2度目も、きみと恋をする

たつみ

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16.皮肉の応酬

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 カニンガムの領地から王都までは、馬車で丸3日ほどかかる。
 王子殿下が野宿などするはずもなく、途中の領地に立ち寄っていた。
 いつ先触れを出していたのかは知らないが、いずれの領主も歓待。
 一昨日は深夜近くの到着だったにもかかわらず、豪勢な食事を始め風呂に寝室と、至れり尽くせりだった。
 
「もう少し愛想良く振る舞ってもらいたい」
「ほどほどの距離を保つほうがよろしいのでは?」
「だからこそ、言っている。きみが望んだ王都見物だからな」
 
 自分が望んだのではない。
 
 という言葉を必死で飲み込み、バーバラは口元を少しだけ緩める。
 王都見物なんて望んではいないが、ユリウスの策に乗ったのは自分の意思だ。
 とはいえ、一方的な命令を不愉快に感じずにはいられない。
 
「ずいぶんと準備をされておられたようですね」
「当然だ。夢が過去だと予測できて以来、準備を怠ったことはない」
「であれば、殿下こそ微笑まれてはいかがです?」
 
 ユリウスが、一瞬、顔をしかめたあと、ふっと笑みを浮かべた。
 ユリウスとの気詰まりな馬車での時間がなければ、勘違いしていたかもしれない。
 今はダンス中でもあるので、体も顔も近づいている。
 演出だとわかっていても、居心地が悪かった。
 
「ノヴァドが公の場に姿を現わさなくても、誰も不審に思わないのは幸いだ」
 
 やわらかく微笑みながらも、ユリウスの口から出てくるのは嫌味だ。
 ノヴァが周囲からどう思われているかを知っていて、皮肉っている。
 
 今夜は、ルウェリン公爵家の夜会に出席していた。
 王都に着く手前に、ルウェリン公爵家の領地がある。
 今朝というより昨日の深夜に出発したのは、ルウェリン領に早目に入りたかったからだろう。
 
(夜会に出席するって話は、馬車の中で聞かされたけどね)
 
 なのに、昼過ぎについたルウェリン公爵邸では、すでに夜会の準備が整えられていたのだ。
 バーバラのドレスまで用意されていて、内心、彼女は腹を立てていた。
 
 招待客の多さから、かなり前から夜会が予定されていたとわかる。
 そして、あつらえられたドレスとくれば、バーバラの出席も事前に組み込まれていたのだと、わからないはずがない。
 
(私が提案を受け入れる前提だったってことよ)
 
 断られるとは思っていなかったのだろうし、実際、ユリウスの「予定通り」に事は運んでいる。
 断るのが難しい状況だったとはいえ、まんまと乗せられた気がして気分が悪い。
 それでも、楽しげに振る舞わなければならないのが、なお癪に障る。
 
「私もいわくつきですから、公の場に出ずにすむのはありがたかったのですが」
 
 ユリウスに引っ張り出されて迷惑だという含みを持たせて言った。
 だが、ユリウスは優雅な微笑みを崩さない。
 間を置くこともなく軽々とバーバラをいなす。
 
「いわくつきというのも好都合だ。買われた花嫁であるきみが、逃げ出すわけにもいかず退屈さに押し潰されそうになっていてもおかしくはない。婚姻前に、最後の休暇を楽しもうと考えるのも無理からぬ話だと、周りは勝手に解釈する」
 
 バーバラは、早く曲が終わってくれることを願った。
 この調子だと、いずれユリウスの足を思いきり踏んづけてしまう。
 
「きみは、なぜ私に恋をしたのかわからないという顔をしているが、その心境には共感を覚えるね。期待外れだったのは、お互いさまだ」
「なにか誤解があるようですわ。私は殿下に期待したことなど1度もございません」
 
 青色の瞳がスッと細められる。
 なぜか胸の奥が、ツキンと痛んだ。
 
「ノヴァドを本気で愛しているとでも?」
「それがなにか? 殿下にとっても好都合でしょう?」
「もちろんだ。期待外れで良かったと思っている。以前のきみであれば、あるいは再び恋に落ちる危険性もあった。そういう懸念がないのは、実に喜ばしい。やはりノヴァドには感謝しなければ」
 
 いちいち言うことに棘を感じる。
 にもかかわらず、表情だけは穏やかで優しげなのだからタチが悪い。
 バーバラは、不愉快さをこらえるだけで精一杯だ。
 ともすれば顔をしかめそうになるのを我慢している。
 
「それは本心ですか?」
「本心だ」
「それにしては、ノヴァに対して辛辣に感じるのですが」
「ノヴァドに対してではない。きみに対してだ」
「まさか私が再び殿下と恋に落ちることを危惧して、予防線を張っておられると?」
 
 ユリウスは返事をせず、ハーバラの体をクイっと引き寄せた。
 青色の瞳に自分が映っているのまでもが見える近さだ。
 
「どうして、きみは、それほど変わってしまったのかな? 私のバービーは、どこにいった?」
「以前の私がどうであろうと、今の私が私です」
 
 ユリウスが、パッとバーバラの体を離す。
 気づけば、曲が終わっていた。
 鼓動が、やけに速い。
 ユリウスに瞳を覗き込まれるのは苦手だ。
 
「今のきみなら1人でも大丈夫そうだ。私はフレデリカと踊ってくる」
 
 そう言って離れていく姿にホッとする。
 ユリウスは、金色の髪の女性に手を差し出し、ダンスの申し入れをしていた。
 
(あれは、きっとルウェリン公爵令嬢ね。彼女、すっかり殿下に夢中みたい)
 
 ユリウスの本性も知らないで、と思う。
 と、同時にまた胸がツキンと小さく痛んだ。
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