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頭痛に苦笑 4
しおりを挟む「昨日、お父さまが仰っておられた、側近というのは魔術師長のこと?」
「そうだよ、シェリー」
彼が、軽くうなずく。
2人で向かい合わせに座り、朝食を取っている。
シェルニティの座っているイスは、彼の手造りだ。
クッションはついていないけれど、彫刻が美しく、とても気に入っていた。
「確か、国王陛下が魔術師長に魔力を与えて、その魔力を魔術師長が、ほかの王宮魔術師に分配するのだったかしら?」
「きみは魔術に関しても博識だね」
「することがなかったから、本を読んでいたというだけよ」
シェルニティは、笑いながら答える。
自分を「博識」だなどと思ったことがないからだ。
部屋に閉じこもっていると、限られた行動しか取れない。
たいていは、本を読むばかりして、過ごしていた。
その中には、魔術関係のものもあり、歴史についても知識を得ている。
ロズウェルド王国には魔術師が存在していた。
その魔術師に、魔力を与えているのが国王だ。
国王は「与える者」と呼ばれている。
「魔術師長は、国王の最側近となる存在だ。魔術の腕よりも、忠誠心が問われる」
「優秀であれば魔術師長になれる、というわけではないのね」
「私が言えたものではないが、魔術師は危険な存在でもある。優秀であれば、なおさら注意が必要なのさ」
王宮魔術師は、国王との契約により、魔力が与えられるのだ。
ある意味、契約によって縛られていると言えた。
彼の言う「危険」を防ぐためだろう。
確かに、魔術師が己の力を、自らのために使い始めたら大変なことになる。
いくらロズウェルドが魔術師の国とはいえ、誰でも魔術を使えるわけではない。
シェルニティもそうだが、魔力顕現していない者のほうが多いのだ。
彼女は、危険な魔術師と遭遇したこともある。
魔術が危険だという彼の言葉に、実感があった。
「忠誠心の強いかたが魔術師長に選ばれるのに、歴代の魔術師長が、良い亡くなりかたをしていないのは、なぜかしら」
「忠誠心が強過ぎたからだろうな。平たく言えば、国王と仲良くし過ぎたのだよ」
「仲が良くてはいけないの?」
「国王が退位すると、魔術師長は不要になってしまうからね」
シェルニティは、以前の自分を思い出す。
屋敷でもどこでも、彼女は、いないも同然。
そんな自分を「不要な者」だと感じた。
だから、滝に身を投げ、自死をしようとしたのだけれども。
『誰かに必要とされるか否かで、自身の命を測ろうとしても、無駄ではないかな? そもそも、つり合いの取れる分銅がない』
シェルニティを助けた彼が言った言葉だ。
歴代の魔術師長には、そう言ってくれる人がいなかったのかもしれない。
魔術師長としてではなく「個」として認めてくれる人はいなかったのだろうか。
(でも、彼は、国王陛下と仲良くなり過ぎたせいだと言ったわよね。だとすれば、国王陛下は、ちゃんと個人としておつきあいされていたのじゃないかしら)
国王が退位すると、魔術師長も追随することになる。
新国王には、その国王の側近が、そのまま魔術師長に繰り上がるからだ。
退位後に魔術師長がどうなるのかまでは、詳しく知らない。
もしかすると別々の道を歩むことになるのかもしれず、それに耐えきれず自死を選ぶ、という可能性はあった。
「アーヴィング王太子殿下には、側近がいらっしゃらないの?」
「彼は5年前まで平民として暮らしていたからね。王宮魔術師と関わりが薄くてもしかたがないさ」
記憶の端から、ぼんやりとした光景が呼び戻されて来る。
5年前といえば、シェルニティは13歳。
まだレックスモア侯爵家に嫁ぐ前のことだ。
(屋敷が大騒ぎしていたことがあって……今の国王陛下のご婚姻に、譲位と、国の行事が立て続けにあったから、お父さまがお忙しそうにしてらしたわ)
