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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

正妃選びの儀 3

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 まったくおかしな夢だ。
 しかも現実感があり過ぎて居心地が悪いこと、この上もない。
 横に並んでいた女性たちが、黙って広間を出ていく。
 
(うわぁ~ぁ! 残すなら、あっち残せばいいのに! なんで私が残されなきゃなんないわけ?! 辞退したよ? したよねえ?!)
 
 辞退する者はいるかと聞かれたから辞退をした。
 なにも悪いことはしていない。
 なのに居残りさせられるなんて不条理だ。
 
 おかしい、絶対におかしい、と思う。
 逃げようか迷っている結奈の元に、王子様が近づいてきた。
 うっと、思わず声をあげそうになった。
 
(目ぇがぁ~ッ……目が痛い! キラッキラ過ぎて目が、いったいッ!)
 
 およそ日本では、そうそう遭遇することのないキラキラのパツキン男性。
 美形であっても結奈の好みではないので、ただただ目に痛いとしか思えずにいる。
 
「辞退とはどういうことか?」
「え……え~……と……です、ね……」
 
 好みじゃないんで。
 
 はっきりキッパリ正直に答えようとしたのだが、王子様の目があまりに冷たすぎて腰が引けた。
 ビビッた。
 
(なんか殺されそうだよね……殺人鬼並みに怖いんですケド……)
 
 王子様ということは、かなりの権力者であるはずだ。
 となると、怒らせるのは得策ではないかもしれない。
 
 たとえ夢でも好き好んで殺されたいはずもなし。
 
 かと言って、どう答えればいいのか、結奈は目を泳がせる。
 とたん、ギャッと叫びそうになった。
 王子様の後ろに控えている人物に目がとまったからだ。
 
(あいつだーッ! やっぱこれ、あの夢の別バージョンなんじゃん!!)
 
 結奈に無理難題を押しつけ、あげく毎度毎度、結奈の命を奪う殺人鬼。
 王子様の後ろにいるのは、髪の長さや目の色は違えど、顔つきは間違いなくあの殺人鬼だった。
 道理でおかしな流れであるはずだと、妙に納得してしまう。
 
 そして思った。
 
 今度こそ逃げきる。
 逃げきってみせる。
 戦いを挑んだりせず、別の選択肢を選ぶのだ。
 
「り、理由は……み、3つあります」
 
 王子様の目が、すうっと細められた。
 こちらもこちらで怖いけれど、後ろにいる奴よりはマシ。
 なんとか心を奮い立たせ、思考をフル回転させる。
 
「まず1つ目、私は王子様のことをよく知りません。よく知らない相手と結……婚姻関係を結んで、あとから相性が悪かったなどということになったら、お互い不幸になると思うんです。次に、私は愛し愛される婚姻を望んでいます。1人の夫に1人の妻でなければ嫌なんです。最後に……」
 
 結奈は、王子様の緑の瞳から視線をそらせ、うつむいた。
 1番肝心なところだ。
 間違うわけにはいかない。
 
「私は王妃になれる器ではありません。今日、集まっていた方々を見て、身のほどを知りました。私ではとても務まらないと」
 
 なにも嘘はついていなかった。
 3つの理由は、すべて本当のことでもある。
 
 ただ最も大きな理由である「好みではない」を、口にしなかっただけだ。
 
 王子様の視線を痛いほど感じる。
 なにを言われるかと、息を詰めて言葉を待った。
 
(もう逃げたい……このピラピラドレスまくって走って逃げたい……)
 
 後ろの奴が追いかけて来ないという保証があるのなら、とっくに逃げ出していただろう。
 けれど、今回は別バージョンでもあることだし、なんとか殺されずにすませたい。
 
 殺されて飛び起きるのは、本当に目覚めが悪いのだ。
 どんより憂鬱な気分になる。
 朝っぱらから短距離走でもしたみたいに動悸が激しいのも不快だし。
 
 やっぱり 今度こそ逃げきりたい。
 そう思って、一心不乱に床を見つめた。
 結奈の意思が伝わったのかはともかく、空気がふっと緩む。

「なるほど。わかった」

 なにをわかってもらえたのかは不明だけれど、納得してもらえたのならそれでよかった。
 ようやく詰めていた息を吐く。
 これで清々しい目覚めが約束されたも同然だ。
 結奈は、 ぺこりと頭を下げる。

