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26.逡巡の迷路
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部屋に戻るなり、バーバラはベッドに寝転がった。
ドレス姿のまま、体を投げ出し、右腕で額を押さえる。
考えることが多過ぎて、頭がぐらぐらしていた。
バーバラにあてがわれた専属メイドは、どういう状況だろうと、客人をもてなすのが役目だとわかっている。
いつもは気を遣って、食事をとるようにしていた。
けれど、今夜は心に余裕がなく、夕食は断っている。
(私が傷つかなかったのは、姉さんたちに言われるまでもなく噂を知ってたから……噂を知ったのは、お義父さまたちが私を夜会に連れて行ってくれてたから……)
通常、社交界デビュー前の子供を夜会や催し事に伴うことは稀だ。
彼らに連れられ、行った先々でバーバラは噂を耳にした。
最も古いのは、確か6歳だったと記憶している。
そして、彼らが「本当の娘」のように接してくれていたので、噂が耳に入っても傷つかなかった。
自分がカニンガムの3人に愛されていると信じていたからだ。
だから、買っただの売っただの言われても、どうでもいいと思えた。
(でも……お義父さまたちは……時間の巻き戻りを知らない……)
なのに、1度目とは違う選択をしたに違いない。
でなければ、1度目と同じくバーバラが傷つく結果になっていただろう。
1度目の人生で彼女は、確固とした自信がなかった。
愛されていると感じていなかったから「買われた」と言われたことに傷ついた。
カニンガムにおける自分の立場など、そんなものだと納得したかもしれない。
実の父であるレドナー伯爵や伯爵家の者に捨てられたと悲観したかもしれない。
そしてノヴァと距離を置くようになり、ますます孤独になったのかもしれない。
今回、そうならなかったのは、公爵たちの選択が変わったことによる。
物心つく前から、バーバラの近くには公爵やハーヴィド、ノヴァドがいた。
愛されていると信じるに足るほど、世話を焼いてもらった。
公爵もハーヴィドも、未だに心配性だ。
バーバラのために、本気で怒ってくれるほどに。
「そうなるように……ノヴァ……あなたが、お義父さまたちを誘導したの……? 私は子供で、2人には過去の記憶がないものね……」
段々と愛情は本物になっていったのだろうが、最初は違ったのではないか。
夜会や催し事にバーバラを連れて行くよう、ノヴァが頼んだということは、十分に考えられる。
多くの時間を一緒に過ごすことで愛情が芽生え、彼女も孤独ではなくなった。
「だから、どうだって言うの……? 1度目の人生より……」
幸せだ、と口にしかけたのに、言葉が続かない。
代わりに、涙がこぼれる。
『それほどまでに、きみとやり直したかったのだろうな』
ユリウスの声が、バーバラの心を揺さぶっていた。
急に、ノヴァが遠ざかってしまった気がする。
まるで自分の知らない誰かの話みたいだ。
「……私がユリウスに恋をしないように……あなたに恋をするように……あなたが仕組んだの、ノヴァ? 引き取られた時から、ずっと……今度の私は、あなたに恋をする道を歩かされてただけ?」
自分の意思だけで、それまでの選択や決断をしてきたという確信が持てない。
ノヴァの進みたいと思う方向に手を引かれていたのだとしても、当時のバーバラに気づくことはできなかった。
「ノヴァ……会って、話がしたい」
けれど、ノヴァもカニンガムだ。
しかも、ノヴァは、ある意味で目立つ。
普通なら婚約者を心配してのことだと理由づけられるのだけれども。
(元々、ノヴァは公爵邸以外の夜会には出ない……婚約者を気にしているのなら、なぜ最初から一緒に王都に来なかったのかって言われるわ。私も今は、王都を離れられる状況じゃないし……)
だいたい手紙に「自分は大丈夫」だと書いてしまった。
体調の問題ではなく、こんなふうに心が揺れるなんて想像していなかったのだ。
夢のことで不安はあったものの、自分の気持ちには絶対の自信を持っていた。
ユリウスと会っても、なにも変わらない。
そう思っていたからこそ、ユリウスの策に乗ったと言える。
なのに、事態はバーバラが考えていたよりも複雑だった。
『今のきみが、きみであるというのはいい。だが、きみ足りえているのかは別だ』
わからない。
自分は自分であるはずだ。
けれど、作られた自分なのかもしれないとも思う。
しっかりと足をつけて歩いていた道が、急にぬかるみになったように感じた。
前に進もうとするたびに足元が揺れ、行きたかった方角さえ見失っていく。
「どうしてなの、ノヴァ……あんなに一緒にいたのに……あなたは知っていたはずなのに……どうして話してくれなかったの……?」
ユリウスに問われるまで、ノヴァは時間を巻き戻したことについて、1度も語ることはなかったのだ。
幼い自分に話さなかったのは、理解できる。
だが、社交界デビューの日、夢の話をしたのはバーバラだった。
「あの時も……あなたは、なにも言ってくれなかったよね」
というより、むしろ知らない振りをしていたように思う。
ユリウスが来た時でさえ、なにも話してくれていない。
ティータイムに誘われ、ユリウスが訊いて初めて語ったのだ。
もしユリウスが夢の話を持ち出さなければ、ずっと隠し続けていたのだろうか。
ノヴァに訊きたいことはあれど、会いたいのかどうか、わからなくなる。
ノヴァが、バーバラの知る彼とは違う人に見える気がして、会うのが怖かった。
ドレス姿のまま、体を投げ出し、右腕で額を押さえる。
考えることが多過ぎて、頭がぐらぐらしていた。
バーバラにあてがわれた専属メイドは、どういう状況だろうと、客人をもてなすのが役目だとわかっている。
いつもは気を遣って、食事をとるようにしていた。
けれど、今夜は心に余裕がなく、夕食は断っている。
(私が傷つかなかったのは、姉さんたちに言われるまでもなく噂を知ってたから……噂を知ったのは、お義父さまたちが私を夜会に連れて行ってくれてたから……)
通常、社交界デビュー前の子供を夜会や催し事に伴うことは稀だ。
彼らに連れられ、行った先々でバーバラは噂を耳にした。
最も古いのは、確か6歳だったと記憶している。
そして、彼らが「本当の娘」のように接してくれていたので、噂が耳に入っても傷つかなかった。
自分がカニンガムの3人に愛されていると信じていたからだ。
だから、買っただの売っただの言われても、どうでもいいと思えた。
(でも……お義父さまたちは……時間の巻き戻りを知らない……)
なのに、1度目とは違う選択をしたに違いない。
でなければ、1度目と同じくバーバラが傷つく結果になっていただろう。
1度目の人生で彼女は、確固とした自信がなかった。
愛されていると感じていなかったから「買われた」と言われたことに傷ついた。
カニンガムにおける自分の立場など、そんなものだと納得したかもしれない。
実の父であるレドナー伯爵や伯爵家の者に捨てられたと悲観したかもしれない。
そしてノヴァと距離を置くようになり、ますます孤独になったのかもしれない。
今回、そうならなかったのは、公爵たちの選択が変わったことによる。
物心つく前から、バーバラの近くには公爵やハーヴィド、ノヴァドがいた。
愛されていると信じるに足るほど、世話を焼いてもらった。
公爵もハーヴィドも、未だに心配性だ。
バーバラのために、本気で怒ってくれるほどに。
「そうなるように……ノヴァ……あなたが、お義父さまたちを誘導したの……? 私は子供で、2人には過去の記憶がないものね……」
段々と愛情は本物になっていったのだろうが、最初は違ったのではないか。
夜会や催し事にバーバラを連れて行くよう、ノヴァが頼んだということは、十分に考えられる。
多くの時間を一緒に過ごすことで愛情が芽生え、彼女も孤独ではなくなった。
「だから、どうだって言うの……? 1度目の人生より……」
幸せだ、と口にしかけたのに、言葉が続かない。
代わりに、涙がこぼれる。
『それほどまでに、きみとやり直したかったのだろうな』
ユリウスの声が、バーバラの心を揺さぶっていた。
急に、ノヴァが遠ざかってしまった気がする。
まるで自分の知らない誰かの話みたいだ。
「……私がユリウスに恋をしないように……あなたに恋をするように……あなたが仕組んだの、ノヴァ? 引き取られた時から、ずっと……今度の私は、あなたに恋をする道を歩かされてただけ?」
自分の意思だけで、それまでの選択や決断をしてきたという確信が持てない。
ノヴァの進みたいと思う方向に手を引かれていたのだとしても、当時のバーバラに気づくことはできなかった。
「ノヴァ……会って、話がしたい」
けれど、ノヴァもカニンガムだ。
しかも、ノヴァは、ある意味で目立つ。
普通なら婚約者を心配してのことだと理由づけられるのだけれども。
(元々、ノヴァは公爵邸以外の夜会には出ない……婚約者を気にしているのなら、なぜ最初から一緒に王都に来なかったのかって言われるわ。私も今は、王都を離れられる状況じゃないし……)
だいたい手紙に「自分は大丈夫」だと書いてしまった。
体調の問題ではなく、こんなふうに心が揺れるなんて想像していなかったのだ。
夢のことで不安はあったものの、自分の気持ちには絶対の自信を持っていた。
ユリウスと会っても、なにも変わらない。
そう思っていたからこそ、ユリウスの策に乗ったと言える。
なのに、事態はバーバラが考えていたよりも複雑だった。
『今のきみが、きみであるというのはいい。だが、きみ足りえているのかは別だ』
わからない。
自分は自分であるはずだ。
けれど、作られた自分なのかもしれないとも思う。
しっかりと足をつけて歩いていた道が、急にぬかるみになったように感じた。
前に進もうとするたびに足元が揺れ、行きたかった方角さえ見失っていく。
「どうしてなの、ノヴァ……あんなに一緒にいたのに……あなたは知っていたはずなのに……どうして話してくれなかったの……?」
ユリウスに問われるまで、ノヴァは時間を巻き戻したことについて、1度も語ることはなかったのだ。
幼い自分に話さなかったのは、理解できる。
だが、社交界デビューの日、夢の話をしたのはバーバラだった。
「あの時も……あなたは、なにも言ってくれなかったよね」
というより、むしろ知らない振りをしていたように思う。
ユリウスが来た時でさえ、なにも話してくれていない。
ティータイムに誘われ、ユリウスが訊いて初めて語ったのだ。
もしユリウスが夢の話を持ち出さなければ、ずっと隠し続けていたのだろうか。
ノヴァに訊きたいことはあれど、会いたいのかどうか、わからなくなる。
ノヴァが、バーバラの知る彼とは違う人に見える気がして、会うのが怖かった。
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