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第2章 黒い風と金のいと

2つの継承 3

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 やっとだ。
 やっと王太子の即位が見えてきた。
 20年近くかけて、少しずつ階段を、着実に上がってきている。
 もう少しで、大公に並ぶ力を手に入れられるのだ。
 
(これまで通り、殿下には、私の人形でいていただきますよ)
 
 そうでなければ、意味がない。
 魔術師長になっても、王太子に好き勝手を許すつもりはなかった。
 大公を、地に落として初めて、サイラスは自由に力をふるえる。
 孫娘のいるこの国を、大公は守ろうとするに違いないのだ。
 
 サイラスが世界を統べる王となる際の、最大の障壁。
 
 取り除いてからでなければ、次の「予定」に移れない。
 それまで、王太子にはサイラスの思惑通りに動いてもらう必要があった。
 
(国王とは、便利なものです。本人にとっては不便極まりないでしょうがね)
 
 国王は、ただの「与える者」に過ぎない。
 魔力調整ができないため、契約した魔術師長に、ただ魔力を与えるのみ。
 契約をすると破棄もできず、めたいと思ったところで、それも不可能。
 サイラスにとっては、都合のいいことばかりだ。
 思ったところで、ふと懸念が頭をよぎる。
 国王が「与える」ことをやめる手立てが、ひとつだけあった。
 
 退位。
 
 ほかの者に譲位したとたん、与える者ではなくなる。
 与える者の資格は、国王のみが持つものだからだ。
 国王が退位すれば、魔術師長も地位を失う。
 与える者でなくなった国王から、魔力は与えられない。
 そして、王宮を辞した時点で、魔力分配も受けられなくなる。
 器に残る魔力を消費したら、その先は「ただの人」なのだ。
 
 レスターのように遺滓いしを魔力とすることはできる。
 他者の魔力を奪うことが、まったくできないというわけではない。
 とはいえ、それはサイラスの「趣味」ではなかった。
 大公のように契約に縛られないのが最良ではある。
 それでも、もうすでにサイラスは契約で縛られていた。
 王太子の帰りを、自分の部屋で待ちながら、サイラスの思考が19年前へと立ち戻る。
 
 年が明けたばかりのアリスタの初め。
 陽の射さない日が続く、ロズウェルド王国の最も寒い季節。
 年明け前のホルスから、王太子は体調を崩していた。
 サイラスが、王宮魔術師となって3年目に入った、17歳の年のことだ。
 
 まだ下級魔術師だった。
 自分より器の小さな者にも、頭を下げなければならない立場。
 そのことに、サイラスは、うんざりしていた。
 だから、いつも「何か」手はないかと探していたのだ。
 
 こんなところに時間をかけてはいられない。
 12歳で目にしてから、1日たりとも、大公の姿を考えない日はなかった。
 
 が、王宮に入ったのは15歳。
 魔術師としては、遅い部類に入る。
 周囲からも「勝手に」落ちこぼれだと思われていた。
 とはいえ、サイラスは、そんなことは気にもしていなかった。
 自分の力は自分が知っている。
 己の力を正しく認識していれば、周囲の評価など必要とはしない。
 
 そして、王宮内で、サイラスは「王太子が危ない」との噂を耳にする。
 同時に、側室であるアイリーンに子が生まれそうだ、とも。
 
 どちらを選択すべきか。
 
 今後の自分の道が大きく変わる選択を、簡単に決めることはできない。
 だからこそ、待った。
 アイリーンの子が生まれるまで、選ばずにいたのだ。
 仮に女子だった場合、その子は即位できないのだから。
 
 果たして、彼女は男子を産んでいる。
 最初、サイラスは、その第2王子を選ぶつもりだった。
 第1王子の母ナタリアは、どこかの小貴族の子。
 対して、第2王子の母アイリーンは女系とはいえ王族の血筋。
 即位したあとに得られる力の大きさが違う。
 が、それでは「確実性」がない、と判断した。
 
 能力を考えれば、サイラスが副魔術師長になるのは当然だと言える。
 さりとて、サイラスには後ろ盾がなかった。
 元の爵位も男爵であり、下から数えたほうが早い。
 王宮内に知己もいないのだから、誰もサイラスを後押ししないだろう。
 国王の「ご学友」である魔術師長の例もある。
 能力だけでは階段を上れない。
 
 だから、サイラスは考えを翻したのだ。
 確実に、自らの手で己の地位を手にする。
 そのためにこそ、第1王子を選んだのだった。
 
 普通は、下級魔術師ごときが国王に会えるはずはない。
 しかし、国王は焦っていたのだろう。
 第1王子の命は、尽きかけていた。
 誰でもかまわないので、助けられる者はいないかと探し回っていたのだ。
 それでも、ほかの魔術師たちは沈黙を通している。
 万が一、名乗り出て第1王子が命を落としたら、自分の身が危うい。
 処断は免れ得ないと知っていたため、誰もが見て見ぬ振りをした。
 
