじんまりした鼻に、ややポテッとした唇。
 体の線が細く、寝間着が、だばだばしている。
 全体的に、優しい雰囲気をまとっていた。
 
(やはり、そうか。こうして見れば、ちっとも似ておらぬではないか)
 
 思い込みがあったせいか、少しも気づかなかった。
 理屈なら、いくらでもつけられた、というのもある。
 ザカリーの母アイリーンは、祖父の妹の娘の娘だ。
 ユージーンから見ると、父の従姉妹の娘にあたる。
 
 大貴族に嫁いだ、祖父の妹の三女がイザベル。
 同じく大貴族アドルーリット家にイザベルが嫁ぎ、その次女として生まれたのがアイリーンだった。
 血筋としては、ユージーンの母より正妃にふさわしいと言える。
 女系とはいえ王族の血を引いているからだ。
 側室に迎えられた当時、アイリーンは19歳になる少し前。
 18歳で身ごもり、19歳でザカリーを産んでいる。
 
「あの……兄上……?」
 
 なんともザカリーは、居心地が悪そうにしていた。
 が、ユージーンが気にめることはない。
 
 アイリーンとは、やはり祝賀などの席で、年に数回は顔を会わせている。
 ザカリーは、アイリーンと、とても良く似ていた。
 逆に、よくよく見れば、父とはまるで似ていない。
 血縁がないとは知らなかったので、気づかなかった。
 単純に、母親似なのだなと思っていただけだ。
 父が、ことさらにザカリーを王位継承から遠ざけているのも、愛ゆえのことだと思っていた。
 無用な派閥争いに巻き込みたくないとの考えからだろうと。
 
「お前は、父上に、まったく似ておらん」
 
 瞬間、ザカリーの顔色が真っ青になる。
 ユージーンは、少し「あれ?」と思った。
 ザカリーは己の出自を知っているはずなので、驚くとは思わなかったのだ。
 
「父上の子でないのだから、当然のことだ」
 
 いよいよザカリーが青くなる。
 体も、ぶるぶると震えていた。
 その理由が、ユージーンは、わからずにいる。
 とはいえ、弟をいじめている気分になった。
 そんなつもりは、まったくないのだけれど。
 
「お前は、知っていたのだろ?」
「は、はい……」
 
 よくわからない。
 
 知っていたのに、なぜ体を震わせるほど驚いているのか。
 ユージーンは気づいていなかったが、ザカリーは驚いているのではなく、怯えているのだ。
 ユージーンには、ザカリーを責める気も、害する気もない。
 だから、気づかない。
 
「も、申し訳、ござ、ございませんっ!!」
「これ! 大きな声を出すなと言っているだろうが!」
 
 今まで、1度もまともに会話をしたことのない弟だ。
 侍従以上に、接しかたが、わからない。
 
「よいか、ザカリー。ひとまず落ち着け。よいな?」
「は、はい……」
 
 ザカリーは体を小さくして、ぶるぶる状態。
 そんな、生まれたての小鹿のようになられても。
 
「お前は父の子ではないが、そのようなことは、どうでもよいのだ」
「……は……?」
「王宮で生まれ、この19年、第2王子として暮らしてきたのだからな」
 
 ユージーンだって、20年近くザカリーを弟だと認識してきている。
 今さらのことだ。
 会話もなく、可愛がったことも、遊んだ記憶もないけれど。
 
「お前は、俺の弟なのだ、ザカリー」
 
 うるっと、ザカリーの瞳が涙で潤み、ユージーンは、ぎょっとした。
 いちいちの反応に、戸惑ってしまう。
 ユージーンは、何も特別なことを言っているとは思っていない。
 ましてやザカリーを慰めるための言葉でもなかった。
 思ったことを、そのまま口にしているに過ぎない。
 
「私は、今まで兄上を、恐ろしいかただと誤解しておりました」
「そ、そうか」
 
 なんとなく、ちょっぴりだが傷つく。
 実の、ではなくとも弟に「恐ろしい」と思われていたなんて。
 
「即位するためであれば、どんなことでもなさる、非道なかただとばかり……」
「…………そ、そうであったか……」
 
 だいぶ傷ついた。
 
 少なくとも、ユージーンは、ザカリーを、邪魔だの忌々しいだのと思ったことはない。
 
「ま、まぁ、良い……話したこともなかったのだから、しかたあるまい」
 
 精一杯、傷ついた心を立て直す。
 時間もないことだし、そもそもの用件を切り出すことにした。
 
「それはそうと、お前の父親について、確認したいことがあるのだ」
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