152 / 304
第2章 黒い風と金のいと
白いまなざし朝ご飯 4
しおりを挟む「ここは、宰相の別宅だな」
王太子を連れ、彼は息子の別宅の、その裏庭にいる。
ここを選んだのは、魔力感知をしにくくしているからだ。
まったくできないというわけではない。
が、目立たないようにしてあった。
グレイが即移痕を使い、自身の魔力を紛れさせたのと同じ理屈だ。
適当に、魔力を散らしてある。
魔術師なら、それに気づくところだけれども。
「宰相に……話すのか?」
王太子は魔力感知ができない。
そのため、ここに来たことの意味を取り違えている。
彼の息子に、夢の話をすると思っているらしい。
嫌そうに顔をしかめていた。
「ザックには話さないよ。きみからも、何も言わないがいいね」
夢とはいえ、レティシアを好き勝手にしていたのだ。
彼の息子は、間違いなく、大層に激昂する。
彼とて、気分は悪い。
ただ、彼は魔術を知っているし、サイラスのことも知っている。
王太子は、いわば飛ばっちり。
もっとも、王太子がレティシアを早くに諦めていれば、夢見の術などかけられずにすんでいたはずだ。
ただ、王太子自身の願望が、どれだけささやかなものであるかにも、彼は気づいている。
夢見の術は、かかりは悪いが、かからないわけではない。
とりわけ、王太子のように己を中心に物事を考える性格であれば、百人に1人になっていても、おかしくはなかった。
とても都合良く、夢はできていただろうから。
にもかかわらず、かからなかった。
つまり、夢と本来の願望とが乖離し過ぎていた、ということ。
「では、なぜここに?」
(そりゃ、お前の部屋に近いからじゃねーか。途中で、ぶっ倒れられちゃ、こっちが迷惑すんだよ)
「む。お前、姿を消していても話せるのか」
(あのなぁ。姿が見えねーからって、いないわけじゃねーぞ)
「それも、そうだな」
王太子が、ジークをどう認識しているのか、彼には、よくわからない。
驚くでも慌てるでもなく、彼に問い質すわけでもなく。
まるで知己のように話している。
彼が「きみ」と呼んだ際には、嫌そうな顔をしたのに、ジークが「お前」と呼んでも、平気な顔だ。
無礼とは感じていないらしい。
(血は争えない、ということなのだろうね)
王太子の父、現国王を彼は少しだけ知っている。
王宮を辞そうとするたび、引き留めに来たからだ。
時には、屋敷まで足を運ぶことすらあった。
だからといって、彼の心は動かなかったが、彼の妻の心には響いたのだ。
そのため、彼は妻が亡くなるまで王宮勤めをしている。
彼が、どんな軽口を叩こうと、国王は「無礼」だと怒ったことはない。
審議の席、人前ですら、建前上の叱責すらしなかった。
2人の姿を眺めていた彼のほうに、王太子が向き直る。
「そうだ、大公。次からは、もう少し分かり易く忠告をくれぬか」
「あれほど、分かり易いものもなかったと思うがね」
王太子に必要なのは、サイラスから離れることだった。
とはいえ、サイラスは始終べったりと張り付いている。
なにしろ命綱なのだから、離すはずがない。
王太子自らが離れようとしない限り、離れられなかっただろう。
彼は、少しだけ、その後押しをしただけだ。
「それに、次があるとは思わないことだ」
ぴしゃりと言い捨てる。
レティシアのことがあったから、彼は忠告をしたに過ぎなかった。
王太子のためではない。
勘違いされて頼られるのは、はなはだ迷惑だった。
ただでさえ、王宮とは関わり合いになりたくないと思っている。
(サイラスは、私からレティを取り上げようとした。それと同じことを、こちらもしたまでさ)
湖で、王太子に会い、話したことで、彼は確信していた。
サイラスは、王太子の「本当のところ」を知らずにいる。
彼の脅威に晒され、それでもなお王太子は「サイラスを信じている」と言った。
ある種、命懸けで「信頼」を示してみせたのだ。
そこまで王太子に信頼されていることを、サイラスは考えに入れていない。
王太子は、再び命懸けで屋敷に転移してきている。
サイラスを信じるためだったに違いない。
彼は、どこまでも王族なのだ。
どれほど道を歪められようと、自身の思うまっすぐな道に整えようとする。
それが心であっても、我の通しかたは変わらない。
対して、サイラスは王太子を都合のいい人形としか思わずにいる。
だからこそ、あろうことか「夢見の術」など使った。
今後、王太子は否応なくサイラスを疑うことになる。
己の命綱を、自らの手で断ち切ったも同然だ。
なにしろ、人心を操る魔術はないのだから。
(さっさと帰れよ。見つかんねーうちにサ)
「わかっている」
王太子は、少しだけ目を伏せ、それから姿を消した。
自分の部屋に転移したのだろう。
彼は、王宮のほうへ意識を向ける。
騒ぎになっている様子はなかった。
(王族ってのは、みんな、あんなふうなのか?)
