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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

とらわれの地下室 2

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 頭が、ぼんやりとしている。
 視界も、まだはっきりとはしていなかった。
 これが何かをグレイは知っている。
 
即移そくいか……くそ……っ……)
 
 両手を床につき、体を起こそうとするが、腕に力が入らない。
 それでも、グレイが早々に意識を取り戻せたのは、魔力に対する耐性があったからだ。
 魔術騎士として大公に渋々ながらも受け入れてもらえたのも、この耐性の高さゆえだった。
 
 魔術を使える者は、現状、この国にしか存在しない。
 24年前の戦争時も、そうであったからこそ戦争をしかけてきた隣国は、なすすべを持たなかった。
 とはいえ、魔術師や魔術騎士がいれば勝てたかと言えば、そんなことはない。
 
 確かに魔術というのは攻撃能力が高いため、強力な武器にはなり得る。
 それでも、総合的な戦力が最後には、ものをいうのだ。
 兵の数、兵站へいたんの量、武器の強さや練度、統率性など、総合力で上回ったほうが勝つ。
 
 実際、あの戦争の際、自軍は総勢5万程度。
 対して、敵軍は数十万と、何倍も多かった。
 その上、敵国と隣接している地域は貧しい土地で、ろくに食料も集められない状況だったのだ。
 
 馬車で2時間ほど行けば豊かな領地はあったが、戦いの真っ只中、悠長に馬車に揺られての行き来など望めるわけもない。
 本来であれば、物資を運ぶのも困難なことだった。
 
 いくら魔術師や魔術騎士が応戦しようと、少ない兵站で体力を奪われた上、数で攻められれば、当然に押し切られる。
 単純な計算でも、相手は1人の魔術師に十数人ががりで攻撃できるのだ。
 
 近接のみでの攻撃ならば、遠距離に特化した魔術で事前に対抗できるが、相手もまた飛び道具など遠距離から仕掛けてくる。
 そうなると、少しずつ戦力を削り取られ、気づけばジリ貧という事態になっていただろう。
 
 数に勝る敵は、魔術師の存在など恐れてはいなかった。
 大公がいなければ、確実にあの戦争では負けていたに違いない。
 その大公が魔術騎士の隊を編成する折、最優先したのが魔力耐性だったのだ。
 グレイの頭に、当時の記憶がよぎる。
 
 大公の絶対防御の範囲は広かったが、その外にある村が襲われることもあり、そういう場所を魔術騎士が守っていた。
 彼は、魔術騎士をまるでチェスの駒のごとく、ひょいひょいと動かした。
 
 怪我をした者の側に治癒が得意な者を、攻撃にのみ特化した者が押されている時には防御に特化した者を、といった具合に転移させる。
 おそらく遠眼鏡とおめがねで戦況を常にていたのだろう。
 
 ある程度の魔力のある者であれば、自分で転移ができる。
 が、他者に「転移」をかけられると、術者の魔力の影響を少なからず受けずにはいられないのだ。
 耐性がまったくない場合、移動する距離によっては、たちまち意識を失う。
 
 おそらく大公は、隊の編成時にはすでに、彼自身が部下たちに魔術をかけることも視野に入れていたのに違いない。
 だから、魔力耐性にこだわったのだ。
 
 が、通常の転移とは違い、強制的な「即移」は受ける者の負担が大きく、すぐに意識を取り戻せただけでも、グレイの魔力耐性の高さがわかるほどだった。
 ようやく鮮明になってきた視界の中に、サリーの姿を見つける。
 
「サリー……」
 
 重い体を引きずるようにして、サリーの近くまで這った。
 サリーには魔力はあるが、耐性はほとんどない。
 完全に意識を失っているようだ。
 サリーへと声をかけながら、辺りを観察した。
 
 周囲は、すべて石を積み上げられて出来ている。
 天井も床も壁も、隙間や窓はない。
 空気の感覚からすると、地下だろうと判断した。
 
 扉はひとつだけ。
 鉄でできていて、とても頑丈そうだ。
 
(鍵穴はない、か……握りもないということは……魔術開閉式だな……)
 
 鍵も把手とってもないのだから、それしか考えられない。
 王宮魔術師たちの住居ではめずらしくないのだが、グレイは、ここが王宮内だとは思っていなかった。
 魔術騎士をしていた頃は、グレイも王宮内に住んでいたからだ。
 
 幼かったというのもあるが、通常、魔力のある者は王宮内にめ置かれる。
 例外は、大公だけだ。
 彼は、毎日、妻のいる屋敷に帰り、妻のいる屋敷から王宮に通っていた。
 
 『妻との時間を削ってまで、王宮勤めをしたいとは思わないね』
 
 なぜ王宮に住まないのかと聞いたグレイに、大公はそう言っている。
 口調は軽く、当時の彼は今よりもずっと陽気だった。
 今だってユーモアの持ち主ではあるが、戦前にあった雰囲気とは異なる。
 
