上 下
158 / 304
第2章 黒い風と金のいと

2つの継承 2

しおりを挟む
 予測はしていたので、ユージーンは大きな衝撃は受けずにすんでいる。
 自分の命と引き替えに、サイラスは今の地位を手に入れたのだ。
 
(王太子の命なのだからな。その程度の見返りは当然であろう)
 
 長く一緒にいたので、サイラスの利で動くところは理解している。
 ユージーンとて、以前はそうだった。
 
 利というのは、自分の「願望」に直結している。
 優先するのがあたり前で、責める筋合いのことではない。
 望みを叶えたいとの意思なくしては、何事も成し得ないのだ。
 そのために使えるものは使う。
 他者の頭を踏みつけようが、おとしめめようが、思いの強い者が生き残る、というだけの話だった。
 ユージーンは、それを悪いことだとは思っていない。
 口先ばかりで何もしない者、できない者が多過ぎる。
 それより、自らの願望のために動く者のほうが、評価に値すると思えた。
 
 少なくとも、サイラスのおかげで、自分は生きている。
 
 サイラスが利を求めていなければ、ここに、こうして立つこともできなかったのだ。
 だから、父を契約で縛ったのだとしても、ユージーンはサイラスを責める気にはならない。
 サイラスならば、やりそうだな、と思うだけだった。
 
(サイラスは、無意味なことはせぬからな)
 
 事ここに至っても、ユージーンはサイラスを信頼している。
 ただ、信頼の質が、以前と変わってはいたけれども。
 
「しかし、契約は、私との謁見にまで及ぶものではなかったはず。父上が、私と会わずにいたことの説明にはならない」
 
 父が、再びユージーンと目を合わせた。
 そこには、無念さだけが漂っている。
 ユージーンからすると、少し意外な反応だった。
 
「何度も、頼んだ。お前に会わせてくれと、あれに頼んだのだ。だが、お前が望んでおらんと、あしらわれた」
 
 今の今まで、父が自分に会おうとしていたことなど知らずにいた。
 会いたがっていないものと思いこんでいた。
 
「しかし……父上は、国王だ。強く出ることもでき……」
 
 言いかけて、やめる。
 魔術師との契約は、本来、取り引きでなされるものではない。
 そんな取り引きがまかり通るとなれば、誰もが何かを盾に取り、地位を求めるようになるだろう。
 中には、分不相応な地位を手に入れようとする者も出てくる。
 それは、王宮魔術師らの統制が取れなくなることを意味していた。
 だからサイラスとの取り引きは、絶対に秘匿しなければならなかったのだ。
 父は、サイラスの前でだけは「国王」として振る舞えなかった。
 誰にも漏らすことのできない、共通の秘密を持ってしまったがゆえに。
 
「余も妃も……お前が無事でおるかどうかもわからず……妃は、お前に会えぬのならと、後宮から外には出ぬようになった。言い訳としか思えぬだろうがな」
 
 父だけではなく、母も追いはらわれていたようだ。
 サイラスらしくも手が込んでいる。
 サイラスを知っているからこそ、父の言葉に嘘はないと思えた。
 父は自分の命を救うため、サイラスと取り引きをしたのだ。
 そのせいで、追いはらわれても文句のひとつも言えなくなった。
 結果、20年近くも、父から愛されていないと、ユージーンは思い続けている。
 
 『やっぱり不自然だね。なんか矛盾してるよ』
 
 エッテルハイムの城で、レティシアが言った言葉だ。
 彼女は、父に1度も会ったことはない。
 赤の他人に過ぎない相手であるにもかかわらず、真を言い当てている。
 対して、自分はどうか。
 考えることを人任せにし、すべて鵜呑みにしてきた。
 自分の頭で少しでも考えていたら、この不自然さや矛盾に、気づけていたかもしれない。
 
「……父上も悪いが、私も悪い。会いに来なかったのと、会いに行かなかったのは、同じ罪だ」
 
 なぜ来てくれなかったのかと父を責めてばかりいた。
 愛されていないからしかたがないのだ、と切り捨ててもいた。
 が、ユージーンも、父に会いに行こうとしたことがない。
 自分を愛してもいない父になど、会いたくなかったからだ。
 
(大公やジークの言うように……俺は間が抜けている……)
 
 父は国王であり、息子と言えど立場は下だった。
 さりとて、国王と言えど、父は父でもあったのだ。
 不満をぶつける権利が、息子にはあったはずなのだから。
 
(あれの家族を大事にするところも、俺は好いている。あれとなら、そういうものを築けるような気がするからかもしれん)
 
 それまで子供ができても愛情などいだけそうにないと思っていた。
 が、レティシアとの間にできた子なら愛せそうに感じたのを思い出している。
 彼女のように振る舞えていたら、父との関係を正せていたのかもしれない。
 が、しかし。
 