「そうとも言い切れないがね。彼は父親に似ているよ」
(ふーん。あんなのでも国王になれんだな)
「あんなのでも、王族の直系男子だからねえ」
(血にこだわるってのが、俺にはよくわかんねーや)
ジークが、いかにも興味がなさそうに言う。
彼も、自身の血以外については、たいして興味はない。
というより、血に含まれる疎ましい力がなければ気に留めずにいられた。
身分というものも、生まれながらの血によって与えられる。
が、彼の妻がそうであったように、その流れを変えることはできた。
さりとて、彼や王太子の場合は、流れを変えることはできない。
人ならざる力、魔力を与える力。
そこに、ずっと縛られ続けるのだ。
自分だけではなく、血を引き継ぐ者にさえ、その縛りを強要する。
大きな力は、持つ者から「何か」を奪うものでもあった。
心とか、自由とか。
(待った甲斐があったってトコだろ?)
「どうかな」
(よく言うぜ)
ふふん、とジークが鼻で笑う。
彼は、少し苦笑いをもらした。
「本当に、これはサイラスの、せっかちのおかげなのだよ。私は、ほとんど何もしていない」
レティシアが、人ならざる部分を持つ自分を受け入れてくれたことも。
王太子の並々ならぬサイラスに対する信頼も。
彼が仕組んだわけではない。
すべては、偶然の折り重ねによる。
サイラスが画策しても、結局のところ「偶然」のほうが強かったのだ。
どんなに予定を立てようが結果が出るまでは「未定」だと、彼は思っている。
戦争時、8ヶ月も続けてきた予定が、一瞬で崩れたからだ。
(にしても、サイラスは、なんでアンタにかまってほしがるんだ?)
「それが、わからないのだよ。彼に悪さをした覚えはないのだがね」
サイラスが彼に「粘着」してくるほど、彼はサイラスに関心がなかった。
魔術を使う者という以外に、接点もない。
それでも、サイラスが自分を怒らせたがっているのは感じている。
「本当に、何がしたいのだか」
(魔術の腕比べとかじゃねーの?」
「それなら、私の寿命が尽きる前にと、せっかちになるのもわかる」
(死んじまったら遊べねーからな)
彼は、軽く肩をすくめた。
黙って待っていれば王太子は即位し、サイラスは魔術師長になっていたのだ。
どうせサイラスのことだから、魔力分配などする気はないだろう。
魔力を独り占めして「大きな事」をやらかそうと考えていたに違いない。
けれど、その「待て」が、サイラスにはできなかった。
理由が、ジークの言う通りなら、とてもくだらないと思う。
「私より碌でもないね」
彼には善悪もないし、国の存亡もどうでもいい。
いつでも基準は、たったひとつ。
だから、サイラスの矛盾した2つの選択肢には思い至らなかった。
(あいつが、ぽっくり逝ってくれりゃ丸くおさまるのにサ)
あいつ、というのはサイラスではなく王太子のことだろうけれど。
彼は小さく笑う。
「ジーク。思ってもいないことを言うものではないよ」
返事がないのが返事。
それが2人の間の暗黙の了解。
王太子に対するジークの認識に変化があったと、彼は気づいている。
「帰るとしよう。私の愛しい孫娘が待っている」
0
お気に入りに追加
307
あなたにおすすめの小説
猫に生まれ変わったら憧れの上司に飼われることになりました
西羽咲 花月
恋愛
子猫を助けるために横断歩道へ飛び出してしまった主人公
目が覚めたらなぜか自分が猫になっていて!?
憧れのあの人に拾われて飼われることになっちゃった!?
「みゃあみゃあ」
「みゃあみゃあ鳴くから、お前は今日からミーコだな」
なんて言って優しくなでられたらもう……!
【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。
Knight―― 純白の堕天使 ――
星蘭
ファンタジー
イリュジア王国を守るディアロ城騎士団に所属する勇ましい騎士、フィア。
容姿端麗、勇猛果敢なディアロ城城勤騎士。
彼にはある、秘密があって……――
そんな彼と仲間の絆の物語。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆
ナユタ
恋愛
十歳の誕生日のプレゼントでショッキングな前世を知り、
パニックを起こして寝込んだ田舎貴族の娘ルシア・リンクス。
一度は今世の幸せを享受しようと割りきったものの、前世の記憶が甦ったことである心残りが発生する。
それはここがドハマりした乙女ゲームの世界であり、
究極不人気、どのルートでも死にエンド不可避だった、
自身の狂おしい推し(悪役噛ませ犬)が実在するという事実だった。
ヒロインに愛されないと彼は死ぬ。タイムリミットは学園生活の三年間!?
これはゲームに全く噛まないはずのモブ令嬢が推しメンを幸せにする為の奮闘記。
★のマークのお話は推しメン視点でお送りします。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢
たつみ
恋愛
公爵令嬢のサマンサは、間近に迫った婚約を破談にすべく、ある屋敷を訪れる。
話してみると、その屋敷の主は、思っていたよりも、冷酷な人でなしだった。
だが、彼女に選ぶ道はなく、彼と「特別な客人(愛妾)」になる契約を結ぶことに。
彼女の差し出せる対価は「彼の駒となる」彼女自身の存在のみ。
それを伝えた彼女に、彼が言った。
「それは、ベッドでのことも含まれているのかな?」
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
R-Kingdom_5
他サイトでも掲載しています。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる