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第2章 黒い風と金のいと

目減りしない愛 1

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「えっ?! マジでっ?!」
「マジです! レティシア様!」
 
 サリーの言葉に、レティシアは呆然とする。
 今朝1番の大ニュースだ。
 屋敷中が、ざわついていた。
 喜んでいいのかは、イマイチ微妙なところなのだけれど。
 
(でも……それなら、グレイ、助かるよね……)
 
 人の死は悼むものであって、祝うことではない。
 そう思いはすれど、レティシアの胸は嫌でも高鳴ってしまう。
 もとより、ラペル公爵家の人たちのことは知らないのだ。
 知らない人たちのことより、身内のほうが大事に思えるのはしかたがない。
 
「こう言っちゃなんだけど……自死なら、しょうがねぇよな? こっちはなんにもしてねぇんだからさ」
 
 テオの言葉に、周囲も同調している。
 レティシアも、ついうなずいてしまった。
 そう、ラペル公爵と三男が自死をしたのだ。
 当事者2人が死んでしまったので、私戦は収束する、らしい。
 未だグレイは見つからずにいる。
 どこかに潜んでいるには違いないのだけれど。
 
「グレイも知ってるかな?」
「彼は……それなりに優秀ですから、すぐに気づくでしょう」
 
 サリーも、どこか嬉しそうにしながらグレイを皮肉っていた。
 知らない相手ではあるが、人の死を喜ぶなんて、と心の隅で、また思う。
 が、結局のところ、やはり知らない相手となると、どうしたって他人事たにんごとに思えるのだ。
 彼らにも悼む人がいるとわかっていても。
 
「早く戻れるように、私からお祖父さまとお父さまに頼んでみるよ」
「戻ってきたら、ホウキの柄で殴ってやります」
 
 そんなことを言いつつも、サリーの目には薄く涙が滲んでいる。
 少しもらい泣きしそうになった。
 
(好きな人がそばにいないのは、寂しいもんね。それに、毎日、死んでるかもしれないって思いながら過ごすのは、つら過ぎるよ)
 
 久方ぶりに、屋敷の中が明るくなっている。
 みんな、グレイの帰還を待っているのだ。
 レティシアは、早く祖父や父に、グレイのことを頼みたくなる。
 再雇用は、それほど難しくなさそうだった。
 サリーから「私戦が収束したので問題ない」と聞いている。
 
 そもそも私戦は、貴族同士の諍いで、合法だ。
 王宮も口出しはして来ない。
 つまり、とがめを受けない、ということでもある。
 咎がないなら罰もない。
 グレイが命を狙われなくなった、というだけの話だった。
 私戦が収束した時点で、当事者ではなくなっている。
 屋敷に戻っても、誰にも迷惑はかからないのだ。
 
「私、新しい執事がきたら、どうしようかって思ってたのよね」
 
 アリシアが、ホッとしたように、そう言う。
 今回の件に関わった3人は、見るからに安堵していた。
 ジョーも久しぶりに笑っている。
 自分が市場いちばに行きたいなんて言わなければ、と相当に悔やんでいたそうだ。
 誰もジョーを責めたりしなかったが、ジョー自身が己を責めていたのだろう。
 あれからずっとジョーの顔に笑みはなかった。
 
(私も……うまく笑えなかったもんなぁ。グレイ、どうしてるかなって思うと、笑う気分じゃなかったし……)
 
 祖父に対しても、素直に甘えることができなくなっていた。
 頭の端に、祖父がグレイを切り捨てたのだという思いが、引っかかっていたからだ。
 祖父を信じたいと思う。
 が、同じ心で、納得しきれず反発している。
 そんなふうだった。
 
 いつも正しい答えをくれる、そう信じてきたので、よけいに納得できなかったのかもしれない。
 なぜ、もっとより正しい答えをくれないのかと、責めていた気がする。
 期待の大きさ分だけ、失望も大きい。
 
(お祖父さまも……グレイを呼び戻すことに賛成してくれるよね……)
 
 1度は切り捨てたとはいえ、グレイに非はないのだ。
 公爵家にも、祖母の実家にも迷惑はかからないのだから。
 
(……セシエヴィル子爵家かぁ。お祖父さま、全然、話してくれなかったから、お祖母さまに実家があるなんて知らなかったよ……)
 
