不機嫌領主と、嫌われ令嬢

たつみ

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努力はしたけど 1

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 ドリエルダの胸は、不安で締めつけられている。
 怯えていると言ってもいい。
 こんな突拍子もない話を、信じろというほうが無理だ。
 そもそも、ブラッドは家族でも友達でもないのだし。
 が、しかし。
 
「そうか。それで?」
 
 ドリエルダは、目を、ぱちぱちっとさせる。
 ブラッドの表情は、少しも変わっていない。
 というか、無表情だ。
 彼女の言葉を信じているのか、信じていないのか、判断がつきかねる。
 
 ただ、一般的な反応と違う、ということだけは確かだった。
 たいていの場合は、ふざけていると思われる。
 馬鹿にしているととられ、腹を立てられることもあるし、呆れられたりもする。
 つまり、信じない者のほうが多いのだ。
 
 本人ですら「そうだろうな」と思っている。
 ドリエルダも、最初は単なる夢だと流していた。
 夢が現実になるなんてあるはずがない。
 嫌な夢だった、程度の認識でいた。
 
「驚かないのは、信じてないから?」
「俺が、信じるかどうかは、どうでもいいからだ」
 
 今まで、直に、この話をして、信じてくれたのは、シャートレーの両親だけだ。
 軽口めいた調子で、周りの人たちに、それとなく話したことはあるが、良い反応だったとは言えない。
 実の母親にも話したことはある。
 が、ひどく薄気味悪がられ、遠ざけられてしまった。
 そのせいで、ドリエルダは「信じてもらう」ことを、半ば諦めている。
 
 信じてもらえないか、信じてもらえたとしても薄気味悪がられるか。
 
 そのどちらかになると思い込んでいた。
 ブラッドのような「どうでもいい」なんて反応は、初めてだったのだ。
 それこそ、ブラッドがふざけているのかと、気色ばむ。
 
「どうでもいいって、どういう意味よ?」
「最初に、その話をしたのは、それを前提としているからであろう」
「……それは、そうだけど……」
「ならば、前提を否定すれば、話が前に進まぬではないか」
 
 ブラッドは、よくわからない思考の持ち主だ。
 少なくとも、ドリエルダの周りにいた人たちとは反応が大きく異なる。
 なんとなく、毒気を抜かれてしまった。
 ともあれ、彼には話を聞く気があるらしい。
 
「私も最初は、ただの悪夢だって思ってた。でも、ある時、父が死ぬ夢を見たの。すごく具体的で、鮮明な夢だった。不安になって、母に話したけど、夢は夢だって言われたわ。なのに……本当に、それが現実になったの」
 
 まだ5歳になる前だった。
 けれど、あの恐怖は、ずっと彼女を縛り付けている。
 自分がなにかを変えていれば、父を助けられたかもしれない。
 父の死と自分が無関係だとはできずにいるのだ。
 
「その後も似たようなことが、繰り返しあったのだな」
「そうよ。たいていは悪い夢」
 
 彼女は、自分が夢を見過ごしにしたせいで、実父を見殺しにしたと感じていた。
 後悔と罪悪感は重く、その幼かった心に、大きな傷を作っている。
 それもあって、養女になってからのほぼ4年、悪夢を見過ごしにはせずにいた。

 ドリエルダは、将来的に起きる出来事を知ることができる。
 だから、状況を変えるため「奇行」と言われる行動を取っていた。
 なぜなら、内容は具体的でも、どの日に起きるのかが、わからなかったからだ。
 
 ドリエルダが対処してきた出来事は、夢を見た日から10日より前に起きたことはない。
 10日ぴったりの時もあれば、14日後だったり、18日後だったり。
 同じように、20日を越えて起きることもなかった。
 そのせいで、取れる行動は限られており、周囲に理解されない「奇行」になってしまう。
 
「起きる日に幅があるのは厄介だ」
「ええ……明日、起きる事なら信じてもらえたかもしれないし、助けを求めるのも簡単だったかもしれない。でも、10日から20日の間、じゃね」
「仮に起きたとしても、偶然だと言われる可能性も高い」
 
 ドリエルダは、小さく肩をすくめた。
 彼女は、毎日のように夢を見ているわけではない。
 夢を見るのは、月に1度あるかどうか。
 夢と夢との間が空いているため、どれも偶然で片づけられる範疇にある。
 
 それでも、シャートレーの両親は、ドリエルダを信じてくれた。
 手を貸そうともしてくれた。
 だが、断っている。
 
 慈善家の夫妻が引き取ったのは、敵国の血を引く性根の悪い放蕩娘。
 そんなふうに、自分だけに悪意が向けられているほうがいい。
 両親まで「奇行」に巻き込むより、ずっと。
 
