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5.彼女の想い
しおりを挟む「本当に……来た……」
金色の髪に、はっきりとした青色の瞳。
令嬢受けする端正な甘い顔立ち。
丈が少し長めの赤い騎士服が、馬上でも様になっている。
グラバドス王国第2王子、ユリウス・ダナン。
十数名の護衛騎士を引きつれた王子一行に、バーバラは、ぽかんとしていた。
正直、本当に来るとは思っていなかったのだ。
16歳になって2ヶ月目の春。
バーバラの毎日は穏やかに過ぎている。
14歳の社交界デビューの日、姉たちに嫌なことは言われた。
だいたいは夢の内容と一致している。
だが、バーバラは傷つきもしなかったし、婚約の解消を考えもしなかった。
その後は、それまで通り。
これという変化もなく時間は流れている。
そもそも夢の続きは、バーバラが傷ついたことを前提に進んでいた。
そのため、傷つかなかったバーバラの日常とは重ならなかったのだ。
(あの日に嫌味を言われたのは一致してたから、まさかとは思ったけど)
16歳の誕生日を迎えた時、しばらく棚上げにしていた夢の内容と、またぞろ向き合わなければならなくなった。
夢の中では、ちょうどその頃、ユリウスがカニンガム公爵家を訪れている。
明確な日時までは覚えていなかったが、庭にある花が、蕾をつけ始めていたのは覚えていた。
(ぼんやりだけど、服もあんな感じだったような……)
赤と銀のイメージ。
銀は、おそらく襟や裾に施された銀糸の刺繍だろう。
近づくに連れ、細かいところまで見えて来る。
「ねえ、ノヴァ。本当に来ちゃったよ」
バーバラは窓から離れ、ソファのほうへと戻った。
ここはノヴァの私室。
2階の窓からは、屋敷の外門まで一直線に見えるのだ。
そちら側にバルコニーはないが、あったとしても出るつもりはなかった。
変に目立って、ユリウスに見つかりたくはない。
単純に確認したかっただけで、会いたいとは思わずにいる。
(会ったって、なにも変わらないもの)
傷つかなかったバーバラは、相変わらずノヴァが大好きだ。
誕生日後は、着々と婚姻の式の準備を始めている。
来月には招待状も出す予定。
式は4ヶ月後に迫っていた。
(夢では、16歳になって早々、ノヴァに婚約解消を言い出してたっけ)
夢でのバーバラは「買われた婚約者」と言われたことに傷つき、ノヴァと距離を置くようになっていく。
その気持ちを2年も引きずり続けた結果、いよいよ婚姻間近となった際に、婚約解消を決意するのだ。
前かがみになり、膝に肘を置いて、両手で頬を支える。
正面にいるノヴァの横顔を見つめた。
ノヴァが小さく肩を揺らせる。
「な、なに……?」
「私、ノヴァが好き」
「……あ、そう……」
たどたどしく返事をしつつ、ノヴァは、そっぽを向いた。
髪の間から見える耳の端が赤い。
狼狽えてはいても、嬉しくないわけではないのだ。
「ノヴァって、私のこと好きだよねえ」
長く一緒にいるのだから、わかる。
好きでも嫌いでもないとか、家族への愛情とかいったものとは違う感情。
バーバラ自身もいだいている思いだからか、伝わってくるものがあった。
それに。
「……ボビー……い、言わせたい、だけ、だろ……」
「うん、そう。だって、何回、言われても嬉しくない?」
ノヴァは首まで赤くなっている。
視線をチラチラさせていることにも気づいていた。
そんなノヴァを、わざと、じいっと見つめる。
「………………す、好き、だよ。けど……い、言うのは、に、苦手……」
にこぉとバーバラは笑みを浮かべた。
毎回「苦手」だと念押ししてくるくせに、ノヴァは必ず言ってくれるのだ。
もちろん、バーバラも、しょっちゅう訊いたりはしない。
時々だ。
「第2王子殿下が令嬢受けする人でも、私には関係ないよ。会うこともないし」
「ど、どう、かな」
「え? 私が心変わりするって疑ってるの?」
「そ、そうじゃ、なくて……」
コンコンとドアがノックされた。
すぐにメイドの声が聞こえてくる。
「ノヴァド様、バーバラ様、旦那様がお呼びにございます」
反射的にドアのほうへと向けていた視線をノヴァに戻した。
ノヴァが深く溜め息をつく。
ノヴァは年中、私室に引きこもっていて、食事時以外、滅多に外には出ない。
それをカニンガム公爵もハーヴィドも許している。
にもかかわらず、わざわざ呼ぶということは。
「王子殿下が、ご要望なわけね」
夢の内容の筋書とは異なっていた。
バーバラは、到着直後のユリウスには会っていない。
自分が傷つかなかったことや婚約解消を持ち出さなかったことと同じ。
夢の内容と現実には差異がある。
「会わない方法ないかな?」
「ど、どうせ、会うなら、は、早いほうが、いい」
王子一行は、予定通りならば数日間、滞在するのだ。
ノヴァが言ったように「どうせ会う」ことになる。
バーバラも溜め息をついて、ソファから立ち上がった。
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