 それも、少しだけ引っかかっている。
 祖父が祖母を愛しているのは、わかっていた。
 その実家と、事を構えたくない気持ちも、わからなくはない。
 が、レティシアにしてみれば、ラペル公爵家と同じくらい、知らない人たちだ。
 聞いたこともなかったし、会ったこともなく、この件がなければ、ずっと知らずにいたかもしれない。
 祖父は、あれほど愛していた祖母の実家に、自分を連れて行こうとは思わなかったのだろうか。
 
(お祖母さまのことを思い出すのがつらくて……? でもさ、薔薇の話をした時は、そんな感じじゃなかったじゃん……)
 
 祖母の話をしていた際の、祖父の顔を思い出す。
 とても嬉しそうで、楽しげだった。
 悲しいとか寂しいとかいう雰囲気すらなかったのだ。
 
 1人で故人をしのぶのは寂しいものだが、誰かに話していると、身近にその人がいるような気持ちになれる。
 あの暗闇の中で、レティシアは、祖父に、前の世界の両親はああだった、こうだった、こんなふうなだったと、話をしている。
 その時に、そういう気持ちになれた。
 だから、祖父も、似た気持ちになっていると思っていたのだけれど。
 
(なんで、話してくれなかったんだろ……聞いちゃいけないことなのかな)
 
 前の世界とは違い、この世界は「貴族的」社会だ。
 貴族同士の揉め事が荒っぽいことも、今回のことで思い知っている。
 ローエルハイド公爵家は下位貴族を持たない。
 それが、なんらかの原因になっているのかもしれない、と思った。
 祖母の実家でありながら、公爵家とは無関係とされること。
 前の世界の社会体制に馴染んでいるレティシアは、違和感をおぼえずにはいられない。
 
(遠縁でも、身内は身内じゃないの? 下位貴族じゃなかったら、つきあいNGってわけでもないよね。夜会で、お祖父さま、フツーに、ほかの公爵家の人たちと話してたもん……)
 
 こんな時こそ、グレイがいたら、と感じる。
 サリーと2人ぼっちの勉強会でも、2人して頭を悩ませることだってあった。
 サリーも「グレイがいたら」と思っていたのは、わかっている。
 なんでも知っていて、ぽんぽんと答えてくれるグレイがいないので、わからないことだらけだ。
 
(グレイが帰ってきたら、聞いてみよう。お祖父さまには聞きづらいし……)
 
 こんなふうに、祖父に隠し事みたいなことができるのは嫌だと思う。
 が、今回のことが尾を引いていて、なんとなく「なんでも」は、話せない気持ちになっていた。
 
(私が、どう思ってるかなんて、お祖父さま、絶対にわかってるよね……でも、なんにも言わないんだ……)
 
 急に、ひどく寂しくなってくる。
 祖父は、いつも通りに過ぎて。
 
(私……すんごい我儘になってる……お祖父さまに、ああしてほしい、こうしてほしいって思ってばっかりだよ)
 
 グレイを切り捨てずにすむ手立てを取ってほしかった。
 祖母の実家の話をしてほしかった。
 自分の気持ちを聞いてほしかった。
 
 たくさんの「ほしかった」が、心に溢れている。
 祖父は、レティシアにとって、完全無欠な理想の男性だから。
 
 さりとて、よくよく考えれば、そんなのは単なる我儘に過ぎない。
 理想と現実は違うのだ。
 それくらいは、レティシアにもわかっている。
 多少、理想とズレていたとしても、たいていの場合、現実を受け入れられないなんてことは、今までにはなかった。
 そりゃそうだよね、で片づけてきたのだ。
 
「レティシア様」
 
 サリーに声をかけられ、ハッとする。
 いったん、心のモヤモヤは棚上げにした。
 サリーが少し不安そうな顔をしていたからだ。
 
「どしたの?」
 
 グレイに、何かあったのだろうかと、レティシアも不安になる。
 が、サリーは、まったく予想外のことを告げた。
 
「王宮から使いが来ております」
「王宮から? 私に?」
「はい。レティシア様にお報せすることがあると申しておりますが、いかがいたしましょう」
 
 よくわからないが、自分を訪ねてきたのだから、会わずにすませることはできない。
 王子様の使いなら、蹴飛ばして追い返すまでだ。
 もしかすると、王子様は関係なくて、グレイの件かもしれないし。
 
「いいよ、サリー。とりあえず聞いてみる」
 
 小さくうなずいて、レティシアは玄関ホールに向かった。
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