「お前が動けば、その夢は現実とはならんのだな」
「そ、そうよ……そうなの……」
 
 あたり前のように言われ、落ち着かない気分になる。
 まるで、自分のしてきたことを見てきたかのごとく言われたからだ。
 
「それとなく人に話したことはあるけど、虚言癖があるって言われたわ」
「であろうな。お前の行動が結果を変えたと言っても、後付けに過ぎん」
 
 ドリエルダの中から、少しずつ不安が消えていた。
 ブラッドは、彼女の「前提」を覆さずに話してくれる。
 これまで経験したことのない安心感に、ドリエルダはつつまれていた。
 
 それは、ひどく心地いい。
 長く押し隠してきた弱音や愚痴を、言い散らかしたいような気分になる。
 
「人が殺されたり、子供がさらわれたり、火事で大勢が死んだりするかもしれない。それを見過ごしにはできなかったのよ。夢に過ぎないって放置して、私は……父を死なせてしまったから。人に、どう言われたってね」
「お前にとって、変えねばならん結果であったのだろ?」
「そうよ」
「では、それで良いではないか」
 
 ブラッドの口調は、ぶっきらぼうだ。
 ふと、訊いてみたくなった。
 
「ねえ? 本当に信じてる?」
「俺が信じているかは、どうでもよいと言ったはずだ」
「そうだった。ごめんなさいね、頭の悪い女で」
 
 言われる前に言う。
 瞬間、ドリエルダは、どきりとした。
 ブラッドが、ほんの少し目を細めたからだ。
 笑っているように、見えた。
 
 が、それは、すぐに消える。
 無表情に、ブラッドは、ドリエルダに問うてきた。
 
「それで? 今回は、どういう夢だ」
「それは、その……今回は、特別なのよ……」
「なるほど。人助けではなく己のため、か」
「…………そうよ……」
 
 なぜだか、とても恥ずかしくなる。
 人助けのための「奇行」なら、恥ずかしくもなんともない。
 誰に嫌われようと、悪評を立てられようと、かまわなかった。
 見過ごしにして、夢が現実になれば、心の傷が痛むと知っている。
 
 実際に、何度かは見過ごしにしたこともあったのだ。
 関わりのない人のために、引き取ってくれた両親に迷惑をかけるのは嫌だった。
 だから、引き取られた当初は、夢の話はせず、1人で罪悪感に耐えていた。
 ドリエルダから夢の話を引き出したのは、両親のほうなのだ。
 様子のおかしい彼女を心配して、話を聞いてくれている。
 
「自分のために……今回は、結果を変えたいの」
「そうか」
「でも、自分のためだけじゃないわ。言い訳に聞こえるだろうけど、嘘じゃない。なんとかしないと、私の両親にも、迷惑をかけることになるのよ」
 
 まっすぐにブラッドの瞳を見つめた。
 彼は無表情なので、感情の切れ端すら見つけられないけれど、自分の意思を示す必要はある。
 
「この先、お前に何が起きる?」
「婚約を解消されるかもしれない」
「かもしれない、ではなかろう」
「見直さなければならない、と言われただけよ」
「仮に、大勢の前で言われたのであれば、それは決定事項だ」
 
 言われなくても、わかっていた。
 夢の中、彼女の婚約者は、夜会という大勢の貴族が集まる場で、彼女に「婚約の見直し」を言い渡したのだ。
 ブラッドの言う通り、決定事項を遠回しな言葉に置き換えたに過ぎない。
 
「夜会だったわ。彼は、私以外の女性をエスコートしていたの。私は、とても動揺していて、冷静じゃなかった。だから、彼に詰め寄ってしまって……」
「人前で大恥をさらしたわけか」
「あなたって、清々しくなるくらい気遣いのない人ね」
「俺は、言葉を飾るのを好まん」
 
 ドリエルダは、小さく笑ってしまった。
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 貴族との会話にはない気楽さを感じた。
 回りくどい言いかたも、飾りのついた言葉もいらないのだ。
 
「まぁ、そういうことよ。私だけの恥なら、なんとしても回避しようだなんて思わなかったかもしれない。もちろん、いくらかは手を打ったはずだけどね」
「婚約は、婚姻の前段階だ。解消となれば家同士の話となる」
 
 ここで、ブラッドは貴族屋敷に勤めているのだろうと、察しがついた。
 貴族の婚約は、家が絡んでくる。
 平民には有り得ないような、大事おおごとになる事態もめずらしくはないのだ。
 貴族に関わっていなければ、そんな内情を知るはずはなかった。
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