突然のことだったらしく、屋敷中が浮足立っていたのを、ぼんやり覚えている。
勤め人たちも、慌ただしくしていた。
『長く婚姻せずにいたかと思えば、正妃に平民の女を迎えるだと! 王族は勝手に過ぎる! しかも、子までいるというではないか!』
父は、そう喚き散らしていたのだ。
その言葉の中に出てきた「子」というのが、アーヴィングのことだったらしい。
「私、平民のかたと話したことがないから、よくわからないのだけれど、それほど違うとは思えないのよ。アーヴィング王太子殿下は、とても感じが良かったわ」
貴族教育では、貴族と平民は明確に「区別」されなければならない、と教わる。
とはいえ、シェルニティは、彼のことも最初は平民だと思っていた。
民服を着ていたので、そう思い込んだのだ。
それでも「区別」が必要だとは感じなかった。
彼は、礼儀正しく、親切だったので。
「私も、大層に口やかましく言うことはないと思っているよ。口の利きかただの、仕草だの、面倒なこだわりがあるのは貴族だけさ。彼らは、彼らなりの様式美を、後生大事にしている。まるで壊れ易いガラス細工並みにね」
彼が、軽く肩をすくめてみせる。
それが、癖だということは、出会ってすぐに気づいていた。
「ランディの妻のエヴァは、出自を気にしていてね。ランディが王太子だと知ったとたん、行方をくらませてしまったのだよ」
「まあ……そういうことがあったなんて知らなかったわ」
「表向きには、暗殺の恐れがあったことになっているが、事実は違う。ランディの粘り勝ち、というところかな」
シェルニティは、にっこりする。
彼は、ちょっぴり呆れ顔をしているけれども。
「諦めなかったのね?」
「ランディは粘着気質だからねえ。15年もかけてエヴァを探し回ったのさ」
現国王は30歳になるまで婚姻せず、即位もしなかった。
どうやら愛する女性を探し回っていたらしい。
「周りから、いろいろと言われたでしょうに」
「そりゃあもう、婚姻しろと、矢の催促だったがね。ランディが、周りなんて気にするわけはない。こうと決めたら梃子でも動かない男だ」
「審議の時は、少し怖そうに思えたけれど、あなたや王太子殿下が話しているのを聞いて、可愛らしいかただと感じたわ」
言うなり、彼がムと口を歪める。
なにか面白くなさそうな表情を浮かべていた。
「私は、可愛らしさとは無縁だからね」
「あら……もしかして、あなた……」
「アリスだけでも癪に障るのに、ランディまで加えてほしくはないな」
シェルニティが、彼の幼馴染みを「可愛らしい」と評したのが気に食わなかったようだ。
嫉妬をしている。
「国王陛下には、ご正妃様がいらっしゃるのよ?」
「だとしても、きみがランディを褒めるのは、気に食わない」
「幼馴染みなのに?」
「幼馴染みだからさ」
彼は、ちょっぴり不愉快そうに顔をしかめていた。
シェルニティは立ち上がり、彼に歩み寄る。
少し体をかがめ、彼の頬に軽く口づけた。
「あなたにも可愛らしいところがあるって、知っていた?」
「そいつは、知らなかった。ぜひ、教えてもらいたいね」
彼の腕が、シェルニティの腰にくるりと回される。
気づけば引き寄せられ、彼の膝に座っていた。
「それは教えられないわ。いくらあなたでもね」
「なぜだい? 瞬きのことは教えてくれたじゃないか」
「だって、これは危険を伴うことではないもの。私だけの楽しみとしておくわ」
「まさか、きみが私に隠し事をするなんて、空から魚が降ってきそうだ」
彼の軽口に、くすくす笑う。
笑っているシェルニティの唇に、彼が小さな口づけを落とした。
彼女は、彼に、いたずらっぽく言う。
「こういうのは、隠し事とは言わないのよ? これはね、内緒、というの」
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