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ここがどこだかわかりません 2

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 5つ年上の兄の元に、ディーナリアスは来ている。
 国王の寝室だ。
 室内は静かで、人気ひとけもない。
 国王の側近である魔術師長もいなかった。
 
 国王であり、兄でもあるカルディサスとディーナリアスだけだ。
 ディーナリアスは、枕元にひざまずいている。
 顔色の悪い兄を、じっと見つめていた。
 この部屋には、特殊な仕掛けがほどこされている。
 カルディサスの病が治らないと結論づけられてからのことだ。
 
 刻印の術。
 
 そう呼ばれる、魔力を必要としない魔術のようなものが、かけられている。
 扉は赤く塗られ、見た目には趣味が悪い。
 が、効果が正しく発揮されているのが、わかる。
 この部屋は、魔力が疎外されているのだ。
 
(見事なものだ……これほどに、なにも感じられぬとは……)
 
 この部屋の中にいる限り、外との魔術的なやりとりは、いっさい不可能。
 外に対して魔力感知も行えないし、逆もまた然り。
 仮に、ディーナリアスがどこに出かけているのかを知らなければ、見つけることはできないだろう。
 
 同様に、中からも外からも、魔術でのやりとりはできない。
 リロイやサビナが、いかに優秀な魔術師であっても、ここにいるディーナリアスに、語り掛けられはしないのだ。
 刻印の術には、それだけの力がある。
 古い術式だからこそ、力の目的がひとつに絞られており、明確だからだ。
 
 破るのは簡単なのだが、ここは国王の寝室。
 意図的に掛けられている術式を解く者はいない。
 
 カルディサスの側近だった、イーサンが掛けたものだった。
 魔術師長は、基本的に、常に国王のかたわらにいる。
 誰よりも信頼するに足る忠誠心を持つ者を、国王が選ぶからだ。
 
 国王と魔術師長の結びつきは深い。
 国王の退位とともに、魔術師長は、その地位を失う。
 ともに国を支え、ともに去るのが慣例だった。
 さりとて、すでにイーサンはいない。
 
 カルディサスの元、というより、この世から去っている。
 カルディサスが病となったあと、刻印の術をかけ、イーサンは自死したのだ。
 その後、次の魔術師長が選任されていたが、ディーナリアスが即位するまでの「繋ぎ」として地位を与えられているだけだった。
 そのため、この部屋にもいない。
 
 ディーナリアスの高祖父ザカリー・ガルベリー以降の魔術師長は、良い死にかたをしていなかった。
 ほとんどは自死だが、中には忠誠心を捨て叛意はんいを持ち、裁かれた者もいる。
 たいていは、国王の退位が決まると、そういうことになってしまうのだ。
 
 理由をディーナリアスは、知っている。
 さりとて、リロイのことは、まったく心配していない。
 リロイは「非業の死」など遂げはしないだろう。
 
「ディーナリアス……」
 
 カルディサスが、弱々しい声で、ディーナリアスを呼ぶ。
 2人は、あまり似ていない。
 母が違うからか、母親似の兄とは異なる部分が多いのだ。
 赤味がかったふんわりとした髪に、栗色の瞳と、もとより華奢な体つき。
 カルディサスは、病になる前から、細身だった。
 
「準備は……整って、おるか……?」
「はい。なにもかも」
「……あと2ヶ月、持ちこたえねば……ならんな……」
「できれば、来年の春まで、持ち堪えていただきたいのですが」
 
 カルディサスが、細い声で笑う。
 病の進行を示すような覇気のなさだ。
 兄は、昔から病弱なところがあった。
 が、こんなに短い人生になるほどだとは思っていなかった。
 
「無茶を言うで、ない……婚姻の儀に座るだけで……よしと、せよ……」
「しかし、それでは、婚姻早々、嫁と喪に服すことになるではありませんか」
 
 ディーナリアスは、兄とは、親密なつきあいはなく過ごしてきている。
 王太子である兄と、第2王子であるディーナリアスとの間には、立場に、大きな開きがあったからだ。
 かかる責任の重さも違うし、けして、対等ではあり得なかった。
 
 顔を合わせることはあったが、気楽な兄弟のつきあいなどしたこともない。
 一緒に遊んだ記憶も、わずかだ。
 正直、オーウェンやサビナのほうが、よほど懇意だと言える。
 にもかかわらず、こうして話していると、やはり兄なのだ、と思っていた。
 
 国王としての役割を担うのが困難ならば、引き受けてもかまわない。
 けれど、退位後も生きていてほしかった。
 なんとなくだが、感じるところがあるのだ。
 
 兄は、退位すると、そのまま逝ってしまうのではないか。
 
 そんな気がする。
 少なくともイーサンの自死は、兄の弱った心に大きな打撃を与えたに違いない。
 
 国王の側近に、なにより求められるのは忠誠心だ。
 そのため、幼い頃から一緒に過ごし、信頼できる者を選ぶ傾向にある。
 兄にとって、十歳上だったイーサンは、友であり兄のような存在だった。
 あまりにも近くなり過ぎるのが、国王と魔術師長という関係の弊害なのだ。
 
「お前が、婚姻とは……想像できぬな……ずっと、逃げておったというに……」
「逃げていたのではありません。けていたのですよ」
「本意、ではない婚姻を……させる……」
「それが、そうでもないのです。今は一刻も早く婚姻したくてしかたありません」
 
 兄が病にならなければ、即位などとは無縁でいられた。
 即位を考えていなかったディーナリアスに、婚姻の意思がなかったのは事実だ。
 さりとて、兄に言った言葉は、今の彼にとっての本音。
 
「次は、嫁と一緒に来て、その仲睦まじさを、お見せしますよ」
「そうか……それは、良い」
 
 ディーナリアスは、兄の手を取る。
 細くて骨ばった手だった。
 
「ですから、我が嫁に、たちまちのうちに喪服など着せてもらっては困ります」
「善処……しよう……」
 
 兄が目を閉じる。
 ディーナリアスは、手を離して立ち上がった。
 わずかな会話でも疲れてしまうのだろう。
 耳を澄まさなければ聞こえないほどだが、寝息が聞こえる。
 
 文献を読んでいて知ったことがあった。
 ガルベリー1世の頃から、今に至るまで、何世代か毎に、短命の国王が現れる。
 それがなぜかは、まだわかっていない。
 血縁が濃かろうと薄かろうと関わりがないからだ。
 ディーナリアスが解明したいことの、ひとつでもある。
 
(魔術師の治癒でも治せぬ病、か……)
 
 ロズウェルドの英雄とうたわれた偉大な魔術師でさえ治せない病があったという。
 それが、ロズウェルドにのみ魔術師が存在している理由なのかもしれない。
 ディーナリアスの中にある仮説だ。
 けれど、裏付けるものは何もなく、根拠も明確にはできていなかった。
 漠然と感じているだけでは、なんの解決にもならない。
 
(兄上には……間に合わなかったが……これから先のために解明しておかねば)
 
 その病は、王族にだけ現れるものではないのだ。
 ディーナリアスは、とても真面目に文献漁りをしているのだった。
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