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ちっちゃな小鳥 3

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「やあ、私の可愛い小鳥」
 
 陽気に、セラフィーナへと声をかける。
 セラフィーナは目を真ん丸にしていた。
 それは当然に理解できる。
 
 ナルことオリヴァージュ・ガルベリーは、セラフィーナの元に歩み寄り、その肩を抱き寄せた。
 セラフィーナは、まだ目を丸くしたまま、彼を見上げてくる。
 その瞳を見つめ、いたずらっぽく笑ってみせた。
 
 セラフィーナの頭は、ハテナでいっぱいになっていることだろう。
 さりとて、ハテナを解消するのは、もうしばらく待ってもらうつもりだ。
 今はネイサンを「やっつけて」しまわなければならない。
 オリヴァージュは、言葉を失っているネイサンに視線を向ける。
 
「きみを驚かせてしまったかな?」
 
 声をかけられたことで、ネイサンが、ハッとした様子を見せた。
 王族であるオリヴァージュに挨拶もしていないと、気づいたに違いない。
 しかも、オリヴァージュを招待したのは、アドルーリットのほうなのだ。
 すぐに会釈をしてくる。
 
「オリヴァージュ殿下、いらしてくださって感謝いたします」
「別にかまわないさ。どの道、来る予定だったのでね」
「というと……あの……」
 
 ネイサンが、ちらっと視線をセラフィーナに投げた。
 オリヴァージュに肩を抱かれている姿に、改めて気づいたといったふうだ。
 
「ラフィは私の許婚いいなずけなのだよ」
「えっ?! で、ですが……彼女は……」
 
 己の正妻候補だと言いかけたのだろうが、オリヴァージュの手前、言葉を濁す。
 オリヴァージュは慌てることもなく、セラフィーナの肩を抱いていないほうの手を軽く上げてみせた。
 いかにも「やれやれ」といった様子で。
 
「ラフィは私以外を知らないものでね。婚姻前に、ちょいと駆け引きを楽しみたくなったのさ。この先、彼女を独り占めできるのだから、その程度は私も許さざるを得ないじゃないか」
「それは……はい……ええ……」
「きみだって彼女の遊びには、当然に気がついていたのだろう? 百戦錬磨のきみのことだ、わかっていて、つきあってくれたのではないかな?」
 
 ネイサンの額には汗が浮いている。
 おそらく周囲にも伝わっているだろう。
 ネイサンが、なにもわかっていなかったと。
 
「殿下の……仰る通りにございます。もちろん……私は、わかっておりました」
「そうだろうとも。きみが、このちっちゃな小鳥の羽ばたきに、気づかないはずはないさ」
「ええ、ええ。彼女に、私の妻になる気があるとは思いもしませんでした、殿下」
 
 ネイサンが取り繕っているのは見え見えだ。
 今まさに、ネイサンは大恥をかいていた。
 大勢の貴族の前で、無様をさらしている。
 貴族がなにより大事にしている体裁も保てない状態だ。
 
「わかるよ。だがね、彼女は私しか知らずにいたし、私相手に駆け引きをする必要なんてなかったものだから。慣れていないのは、しかたがないことなのだよ」
「理解しております。ですから、私も彼女の遊びに乗った次第で……」
「そりゃあ、きみに感謝だな、ネイサン!」
 
 オリヴァージュは、明るく言いながら笑う。
 ネイサンもつきあいで笑ってはいたが、顔が引き攣っていた。
 サロンで名を馳せている「チャラ男」とも思えない。
 
 冷や汗をかき、動揺に顔を青くしたり赤くしたり、情けない姿を見せている。
 周囲からの視線は、とても冷たい。
 ネイサンに対する評価はガタ落ちしているはずだ。
 
 とはいえ、ネイサンの評価になどまるきり興味はなかった。
 セラフィーナのほうへと顔を向ける。
 彼女は非難がましい視線をオリヴァージュにそそいでいた。
 なにやら詰問したそうな表情だったが、さすがに今ここで大声を上げることはできずにいるようだ。
 
 オリヴァージュは、それをいいことにする。
 セラフィーナの額に軽く口づけながら、いかにも親しげに振る舞った。
 
「遊びの邪魔をされて怒る気持ちはわかるけれどね。もう十分ではないかな? 私のちっちゃな可愛い小鳥」
「ナル……」
「そろそろ私の手の中に戻ってきてくれなくちゃあね」
 
 セラフィーナは怒っている。
 が、同じくらい戸惑ってもいる。
 わかっていたので、オリヴァージュは掛け値なしの「にっこり」をしてみせた。
 いよいよ、セラフィーナが戸惑うのが見てとれる。
 
「たとえ貴族的な遊びでも、きみがほかの男性と親しくするのは、どうにも、ね。自分の嫉妬心が嘆かわしいよ」
 
 言って、また額に口づけた。
 それからセラフィーナの肩を抱いていた手を移動させ、腰を抱き寄せる。
 まるで2人しかいないように、周りは静まり返っていた。
 ネイサンさえも黙っている。
 
「3ヶ月後に婚姻すると決まっていなければ、到底、耐えられはしなかった」
 
 瞬間、ざわっと周りに、ざわめきが広がった。
 そこここで、ひそひそ話が始まる。
 
 なにしろオリヴァージュは王族であり、王位継承第3位という立場だ。
 しかも、あまり表に顔を出すこともなく、婚姻の噂がたったことは1度もない。
 彼には婚姻する気がないと思っていた重臣たちも少なくないだろう。
 
「殿下……殿下と彼女は、本当に……」
 
 周囲のざわめきに、体裁を取り繕わなければと、ネイサンは焦っている。
 顔色を悪くしながらも、なんとかオリヴァージュに声をかけてきた。
 オリヴァージュは、再び、ネイサンに顔を向ける。
 
「私は、すぐにでも、と思っているのだがね。ああ、きみも知っての通り、式にはそれなりに準備が必要だろう? まぁ、3ヶ月待つくらいの忍耐力はあるさ」
「お2人のご婚姻に際して……こ、心からの祝福を……」
 
 ネイサンの言葉は途切れ途切れ。
 強い屈辱感から、まともに話せなくなっているに違いない。
 だが、ネイサンの自尊心やら自己顕示欲を吹き飛ばすためだけに、ここにいるのではないのだ。
 
 オリヴァージュは、セラフィーナの腰に回した手に力を込める。
 今にも、彼女がパッと身を翻して逃げそうな気配があったからだ。
 戸惑いから怒りに、彼女の感情の天秤は傾いている。
 ひどく刺々しい視線を向けられていた。
 が、しかし。
 
 セラフィーナを逃がす気はない。
 
 ネイサンをぺっちゃんこにするのは「もののついで」に過ぎなかった。
 最大の目的は、セラフィーナを捕まえることなのだ。
 瞳に怒りを漂わせている彼女に微笑みかける。
 
 実に、彼女は愛らしい。
 
 セラフィーナに罵倒されるのが楽しみだった。
 その時にこそ、怒りに満ちた瞳の中にあるチョコレートを溶かすのだから。
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