「父上……私は、大人になってしまった」
「わかっておる。お前は、もう親に甘える歳ではない」
 
 今さら距離を縮められるはずがなかった。
 過ぎた時間を取り戻すことはできない。
 サイラスと取り引きをするほどに、愛されていたと知っても。
 
「ですが、息子として、もうひとつ、お聞きしたい」
 
 ユージーンは感傷を振りはらう。
 謁見の時間は限られているからだ。
 いつまでも同じ場所にとどまってはいられなかった。
 
「ザカリーが誰の子か、お聞かせ願いたい」
 
 察していたのか、父に驚いた様子はない。
 ただ、寂しそうに薄く笑う。
 
「ジョシュアか」
「なぜ、そうお思いになられる?」
「限られた者しか知らぬことを、話してもおらぬのに知っておるとなれば、余にはジョシュアしか思いつけぬ」
 
 父は、大公に話していたわけではないのか、と思った。
 2人が懇意にしていると聞いたことはなかったが、大公は元魔術騎士の隊を率いていたのだ。
 面識はあったに違いないのだし、てっきり父が大公に話したものと思いこんでいた。
 
(大公に、できぬことはあるのか? 人心は操れぬと言っていたが)
 
 サイラスが勘繰るのもわかる。
 が、大公は人心を操ろうなどとはしないだろう。
 する必要があるとは思えないし、そもそも人の心に関心をはらっているとも感じない。
 レティシアを害さない限り、無視するに決まっている。
 
 ユージーンも似たところがあった。
 レティシアに関わることなら、どんなことでも気にかかる。
 さりとて、周囲の者については、まるきり関心がない。
 ユージーンは、公爵家の者から冷たい視線を浴びせられていたことにすら、気づいていなかった。
 
「限られた者? 今、そのように仰いましたが」
「余と妃、魔術師長、それに……」
「ザカリーも知っていると仰られるかっ?」
「そうだ。ザカリーも知っておる」
 
 さすがに、ユージーンも言葉を失った。
 
 3つ年下の弟とは、ほとんど面識がない。
 審議の際のように、公務でなければ顔も合わさずにいた。
 ザカリーは、外交の場にも出て来ないため、会うのは年に2回ほどだ。
 会話も、ありきたりな挨拶のみですませている。
 
 ザカリーのことは、好きでも嫌いでもない。
 弟として認識しているだけだった。
 3つしか違わないのに、一緒に遊んだこともないのだから、身近に感じられなくてもしかたがない。
 はっきり言って、ザカリーのことを、ユージーンは何も知らないのだ。
 どんな性格をしているのか、どういう生活をしているのか。
 ユージーンにとっての認識は「父の愛する弟のザカリー」以上のものではない。
 にもかかわらず、ちりちりとした怒りが腹の底にある。
 
 ユージーンは、父に愛されていないと思っていたが、実は愛されていた。
 ザカリーは、父の子でないと知った時、逆のことを思ったのではなかろうか。

 父から愛されていたと思ってきたが、実は愛されていなかった。
 それどころか父の子ですらなかったのだ、と。

 身近でなくとも、ザカリーは、ずっとユージーンの「弟」だったのだ。
 父の子でないとわかっても、弟との認識を即座に断ち切れはしない。
 どんな事情があったにせよ、秘密を隠し通すくらいの愛情もなかったのだろうか、と思った。
 サイラスとの取り引きで、自分のことはどうにもならなかった、というのはわかる。
 が、ザカリーのことは大事にできたはずだ。
 
「ザカリーに話した、正当な理由がおありか?」
 
 憤りを隠さず、父を問いただした。
 父がユージーンの目を見つめ、静かに言う。
 
「余が、あれの父であったことはないのでな」
 
 ユージーンは、確かに国王の息子だった。
 そのひと言で、悟っている。
 ザカリーが誰の子であるのかを。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆

ナユタ
恋愛
十歳の誕生日のプレゼントでショッキングな前世を知り、 パニックを起こして寝込んだ田舎貴族の娘ルシア・リンクス。 一度は今世の幸せを享受しようと割りきったものの、前世の記憶が甦ったことである心残りが発生する。 それはここがドハマりした乙女ゲームの世界であり、 究極不人気、どのルートでも死にエンド不可避だった、 自身の狂おしい推し(悪役噛ませ犬)が実在するという事実だった。 ヒロインに愛されないと彼は死ぬ。タイムリミットは学園生活の三年間!? これはゲームに全く噛まないはずのモブ令嬢が推しメンを幸せにする為の奮闘記。 ★のマークのお話は推しメン視点でお送りします。

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。

放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ
恋愛
公爵令嬢のシェルニティは、両親からも夫からも、ほとんど「いない者」扱い。 彼女は、右頬に大きな痣があり、外見重視の貴族には受け入れてもらえずにいた。 夫が側室を迎えた日、自分が「不要な存在」だと気づき、彼女は滝に身を投げる。 が、気づけば、見知らぬ男性に抱きかかえられ、死にきれないまま彼の家に。 その後、屋敷に戻るも、彼と会う日が続く中、突然、夫に婚姻解消を申し立てられる。 審議の場で「不義」の汚名を着せられかけた時、現れたのは、彼だった! 「いけないねえ。当事者を、1人、忘れて審議を開いてしまうなんて」 ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_8 他サイトでも掲載しています。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

処理中です...