42 / 64
真実と事実 2
しおりを挟む「これは、どういうことっ? あなたたち、私が誰だか、わかっているの?!」
1人の女性を、2人の男性が捕まえている。
近くに、もう1人、見張り役と思しき男性が立っていた。
3人とも民服を着ている。
女性は貴族らしいドレス姿だ。
手を体の後ろで縛られていた。
両脇を掴まれ、引っ立てられるようにして歩かされている。
周囲は暗く、よく見えない。
だが、街でないのは確かだ。
砂や石、枯草の残った地面が見える。
その先に、ぽつんと家があった。
手入れはされていないらしく、屋根には、所々、穴が空いている。
扉も質素な木でできていて、しかも歪んでいた。
その扉を男性の1人が開き、女性を押し込む。
もう1人も中に入り、扉を閉めた。
縛られている女性は床に倒れている。
先に入っていた男性が蝋燭に火をつけた。
そこで、ようやく、ぼんやりとだが、室内が見えるようになる。
家というより小屋だ。
室内は狭く、脚の折れたイスと、雨水に腐り落ちたらしきテーブルしかない。
床板も反り返っていて、あちこち剥がれかけている。
「なあ……どうすんだよ。本気でやるのか?」
「しかたないだろ。ここまでやっちまったんだ。もうやるしかねぇんだよ」
「けど、ばれたら、本当にただじゃすまないぞ?」
「そんなことは、俺だってわかってる」
男性2人が言い合いをしていた。
意見が一致しているわけではなさそうだ。
だが、2人ともやりたくてやっているのではない、というのはわかる。
「やらなきゃ……どうなるか……」
「そうだな……しかたないんだ……」
「大丈夫だ。奴が金さえ払えば、それで終わる」
「ああ……娘のためなら、奴も金を払うだろう」
どうやら金目当てで女性を攫ったらしい。
生活に困っているのだろうか。
身なりは、さほどみすぼらしくはなさそうだ。
とはいえ、暮らしぶりまではわからない。
「お父さまは、お金を払ってくださるわ……だから、殺さないで……」
女性の声が聞こえる。
その言葉に、男性2人は、狼狽えていた。
また、ひそひそと話し合っている。
人殺しは重罪だ。
さすがに、そこまでする気はないのだろう。
なのに、2人は言い争っている。
1人は嫌がっていて、もう1人も嫌がってはいるが、決意は固そうだった。
「きっと払ってくださるから……」
女性が、体をわずかに起こす。
蝋燭の明かりに、その顔が見えた。
瞬間、ハッとする。
「もう黙ってろ!」
「よせよ、乱暴に扱うな」
苛立たしげに怒鳴る男性と、止めている男性。
その2人の顔も蝋燭に照らされた。
見覚えのある顔だ。
(どうして……? なにが起きてるの……?)
その時だった。
扉が開き、3人目が入ってくる。
手に斧を持っていた。
ぞくりという寒気に襲われる。
「やめて……っ……」
女性の悲鳴と男性たちの怒鳴り声。
大きな物音も聞こえた。
反射的に、彼女自身も叫ぶ。
(ジゼルッ?!)