「それでは、私はこれで失礼いたします」

 言うなり、邪魔なドレスの裾を掴んで、さっきの女性たちが向かった方向へ歩き出した。
 
(やったー! 今回は殺されずにすみそう! やれやれだよ、ホント)
 
 どのあたりで目が覚めることになるのだろう。
 
 早く目覚めることを願いながら、広間の大扉をくぐり抜ける。
 結奈はあまり外国に興味がない。
 そのためバロック調だのゴシック調だのといった建築様式も知らなかった。
 単純に「貴族っぽい」と思いつつ、赤絨毯の敷かれた広い廊下を歩く。
 
 夢だからいずれは目が覚めるだろうと、出口を探す気もなかった。
 それに廊下は1本道だ。
 両脇にいくつか扉があったが、入るつもりもない。
 ひたすらまっすぐ進んでいく。
 
「レティシア!」
 
 誰かの声がしたが当然、無視。
 妙なことに巻き込まれて、また殺されてはたまらない。
 せっかく逃げきれたのだから、このまま穏便に目覚めを待つのが得策だろう。
 
「レティシア!!」
 
 声が大きくなってくる。
 自然、結奈の足も速くなった。
 なんとなく追いかけられている気がしたからだ。
 
「レティッ!」
「うきッ!」
 
 思わず、サルのような声を出してしまった。
 同時に振り向いて、自分の腕がつかまれていることに気づく。
 つかんでいる手の先へと視線を動かした。
 少しだけホッとする。
 
(茶色……栗毛っていうんだっけ? あ、目も茶色だ)
 
 殺人鬼や王子様とは違って、暖かさを感じる瞳があった。
 気づかわしげな色はどこかで見たような、既視感がある。
 
「正妃選びの儀を辞退したというのは本当か?」
「え……あ、はい……うひ…っ」
 
 答えた瞬間、抱きしめられていた。
 結奈は日本人であり、ハグ文化とも無縁の生活。
 馴染めない感覚に置き所を見失い、両腕をぷらんぷらんさせる。
 
 どうしたものかと思う結奈の耳に、グスッという鼻をすする音が聞こえた。
 肩の揺れも感じる。
 
「……良かった……本当に良かった……お前の気が変わって……父は、お前の決断を心から喜んでいるよ」
 
 ああ、そうか。
 
 そう思った。
 さっきの既視感がなんだったのかに思いあたる。
 
(そっか……お父さんの目に似てたんだ……私が地元から離れた大学に進学するって決めた時の……心配してるって、目とおんなじ……)
 
 ちょっぴり胸が痛くなり、父だと言った男性の背中に、結奈はそろりと両手を回した。
 ハグ文化はなかったので本当の父親に抱きしめられたり、抱きしめたりしたのは幼い頃だけだったけれど。
 悪くないものだなと感じる。
 
「ずいぶんと皆で反対したのに、お前は頑として譲らなかったからね。まさか辞退するとは思わなかった」
 
 少し体を離し、父という男性がにっこりと微笑んだ。
 やわらかくて優しい笑みに、ほっこりする。
 
(反対してたんだ。まぁ、そりゃそうだよね。あんな王子様と結婚とかありえないもんなー。私が親でも反対するよ)
 
 横柄な態度に傲慢さが滲み出ている顔つき、極めつけの金髪を思い出した。
 うっかり、うえーと言いそうになるのを我慢する。
 
「そうと決まれば長居をする必要もないだろう。馬車を用意してあるから、屋敷に帰っていなさい。ああ、そこまで送ろう」
 
 まさに渡りに船。
 結奈は、夢の中の父親がいい人で良かったと思いながら寄り添って歩いた。
 
(にしても……めっちゃ若くない? このお父さん)
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