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12.違和感の原因
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小ホールには、ユリウスの希望通り3人が集まっている。
座りかたも、先に来ていたユリウスの「指示」に従った。
テーブルを挟み、ソファに向き合って、ノヴァとユリウス。
バーバラは、ノヴァを左、ユリウスを右に見る形で座っている。
2人は長ソファで、バーバラは1人掛け用だ。
「時間が限られているのでね。まずは私が訊いたことに、きみたちが答えるというふうに話を進めさせてほしい」
ノヴァもバーバラも黙ってうなずく。
王族を相手に「否」はない。
わかっているくせに釘をさすような言いかたをするユリウスに、イラっとした。
これでは、ノヴァが言葉に窮していても、バーバラに口を挟む余地はない。
「では、ノヴァド。そのアッシュブルーの髪は母君譲りだそうだけれど、きみは、きみの母君について、どう思っているのか訊かせてくれないか」
ノヴァドの母親は、ノヴァドを出産した時に命を落としている。
バーバラは、ハーヴィドとノヴァの母親を肖像画で見たことがあった。
ノヴァドが、カニンガム公爵ともハーヴィドとも似ていないのは、完全に母親似だからだ。
(こんな質問あんまりだわ! ノヴァが気にしていないはずないのに!)
おそらくユリウスは、ノヴァの母親の死が出産によるものだと知っている。
でなければ、亡くなっているカニンガム公爵夫人の話題など持ち出す理由がない。
ユリウスの意図は不明だが、ノヴァに嫌がらせしているようにしか思えなかった。
「……か、感謝、して、います……」
「そうだろうね」
ノヴァの答えを切って捨てるような言い草にも腹が立つ。
言えるものなら、そんな返事は失礼過ぎる、と言いたかった。
だが、最初に釘を刺されているので、バーバラに発言権はない。
隣り同士ではないため、ノヴァの手を握ることもできなかった。
「きみとハーヴィドの乳母……と言っても、きみが産まれて半年も経たないうちに乳母をやめてしまった女性と話をする機会があった。なぜ乳母がやめたか、きみは知っているかな?」
それは、バーバラの知らない話だ。
バーバラがカニンガム公爵家に引き取られた時には、ノヴァはすでに十歳。
乳母が必要な歳ではなくなっていた。
バーバラには乳母がいたが、その乳母とは別の女性の話になる。
「夢見が、悪かったから、です」
「なんでも、きみが産まれる夢……いや、産まれなかった夢を見ていたらしいね」
「なんてことを仰るのですか!」
思わず、声を上げてしまった。
無礼なのはわかっている。
だが、黙ってもいられない。
母親のことのみならず、ノヴァが「産まれなかった」とまで口にしたユリウスに、怒りで体が震えていた。
「落ち、着いて……大丈夫、だから」
「でも、ノヴァ、あんまりじゃない……こんな話……」
「大丈夫……」
「それなら話を続けよう。バーバラ嬢、きみとはあとで話をする。それまで静かに聞いていてほしい」
しかたなくバーバラは口を閉じる。
ユリウスのほうは見ないことにして、ノヴァに視線を向けた。
いつもと同じように、ノヴァは背を丸め、うつむいている。
なのに、違和感があった。
「きみの母君は、ハーヴィドを産んだあと、体が弱っていて、第2子を望むことは命を失うことに繋がると言われていたそうだ。つまり、死ぬとわかっていてきみを産んだことになる。産まないという選択もあっただろうに」
「母は、僕を産む、ことを、選んだの、でしょう」
「そうなるね。事実、きみはここにいるのだから、それは否定しないよ。けれど、本当に産まない選択をしなかったのか、ということには疑問が残る。乳母が見た夢では、きみは産まれていない」
「母が、選んだ、結果だと、思います」
ようやくバーバラは違和感の原因に気づいた。
たどたどしい口調は変わらないが、ノヴァはしっかりと答えている。
いつものノヴァに比べると「すらすら」と返事をしているのだ。
あたかも答えを用意していたかのごとく。
一生懸命に言葉を選んでいるといった様子がない。
ユリウスも、ノヴァの返事を予測していたみたいに、平然としている。
取り残されているのは、バーバラだけたった。
(乳母の夢……私が見てた夢と似てるわ……状況が現実とは違う)
乳母の夢で、ノヴァは産まれていない。
現実には、ノヴァは産まれている。
バーバラの夢で、婚約は解消された。
だが、現実では解消されていない。
似た状況でも過程が異なるため、結果も異なる。
まるで迷子になった時、出発点から始めるのと似た感覚があった。
同じ道を進みつつも、分岐点では前と異なる道を選ぶ。
同じほうを選べば、また迷子になるのだから当然だ。
(どういうこと……? あの夢は、夢じゃなかったとでも……)
夢ではなかったとしたら、なんなのか。
頭が混乱してくる。
漠然と捉えてはいるが、理解することを心が拒否していた。
あまりにも非現実的に過ぎて、受け入れがたい。
答えに辿りつくまいと必死になっているバーバラの耳に、ユリウスのやわらかい声が響く。
「きみは、いつから夢を見始めた? 私は18歳からだよ、バービー」
座りかたも、先に来ていたユリウスの「指示」に従った。
テーブルを挟み、ソファに向き合って、ノヴァとユリウス。
バーバラは、ノヴァを左、ユリウスを右に見る形で座っている。
2人は長ソファで、バーバラは1人掛け用だ。
「時間が限られているのでね。まずは私が訊いたことに、きみたちが答えるというふうに話を進めさせてほしい」
ノヴァもバーバラも黙ってうなずく。
王族を相手に「否」はない。
わかっているくせに釘をさすような言いかたをするユリウスに、イラっとした。
これでは、ノヴァが言葉に窮していても、バーバラに口を挟む余地はない。
「では、ノヴァド。そのアッシュブルーの髪は母君譲りだそうだけれど、きみは、きみの母君について、どう思っているのか訊かせてくれないか」
ノヴァドの母親は、ノヴァドを出産した時に命を落としている。
バーバラは、ハーヴィドとノヴァの母親を肖像画で見たことがあった。
ノヴァドが、カニンガム公爵ともハーヴィドとも似ていないのは、完全に母親似だからだ。
(こんな質問あんまりだわ! ノヴァが気にしていないはずないのに!)
