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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

副魔術師長の腹の中 3

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 夕食の席には、結奈を入れて4人がついている。
 久しぶりに両親が屋敷に帰っていた。
 
(本当に悪いコトしちゃった。あの時は、そんなに大事になるとは思わなかったんだよなぁ。正妃だよ? 結婚だよ? 嫌なら断るに決まってるじゃん。辞退する者はいるか?なんて聞くなっての。そんなの建前で言うことじゃないよ)
 
 この半月の間に、結奈もあれこれと学んだのだ。
 多くは祖父のことについてだが、中には「貴族社会」や「王族」についてのものも含まれている。
 文献に書いてあることで、結奈が「珍妙」としか思えないような事柄を、さりげなくグレイやサリーに「確認」した。
 
 ここでは結奈も貴族令嬢として暮らしている。
 あまり知らなさ過ぎるのも怪しい。
 知ったからといって、そのように生きようとは思っていないけれど。
 
「お母さまって、ホント、美人だよね。堂々としてるし、華があるし」
 
 母、フランチェスカ・ローエルハイドは、マギーより少し濃い程度の、淡い金色の長い髪を、きれいに結い上げていた。
 いかにも貴族夫人といったふうだが、少しも嫌味な感じがしない。
 濃い緑の瞳は、深い森を感じさせる。
 静かなのに生命力があり、かつ、なんとなく自分をつつんでくれるような。
 
(森林浴が気持ちいいっていうのと似てる……って言うのも、おかしいか)
 
 母の目を見ていると、自分まで優しくなれそうな気がした。
 堂々としていて華がある割りに、女主人然とはしていないのだ。
 
「お父さま、よくお母さまをゲットできたね」
「げっと……?」
「口説き落とせたねってことだよ」
 
 とたん、意味を理解したらしき父が口ごもる。
 結奈の隣で祖父が笑った。
 
「最初、ザックはフラニーに興味がなくてね」
「えっ? そうなの? こんな美人にっ?!」
 
 母も軽やかに笑う。
 とても品のある笑いかただった。
 
「そうなのよね。こんな美人に、この人はまったく興味がなかったみたい」
「……フラニー……そのことは、何度も話しただろう?」
 
 父は、すっかりしょげた犬のようになっている。
 耳も尻尾も、ぺたんと倒れているように見えた。
 
「それなら、なんでこうなったの?」
 
 2人が愛し愛される仲なのは、はっきりしている。
 きっと今でも「ラブラブ」に違いない。
 お互いを見る瞳がとても優しいからだ。
 
「私が興味のなかったフラニーは社交界でのフラニーなんだよ」
「土まみれになって庭仕事をしている私のほうが魅力的だなんて、最初は頭がどうかしているのかと思ったわ」
 
 偶然、父は母の屋敷の前を通りかかり、そこで庭仕事をしている母を見かけて、恋に落ちたのだそうだ。
 その場で求婚をしたという話には、我が父ながら少し呆れた。
 当然、からかわれていると思った母は一刀両断。
 2人が結婚するまで1年以上が必要となったらしい。
 
「お父さま……それはあんまり見境がないというか、後先を考えなさ過ぎというか……恋にも順序ってものがあると思うんですケド」
「それはそうだが……貴族の令嬢というのは、いつ家同士の婚姻をさせられるかわからないんだ。フラニーが取られてしまうかも、と思うと焦るじゃないか」
「お母さまが簡単に政略結婚するとは思えないなぁ」
 
 母は、それほど意思の弱い女性ではないだろう。
 父からの求婚を1年以上も蹴飛ばし続けたことからも、それはわかる。
 
「そうよ、レティ。家同士の結びつきを強めるための婚姻は通例になっているけれど、義務ではないの。この国では、女性の婚姻に対する意思は絶対に曲げられないのだから、嫌なものは嫌だと言えばいいだけよ」
 
 結奈の言葉を簡単に理解したのか、さらりと母が、そう言った。
 言外に「正妃選びの儀」を辞退したことを肯定もしてくれている。
 祖父が言っていた「両親も喜んでいる」を、つくづくと実感した。
 
(設定上、私は両親やお祖父さまの反対を押し切ってまで、王宮に出かけてったんだっけ。なんで、そんなことしたのか、謎過ぎる……)
 