 あの戦争と妻の死が、大公の「何か」を変えてしまったのだ。
 けれど、レティシアと一緒にいる時だけは違う。
 昔の陽気さを取り戻しているように見えた。
 
「サリー……っ……」
 
 サリーの肩を掴み、魔力を流し込む。
 治癒の魔術は使えなくても、気付けぐらいにはなるのだ。
 サリーが、小さくうめき声を上げる。
 すぐに薄く目を開いた。
 
「……グレイ……? ここは……」
「どこかはわからないが、即移させられたようだ」
「即移……」
 
 言葉を理解するのと並行するように、サリーの目が見開かれる。
 即移は通常の転移とは違い「強制」を伴うと知っているからだろう。
 瞬間的に、意思を歪められるため、他者の魔力の影響を強く受けるのだ。
 
 通常の転移では、魔術をかける側に、かけられる側が意思を委ねているため、即移のような大きな影響は受けない。
 
 簡単な話、自分で馬車に乗りこむのと、無理に乗せられるのとでは、乗る者の負担に大きな差が出る、ということ。
 自分で乗るのなら目的もわかるし、暴れたりもしない。
 が、強制ともなれば目的も不明、暴れて怪我をするかもしれない。
 即移は、完全に後者だった。
 
「おそらくレティシア様をさらうための即移に、私たちは巻き込まれたんだろう」
 
 サリーが、ハッとしたように身を固くする。
 それから起き上がろうとした。
 グレイはサリーの背に手をあて、それを制する。
 
「誰が……というのは見当がついているにしても、少し様子を見るんだ」
「そんな悠長な!」
「大きな声を出すもんじゃない。誰に見張られているか、わからないんだぞ」
 
 小声で言うグレイに、サリーは不満げではあったが、口を閉じた。
 少なくとも、グレイは戦うということに経験を持っている。
 わかっているから、任せることにしたのだろう。
 サリーは意思の弱い女性ではない。
 だが、いつも正しい判断をする。
 
「それに、ここは……なんだか様子が変だ」
「変って……?」
 
 サリーも小声で答えながら、視線だけで周囲を見回していた。
 石造りに鉄扉がひとつ、というだけなら変というほどでもない。
 地下牢としては、めずらしくないからだ。
 それだけではないから、変だと感じている。
 
「さっき、きみに魔力を流したんだが……」
「まさか……戻らないの……?」
 
 サリーの問いに、グレイは顔をしかめて、うなずいた。
 グレイの言葉をサリーは理解しているに違いない。
 瞳に不安を漂わせている。
 
 グレイは元魔術騎士であり、王宮からの魔力分配はない。
 代わりに、大公から魔力を分配されている。
 大公がどのくらいの魔力量なのかは知らないが、グレイの魔力が減れば減っただけ、すぐさま元に戻してくれる。
 それが戻らないということは。
 
 大公は自分たちの居場所を認識できていない。
 
 飛ばされてから、それなりに時間が経っているのに、未だ彼が姿を現さないことも、それを裏付けていた。
 ここにレティシアが捕らわれているのは間違いない。
 だが、大公はそれを認識できておらず、しかも報せるすべもないのだ。
 
「中で魔術を使うことはできるようだが、外に出すことは、できそうにない」
「そうなの?」
早言葉はやことばが効かなかった。外に魔術の類を出さないような、魔力を疎外する構造になっているんだろう」
「なんてこと……そんな場所があったなんて……」
 
 サリーの言葉に、グレイは記憶を手繰ってみる。
 ここがどこなのか、わかっておくことは必要だ。
 グレイの頭には、王宮だけではなく、ありとあらゆる領主の持ち城の内部地図が入っている。
 レティシアを探すためにも、探し出したあと逃げるためにも、思い出さなければならない。
 有能執事には、知らない、わからないは通用しないのだ。
 
「……わかった……エッテルハイムの城だ」
「…………それって……」
「ああ。かつて魔力持ちの隔離施設として造られた城だよ」
 
 道理で、中で魔術は使えても外には出せないはずだ、と思う。
 外にいる者たちの安全確保のためのおり
 それが、この城の建てられた理由なのだ。
 
 隔離した者たちが、中で暴れようと殺し合おうと、誰も関知しない。
 外に魔力や魔術の影響が出さえしなければ、それでよかったのだろう。
 
 面倒な場所に連れて来られたと思うグレイの耳に、扉が軋む音が聞こえた。
 サリーに目で合図をして、倒れているフリをする。
 誰を相手にしなければならないのかを明確にするためだ。
 
 首謀者の見当はついていても「あいつ」自身が姿を現すとは思えない。
 扉が細く開かれる。
 その向こうで話している2人の姿が、見えた。
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