おそらくユリウスは、ノヴァの母親の死が出産によるものだと知っている。
でなければ、亡くなっているカニンガム公爵夫人の話題など持ち出す理由がない。
ユリウスの意図は不明だが、ノヴァに嫌がらせしているようにしか思えなかった。
「……か、感謝、して、います……」
「そうだろうね」
ノヴァの答えを切って捨てるような言い草にも腹が立つ。
言えるものなら、そんな返事は失礼過ぎる、と言いたかった。
だが、最初に釘を刺されているので、バーバラに発言権はない。
隣り同士ではないため、ノヴァの手を握ることもできなかった。
「きみとハーヴィドの乳母……と言っても、きみが産まれて半年も経たないうちに乳母をやめてしまった女性と話をする機会があった。なぜ乳母がやめたか、きみは知っているかな?」
それは、バーバラの知らない話だ。
バーバラがカニンガム公爵家に引き取られた時には、ノヴァはすでに十歳。
乳母が必要な歳ではなくなっていた。
バーバラには乳母がいたが、その乳母とは別の女性の話になる。
「夢見が、悪かったから、です」
「なんでも、きみが産まれる夢……いや、産まれなかった夢を見ていたらしいね」
「なんてことを仰るのですか!」
思わず、声を上げてしまった。
無礼なのはわかっている。
だが、黙ってもいられない。
母親のことのみならず、ノヴァが「産まれなかった」とまで口にしたユリウスに、怒りで体が震えていた。
「落ち、着いて……大丈夫、だから」
「でも、ノヴァ、あんまりじゃない……こんな話……」
「大丈夫……」
「それなら話を続けよう。バーバラ嬢、きみとはあとで話をする。それまで静かに聞いていてほしい」
しかたなくバーバラは口を閉じる。
ユリウスのほうは見ないことにして、ノヴァに視線を向けた。
いつもと同じように、ノヴァは背を丸め、うつむいている。
なのに、違和感があった。
「きみの母君は、ハーヴィドを産んだあと、体が弱っていて、第2子を望むことは命を失うことに繋がると言われていたそうだ。つまり、死ぬとわかっていてきみを産んだことになる。産まないという選択もあっただろうに」
「母は、僕を産む、ことを、選んだの、でしょう」
「そうなるね。事実、きみはここにいるのだから、それは否定しないよ。けれど、本当に産まない選択をしなかったのか、ということには疑問が残る。乳母が見た夢では、きみは産まれていない」
「母が、選んだ、結果だと、思います」
ようやくバーバラは違和感の原因に気づいた。
たどたどしい口調は変わらないが、ノヴァはしっかりと答えている。
いつものノヴァに比べると「すらすら」と返事をしているのだ。
あたかも答えを用意していたかのごとく。
一生懸命に言葉を選んでいるといった様子がない。
ユリウスも、ノヴァの返事を予測していたみたいに、平然としている。
取り残されているのは、バーバラだけたった。
(乳母の夢……私が見てた夢と似てるわ……状況が現実とは違う)
乳母の夢で、ノヴァは産まれていない。
現実には、ノヴァは産まれている。
バーバラの夢で、婚約は解消された。
だが、現実では解消されていない。
似た状況でも過程が異なるため、結果も異なる。
まるで迷子になった時、出発点から始めるのと似た感覚があった。
同じ道を進みつつも、分岐点では前と異なる道を選ぶ。
同じほうを選べば、また迷子になるのだから当然だ。
(どういうこと……? あの夢は、夢じゃなかったとでも……)
夢ではなかったとしたら、なんなのか。
頭が混乱してくる。
漠然と捉えてはいるが、理解することを心が拒否していた。
あまりにも非現実的に過ぎて、受け入れがたい。
答えに辿りつくまいと必死になっているバーバラの耳に、ユリウスのやわらかい声が響く。
「きみは、いつから夢を見始めた? 私は18歳からだよ、バービー」
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