 3人は結奈に優しい。
 愛されているのが、よくわかる。
 もっと前から、この「夢」の中にいたなら、そもそも正妃選びの儀に行く気になどなっていなかっただろう。
 
 家族で過ごすほうが、よほど楽しい。
 
 それに、1度、王宮に入ると実家には帰れないという。
 たとえ親が亡くなっても、葬儀には「王族」として出席するのみ。
 
 グレイから聞いた時に「やっぱり正妃ムリ」と思ったものだ。
 王宮での生活はきっと窮屈なものに違いない。
 みんなと仲良くなってきたと感じているこの屋敷ですら、まだまだ結奈の「普通」とは合わないことが少なくなかった。
 
 この世界には、この世界としてのルールがある。
 そのルールの中で、みんなは暮らしている。
 わかっているから、すべてを結奈の「普通」に合わせようとは思っていないし、歩み寄りも必要だと思っている。
 が、王宮とは歩み寄れそうにもない。
 
(とくに、あの王子様とはね! ないない! 歩み寄るとか絶対ムリ!)
 
 しかも、王宮には、あの殺人鬼がいるのだ。
 さわらぬ殺人鬼に殺しなし。
 関わらないのが身のためだ。
 
 だいたい殺されたら目が覚めてしまう。
 そんなもったいないことは、今の結奈にはできない。
 現実に戻らなくてもいいと思えるほど、この「夢」が気に入っている。
 
「そういえば……お前は殿下が好みではなかった、と父上から聞いたが」
「うん、そう。全然、好みじゃなかった。びっくりするくらい感じ悪かった」
 
 ちょうど思い出していたところだったので、父の言葉にすらすら返せた。
 母は吹きだすのをこらえているようだ。
 祖父は相変わらず、にこにこしている。
 
「あの王子様の正妃になりたがる人があんなにいるなんて信じられないよ。だいたい側室とかさ。理由はわからなくもないけど、ハーレム思想って嫌いなんだよね。子供は愛の結晶! 妻は子供を作るための道具じゃないっての!」
 
 力説してから、ハッとなった。
 いくら身内だけだからと言って、かなり際どいことを強調してしまったのではなかろうか。
 結奈は不安になったが、3人の表情は穏やかだ。
 責める様子は見受けられない。
 
「私もレティの意見に賛成よ? この人がそういう思想の持ち主だったら、どんなに求婚されても承諾しなかったでしょうね」
 
 そうか、と思う。
 公爵家でありながら、ローエルハイド家には子供が1人しかいなかった。
 貴族社会での「世継ぎ」問題を重視するなら、側室がいてもおかしくない。
 現実での両親も仲が良かったが、ここの両親も同じ。
 
「愛だねえ」
 
 父を見て言う。
 少し照れたように笑う父親に胸が暖かくなった。
 
「お前はどうなのだい、レティ? 今まで聞いたことはなかったが、どんな男性が好みなのかな?」
 
 父に聞かれ、結奈はパッと祖父に視線を向けた。
 首を傾け、祖父が不思議そうな顔をする。
 
「お祖父さま! 私の好みは、お祖父さま!」
「え……私ではなく……?」
「うーん、お父さまも素敵だけど、やっぱりお祖父さまのほうが好み!」
 
 父が、がくっとうなだれた。
 祖父は嬉しそうに笑っている。
 
「あなた……お義父さまにかなうとでも思っているの?」
「わかってはいるが、娘にこうもはっきり言われると……」
「お父さまには、お母さまがいるじゃん。お母さまの好みはお父さまなんだから、がっかりすることないでしょ」
 
 しれっとそう言い、父のがっかりはスルーする。
 いろいろと祖父のことを知り、悲しかったりすることもあったけれど。
 
「だって、お祖父さま、すっごく素敵なんだもん!」
 
 強くてカッコ良くて、なにより優しい。
 ぽんと、頭に祖父の大きな手が乗せられた。
 
「悪いね、ザック。そういうことだから、私を超える男性が現れない限り、レティは嫁がせられないよ」
「……そんな者はいません」
「だよね! 私もそう思う!」
 
 肩を落としている父に対し、母は明るく上品に笑う。
 そして、父の背中をさすりつつ、言った。
 
「あなただって、本当は、いつまでもレティに、ここにいてほしいのでしょう?」
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