不機嫌領主と、嫌われ令嬢

たつみ

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後日談

邪気のない女

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 ドリエルダは、室内には誰もいないと思い、扉を開けた。
 そのため、言葉を失う。
 中に、人がいたからだ。
 赤茶色の、ぐしゃぐしゃ髪をした青年が、焦げ茶色の大きな瞳に、ドリエルダを映している。
 
 すぐに、にやっと笑われた。
 頬が、わずかに熱くなる。
 ここに来た目的を見透かされているのかと思うと、恥ずかしかったのだ。
 
「よお、DD」
「なぜ、あなたがここにいるの? ブラッドと一緒に行っていると思っていたわ」
 
 ドリエルダをDDと呼んだ青年は、ピッピと呼ばれている。
 正式には、ピアズプルなのだが、ドリエルダの婚約者が愛称でしか呼ばないので、自然と周りも愛称呼びをしていた。
 彼女の婚約者の部下だと聞いたのは、少し前のことになる。
 それ以前は、貴族屋敷で一緒に働く仲間だと、ドリエルダは思っていた。
 
「ブラッドに言われて留守番してたんだよ」
「ブラッドに?」
 
 彼女の婚約者であるブラッドこと、ブレイディード・ガルベリー。
 彼は、とても頭が良い。
 
「DDが来るだろうから、相手をしろってね」
 
 う…と、ドリエルダは口ごもる。
 ここは、ブラッドの部屋だ。
 彼女の行動を見透かしていたのは、ピッピではなくブラッドだったらしい。
 なにをどうやっているのかは想像もつかないが、ドリエルダの婚約者は、とかく「先読み」が過ぎるのだ。
 
(その割には、間が抜けたところもあるんだけどね)
 
 勘違いをし、慌てて正装を着こみ、求婚をしてくるところとか。
 
「ま、相手って言っても、話し相手って意味だって、何回も釘を刺されてね。嫌になっちゃうぜ、あのヤキモチ妬きには」
「まだ根に持っているのかしら?」
 
 ピッピが、わざとらしく顔をしかめた。
 以前、ピッピはドリエルダを「口説いていた」とブラッドに言ったことがある。
 ドリエルダとブラッドの認識は、まったく異なっていたのだが、誤解が解けてもなお、根に持っているのかもしれない。
 
「ブラッドは気にしてんだよ」
「なにを?」
「自分の初恋はDDなのに、DDの初恋が自分じゃないって」
 
 ブラッドと知り合った頃、ドリエルダには別の婚約者がいたのだ。
 その相手と別れ、ブラッドと婚姻することになった。
 初恋ではない、と言われれば、間違いではないのだけれども。
 
(でも、結局、私はパン屋をしてたブラッドを頼ってたのよね)
 
 ドリエルダは、水色の髪に薄茶色の瞳。
 瞳の色はともかく、水色の髪は彼女の暮らすロズウェルド王国ではめずらしい。
 そうした髪色は、隣国でもあり敵国でもあったリフルワンスのものだ。
 ロズウェルドでは差別される色でもある。
 
 ドリエルダも、生まれた家では差別され続けていた。
 それに耐えかね、家出をしたのが12歳。
 幼いドリエルダは、当時からつきあいのあった元婚約者ではなく、街でパン屋をしていたブラッドを頼っている。
 結果、シャートレー公爵家に引き取られ、養女となったのだ。
 
 あの時、なぜ元婚約者ではなくブラッドを頼ったのか。
 今もって確固とした理由を思いつけない。
 勘としか言いようがなかった。
 最も苦しい時、思い浮かんだのは、ブラッドの金色の髪と翡翠色の瞳。
 
 いつでも、そうだった。
 
 再びブラッドを見かけた際も「この人でなければ」と思っている。
 そっけなくされても諦めきれなかったのだ。
 それが、恋心だと認識するには時間がかかったが、一概に、初恋ではないとするのも難しかった。
 
「そういうことにこだわるのが不思議ね。ブラッドのほうが、よほど女性に人気があるでしょうに」
 
 ブラッドは、ガルベリーの名を持つ王族だ。
 現国王の弟であり、王位継承第3位という立場の人であり、外見も整っている。
 もう少し愛想が良ければと思いはするが、女性に人気がないとは考えられない。
 
「それなりに人気はあったよ。街でも、どこでもね」
「想像つくわ」
「でも、ブラッドが女を寄せつけたことはなかったな」
「そうは言っても……仕事場にも女性はいるでしょう?」
 
 ブラッドは「国の機関」とやらで働いていた。
 王宮でも、女性の魔術師はいるし、侍女だっている。
 その「国の機関」でも、きっと大勢の女性が働いているはずだ。
 関わらないのは難しいのではないかと思う。
 
「ブラッドが話すのは、オレだけなんだ」
「え……? 仕事の話もしないの?」
「しない。そのせいで、オレは大変なんだよ」
「どうして話さないの? 女性が嫌いとか?」
「そうじゃなくて、ほかの誰とも話さないってこと。男女は関係ないんだ」
 
 いよいよわからない。
 ブラッドが下っ端ならいざ知らず、どうやら下っ端ではなさそうなのだ。
 指示を出したり、報告を受けたりする必要はあるだろう。
 
「面倒くさがりなんだよな」
「面倒?」
「頭が良過ぎるってのも考えもんでね。ひとつ言って百を読み取らなきゃ、すぐに面倒がるんだよ、ブラッドは」
 
 当然のように言うピッピに、ドリエルダは唖然とする。
 ピッピの言葉が事実なら、自分はどうなるのか、と思ったのだ。
 ブラッドの「ひとつ」でさえ、まともに理解できた試しがない。
 実際、常に「頭の悪い女」だと言われている。
 が、しかし。
 
「面倒……」
 
 ドリエルダの言いたいことを察したように、ピッピが、にやっと笑った。
 
「だから、言ったろ。DDは、ブラッドの初恋の相手だってね」
 
 今度は、頬が、かぁっと熱くなる。
 いつも「頭が悪い」と言われていたが、それでも彼女はブラッドに面倒がられたことはないのだ。
 彼は、ドリエルダが理解できるよう、ひとつひとつ丁寧に話してくれていた。
 
「か、彼は面倒見のいい人だとばかり思っていたのに……」
「まさか。ブラッドほどの面倒くさがりはいないね。それこそ、惚れた女でもなけりゃ、足にすがりつかれてても気づかず歩いてくような男さ」
 
 性格はさておき、身分や外見からすれば、ブラッドは非の打ち所がない。
 なぜ自分に「惚れた」のか、まるで想像ができなかった。
 ドリエルダは、ブラッドに好ましい姿なんて見せてはいなかったからだ。
 むしろ「面倒」ばかり引き起こしていた気がする。
 
「ああ、でも、苦労するかもな」
「な、なに……?」
「式のあとにすること」
「彼、なにか計画をしているの?」
 
 ピッピが、ドリエルダを見て、ぷっと吹き出した。
 笑われている意味がわからず、狼狽うろたえる。
 
「な、なによ?」
「DD、ちゃんとわかってんのか? ブラッドと婚姻するんだろ?」
「わかっているわよ。式の準備だって進めているし……」
「どっちもどっちだなぁ。やっぱり苦労しそうだ」
「ピッピ、あなたね……」
「オレは考えないぞ。ブラッドとDDの初夜がどうなるのか、なんてのはね」
 
 言いかけた文句が、喉の奥に詰まった。
 ピッピにニヤニヤと笑われても、ドリエルダは言葉を投げ返せずにいる。
 代わりに、首まで赤くなっていた。
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