がばっと、無意識に体を起こした。
肩が大きく揺れている。
呼吸が乱れていた。
「ゆ、夢……」
どくどくと脈打つ心臓を両手で押さえる。
1ヶ月半ぶりに見た夢だった。
「き、昨日……ジゼルに会ったから……それで……こんな夢を見ただけよ……」
けして「いつもの」夢とは違う。
そう思いたい。
いつも見てきた夢より鮮明ではなかったし、見えた光景も少なかったのだ。
「せ、性格、悪いな、私……いくら、ジゼルが嫌いだからって……」
現実になる夢とは違う、単なる普通の夢だと思おうとする。
だが、声が震えていた。
ドリエルダは「現実にならない」夢は、見ないのだ。
それを彼女自身も知っている。
「……まだ彼に話せてないのに……いきなりこんな話したって……」
昨日は、ブラッドの話をしたところで終わっていた。
タガートが、時間があるうちに街に行ってみようと言い出したからだ。
会えるかどうかわからなかったが、ドリエルダも承知している。
早目に礼を言いたかったし、誰に見られているかもわからないので、タガートが一緒のほうがいいと思った。
そして、ちょうどブラッドも街に出てきており、運良く出会えている。
久しぶりのブラッドは相変わらずだった。
というより、いつも以上に、無表情で、そっけなかった気がする。
本当は、お礼を兼ねて食事でも一緒にするつもりだったのだが、ブラッドは、さっさと帰ってしまった。
そのあと、タガートと街で食事をしてから屋敷に帰ってきている。
忘れていたのではないが、夢の話は、つい後回しにしてしまった。
信じてもらえないか、信じてもらえても薄気味悪がられる。
実母には、それが原因で遠ざけられた。
タガートを信じていても、あまり話したい内容ではなかったのだ。
だから「次に会った時」に話すことにした。
その結果が、これだ。
タガートに打ち明ける前に、次の夢を見ている。
しかも、危険な目に合うのは、見知らぬ誰か、ではない。
「とにかく、彼に話さなくちゃ……っ……」
今のタガートなら、きっと信じてくれるはずだ。
実際には、いつ起きるか不明だが、なにか手が打てるかもしれない。
ともかく、10日から20日後までの間に起きることだけは確かだと言える。
まだ手を打つだけの時間はあるのだ。
すでに夜は明けていた。
ドリエルダはベッドから飛び出し、すぐに着替える。
朝食も取らず、馬を用意してもらった。
執事に、タガートに会いに行くことを伝え、屋敷を出る。
ジゼルのことは嫌っているが、見過ごしにはできない。
最後に見えた、あの「斧」は、どう使われたのか。
考えるだけでも恐ろしくなる。
室内にいた男性2人は、ジゼルを殺すのを躊躇っているようだった。
けれど、外にいた3人目は違う。
仮にハーフォーク伯爵が彼らの言っていた「金」を支払ったとしても、ジゼルは彼らの顔を見ているのだ。
口封じをされる恐れは十分にある。
自分がなにもしなければ、ジゼルは殺される可能性が高い。
ドリエルダは、急ぎ、馬を走らせた。
夢の出来事を回避することしか考えられずにいる。
「今までだって、なんとかやってきたわ。それにタガートと私は婚約を解消したけど、うまくいってる。きっと、今度も……回避できるわよ」
ドリエルダは、夢の出来事を回避したあとの結果を知らない。
良いほうに転がるのが、十人に1人程度しかいないとは知らずにいる。
自分が動くことで、悪い結果を変えられると信じていた。
ベルゼンドの屋敷に着くや、馬から飛び降りる。
朝もまだ早いうちだ。
タガートも出かけてはいないだろう。
扉を叩き、出てきたムーアに、タガートと会いたい旨を伝える。
約束はしていなかったが、追い返されはしないはずだ。
玄関ホールで待っている彼女の前に、タガートが姿を現す。
思っていたよりも、ずっと早く来てくれたことが嬉しかった。
ドリエルダは、すぐさま彼に駆け寄る。
「やあ、おはよう、DD。来てくれて……」
「ゲイリー、話があるの! 今すぐ2人で話せる?」
ドリエルダが血相を変えていると、タガートにもわかったらしい。
真面目な顔つきになり、うなずいてくれた。
タガートに手を引かれ、彼の私室に向かう。
その間、ドリエルダは黙っていた。
細かく話せるよう、できるだけ夢の内容を思い出している。
だが、ジゼルに対する悪感情が邪魔をしていたのか、曖昧な部分が多かった。
(ああ、本当に私ったら……人の命が懸かっているのに……自分が、こんなに性悪だったなんて思わなかった……)
自分を責めながら、タガートとともに、私室に入る。
ドリエルダは、ソファにも座らず、即座に夢の話を始めた。
0
お気に入りに追加
633
あなたにおすすめの小説
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
青き瞳に映るのは桃色の閃光
岬 空弥
恋愛
第一王子殿下の婚約者候補であるエステルダは、その日、幾人もの高位貴族を虜にしている美しい桃色の髪のアリッサと対峙する。
しかし、彼女が密かに恋焦がれていた相手が、実は自分の弟だと知ったエステルダは、それまで一方的に嫌っていたアリッサの真意を探るべく、こっそりと彼女の観察を始めるのだった。
高貴な公爵家の姉弟と没落寸前の子爵家の姉弟が身分差に立ち向かいながら、時に切なく、時に強引に恋を成就させていくお話です。
物語はコメディ調に進んで行きますが、後半になるほど甘く切なくなっていく予定です。
四人共、非常に強いキャラとなっています。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる