2度目も、きみと恋をする

たつみ

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22.動揺の最中

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 バーバラは与えられた客室で、ぼんやりとソファに座っている。
 食事もほとんど喉を通らない状態だ。
 
 あれから2日半。
 
 わかっているのは、ユリウスが命を取り留めたことだけだった。
 だからと言って、安心はできない。
 命が助かったとはいえ、意識があるのか、どれくらい悪いのかなど、なにもわからずにいるからだ。
 
「……私のせいだ……私のしたことが……」
 
 引き金になったのだと思う。
 あのグラスはバーバラのものだった。
 たまたまユリウスがふざけて取り上げていなければ、バーバラが毒に倒れていたはずなのだ。
 
 けしてユリウスが狙われたのではない。
 
 けれど、周囲はユリウスが狙われたのだと思っている。
 競馬場からユリウスは宮に運ばれ、バーバラは客室に帰された。
 以来、部屋から出られずにいる。
 犯人が捕まっていないため、彼女も疑われているのだ。
 
「殿下の意識が戻っていないからよね……」
 
 状況を訊きに来た騎士に、バーバラも一部始終を話した。
 それでも疑いは晴れていない。
 最も身近にいた人物なのだから、しかたがないことではある。
 厳しい尋問を受けずにいられていることのほうが不思議なくらいだ。
 
 おそらくカニンガムを刺激したくないのだろう。
 客室に軟禁状態となって以来、手紙を出すことも許されていない。
 バーバラがノヴァに手紙を出したのは、王都についた日。
 速馬でも届くには1日半はかかる。
 
「でも、たぶんノヴァからの返事は届けてもらえない」
 
 両手で顔を覆い、体を丸めた。
 ルウェリン公爵邸での夜会でとった行動が起因しているのでなければ、バーバラが狙われる理由がない。
 すべて自分が招いたことのように思えて、罪悪感に押し潰されそうだ。
 
「……殿下は……大丈夫なの……?」
 
 血を吐いて倒れたユリウスの姿を思い出し、背筋がぞくりと震える。
 ユリウスが飲んだのは、たったひと口。
 もし一気に飲み干していたら、確実に死んでいた。
 少量だったからこそ、助かったのだ。
 
「いったい誰が……私を殺したって意味ないじゃない……」
 
 今回の策では、もともとバーバラの立場を曖昧にしておくことが目的だった。
 とはいえ、ユリウスの客人として扱われている以上、どちらかと言えば第2王子にカニンガムがつくのではないかという憶測が生まれる。
 それだけですんでいればともかく、バーバラはゼティマにも「好意的」な態度を取った。
 
 つまり、カニンガムの動きを懸念したのであれば、どちらの支持層からも犯行に及ぶ者が出る危険性があった、ということになる。
 
 が、しかし。
 
 バーバラは、ゆっくりと体を起こした。
 ひとつ、気づいたことがある。
 
「殿下のグラスにはワイン……私のグラスには……葡萄ジュース……」
 
 バーバラが王都に来たのは、今回が初めてだ。
 なのに、バーバラには、定番のワインではなく葡萄ジュースが出された。
 あれがワインだったなら、バーバラは口をつけていなかったかもしれない。
 グラスを持ってきた者は、それを知っていたと考えられる。
 
「……ゼティマだ。ラセルオンに、お酒が苦手だって言って断ったもの……」
 
 すぐに話をしようと、立ち上がった。
 だが、またソファに腰を落とす。
 
「証拠もないのに誰が信じる? ラセルオンに否定されて終わりよ」
 
 むしろ、ゼティマに罪を着せようとしていると言われるだろう。
 そうなれば、カニンガムにまで、あらぬ疑いをもたれかねない。
 ゼティマがそこまで狙っていたのだとすれば、下手に騒ぐのは危険だ。
 
 バーバラは自分の判断で動いて、1度、失敗している。
 その1度の失敗が尾を引いていた。
 
「駄目だわ……本当に、なんてことをしてしまったの、私……」
 
 こんな話を信じてくれるとすれば、当事者であるユリウスしかいない。
 今は慎重になって、ユリウスが回復するのを待つのが最善だ。
 わかっていても、不安と罪悪感が押し寄せてくる。
 なにもできないことで、いっそう時間が長く感じられた。
 
 溜め息をつきかけた時、ドアがノックされる。
 食事もお茶も欲しくはなかったが、無視するわけにもいかない。
 返事をすると、ドアが開き、その向こうに騎士が立っていた。
 慌てて立ち上がり、騎士に駆け寄る。
 
「殿下のご容体はどうなのですか?」
「数時間前に意識がお戻りになられました。レドナー伯爵令嬢をお呼びするように言いつかっております」
 
 胸を押さえ、大きくを息を吐き出した。
 自分を呼んだということは、毒の影響が抜けきってはいないとしても、意識はしっかりしているのだ。
 話をしてみるまで、まだ予断は許されないが、ほんの少し安堵する。
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