 そんな中、サイラスは名乗りを上げている。
 第1王子を助けられるかもしれない、などという不確かな賭けをしたのではなかった。
 もとより、その病を知っていたのだ。
 同じく3歳の頃、サイラスの弟、クィンシーがかかったことがある。
 それこそ魔術師になれるかどうかは、実の弟の生死にかかっていた。
 第1王子を助けるよりも必死に、あらゆる手立てを尽くし切っている。
 
 治療方法を知っているのだから、難しいことではなかった。
 とはいえ、そんなことは、国王に告げはしない。
 第1王子の病状を適当に上下させ、一喜一憂させた。
 そうして、ギリギリまで不安を煽り、国王と2人で話す機会を手にしている。
 
 『これは、私にとっても命懸けとなりましょう。なにしろ禁忌きんきの術ですので』
 
 本当には、禁忌の術でもなんでもない。
 けれど、我が息子可愛さの国王には気づかれなかった。
 そもそも国王は与える者であり、自身では魔術を使うことができない。
 魔術に関することは、必要であれば魔術師長なりに聞けばすむ。
 サイラスは、その時間を国王に与えなかったのだ。
 
 それが禁忌の術かどうか判断されないように。
 サイラスの代わりに魔術師長にやらせろ、と言われないように。
 
 結果、国王はサイラスと取り引きをした。
 サイラスは、副魔術師長の地位と、第1王子の王位継承を、契約書に記させている。
 
 あの時の歓喜は、それ以降もずっとサイラスの胸に残り続けていた。
 愛情の愚かさに辟易しつつも、サイラスは愛情を盾に取る。
 最も効果的だと、国王との件が経験則となったからだ。
 
 そこからは、すべてがサイラスの「予定」通りに進んでいった。
 そして、ついには王太子が即位するところまで辿り着いている。
 したくもない努力の積み重ねが、やっと実を結んだというところ。
 
 感慨に浸りつつも、懸念が晴れない。
 王太子は、即位について国王と話している。
 近いうちに、譲位が成されるはずだ。
 
(ですが……もし、殿下が退位するなどと言い出すことがあれば……)
 
 たちまちの内に、階段から転げ落ちる。
 サイラスの目に暗い光が宿った。
 
 レティシア・ローエルハイド。
 
 あの邪魔な娘の存在が、気にかかる。
 夢見の術にかかっている王太子は、彼女を手にいれたと思いこんでいるには違いないのだけれど。
 何かの弾みで術が外れた際、王太子の心は逆戻りするかもしれない。
 そうなれば、たとえ即位していたとしても、王太子はレティシアのため退位を強行しかねないのだ。
 最近の王太子には、そんな危うさを感じている。
 そもそも夢見の術を使ったのは、王太子の勝手を食い止めるためだった。
 
(いくつか手を打っておくべきでしょうね)
 
 2つの道を考える。
 状況により、どちらにでも進めるようにしておくのが、サイラスのやりかただった。
 
 レティシア・ローエルハイドを殺すか。
 ザカリー・ガルベリーを殺すか。
 
 いずれにせよ、王太子が即位し続ける理由にはなる。
 サイラスは、王太子をよく知っていた。
 サイラスの思うように育ててきてもいる。
 簡単に責任を投げ出すことはできない、と知っていた。
 
 レティシアが死ねば、彼女にこだわる必要はなくなるし、ザカリーが死ねば譲位できないのだから、王位にとどまらざるを得ない。
 どちらが先でもかまわないのだ。
 あとは「どのようにして」を考えれば、懸念は拭える。
 サイラスの中で、2つの道が、さらに細かく分岐していた。
 
 チェスとダンスは良く似ている、と思う。
 どちらにも相手がいて、相手の動きに合わせて、こちらも動くのだ。
 そして、そのどちらにも「主導権」というものがある。
 曲が終わるまで、勝敗がつくまで、それは行ったり来たりするものだが、最後に自分が握っていれば、それでいい。
 
(殿下が、大人しく玉座に座っていてくだされば、私も手間をかけずにすむのですよ)
 
 そろそろ謁見も終わる頃だ。
 どのような結果になったか、知る必要がある。
 それによって、また道を分岐させなければならない。
 サイラスには、ちっとも苦にならないのだけれども。
 
(最短距離で進みたいものですねぇ)
 
 審議の際には、大公の顔色を変えさせることはできなかった。
 けれど、次に会う時は、あの穏やかな笑みを消してみせる。
 サイラスは、ジョシュア・ローエルハイドに、心の底から憧れていた。
 
 だからこそ、自分の前に這いつくばらせたかった。
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