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3.彼女の気がかり
しおりを挟む「つまり、その言葉に傷ついたボビーは、婚約を解消すると考え始めるのだね」
「ええ、有り得ないけど」
「その2年後、ここを訪れたユリウス第2王子殿下に恋をするわけか」
「ええ、絶対に有り得ないけど」
「それからユリウス王子殿下が手を貸して婚約解消成立、そのままボビーを連れて王宮に行き、婚姻すると」
「ええ、絶対の絶対にありえないけど」
夢の内容は、14歳の社交界デビューの日から始まった。
十歳で見始めて、毎日だいたい半日分程度の内容で進んでいる。
つまり、現実では1年が過ぎても、夢では半年しか時間が経過しない。
それまでも何度か2人に相談しようと思った。
ノヴァとの婚約解消を考え始めている自分の姿に腹が立ったからだ。
だが、所詮は夢だと無視し続けた。
実際のバーバラは、婚約解消なんて考えたこともない。
というより、ノヴァと早く婚姻したいくらいだった。
従って、本気で受け止める必要はないと思っていたのだけれど。
「さすがに我慢できなくなったというか、私の歳が夢の冒頭に追いついてしまったから、この際、打ち明けておいたほうがいいと思ったの」
社交界デビューの夜会は3日後。
現実になるとは思っていないが、「なにか」は起きるかもしれない。
夢の内容は16歳になるまで続いていた。
そのことが気になっている。
「ボビー、ひとつ訊いておきたいのだが……買われた婚約者だと言われたことに、実際、傷ついているかね?」
「いいえ、まったく」
2人が安心したように、笑みを浮かべた。
事の発端というのもあるだろうが、本気でバーバラを心配しているに違いない。
「私がカニンガムで育てられていることは、貴族の間では有名な話だもの。それを私は気にしたことがないのよ? むしろ、レドナーの名のほうが恥ずかしいわ」
カニンガム公爵家の持つ鉱山の内でも価値のあるダイヤモンド鉱山は、ノヴァとバーバラの共同名義とされていた。
だが、2人には管理する能力がないため、バーバラの後見人のレドナー伯爵家が管理している。
建前では、そうなっていた。
とはいえ、共同名義なのだから、本来はノヴァの父で、そもそもの所有者であるカニンガム公爵が管理すべきなのだ。
周囲だって、それはわかっている。
実際、そのおかげで、レドナー伯爵家は羽振りが良くなったらしい。
借金を帳消しにしたうえ、さらなる贅沢三昧をしているという。
ドレスをあつらえるため公爵邸に呼んでいる仕立て屋から聞いた話だ。
そんな調子では、鉱山と引き換えに「買われた」と言われてもしかたがない。
けれど、近頃では、それを口にする者はいなくなっていた。
ノヴァは夜会や催し事を欠席することが多かったが、義父や義兄は、そうした場に、しばしばバーバラを伴う。
2人は彼女に甘々で、彼女自身も2人に懐いているのは明らかだった。
中には意地の悪い問いかけをする者もいたが、バーバラはさらりと流している。
令嬢教育もしっかり受けていると見せつけるためだ。
予想でしかないとはいえ、レドナー伯爵家にいたら「婚外子」として蔑ろにされ、教育など受けられなかった気がする。
婚外子は嫡子と同じ待遇を受けられないことが多い。
認知すらされないのも、めずらしくないほどなのだ。
家門の恥、厄介者だとされる。
例外は、力のある家門の後継者となる者くらいだろうか。
そして「カニンガム公爵家の」バーバラは特例中の特例。
影では「婚外子」を優遇し過ぎだと眉をひそめられているはずだ。
なのに、表向きは「特別」に好意的な態度を取ってくる。
カニンガム公爵家に敵対するほどのことではないからだろう。
自家に無関係な「婚外子」のために損をする必要はない。
(特例が気に入らなくても、カニンガムに嫌味を言うくらいならレドナーを馬鹿にするほうが簡単だもの)
というわけで、貴族間では「カニンガムが買った」のではなく「レドナーが売った」との構図になるのだ。
ただ、いずれにせよ、バーバラには意味がない。
「十歳の時に、レドナーは帰りたくなったり恋しくなったりする場所じゃないってことはわかったし、お義父さまが私を救ってくれたってこともわかってる。だから傷つくなんて有り得ないのよ」
「そう言われると気恥ずかしいが、嬉しいね」
「お前が傷ついていないのなら、それでいいさ」
バーバラは2人に、にっこりと微笑む。
レドナー伯爵家の者たちは欲深い。
どっちみち、どこかに「売り払われて」いた。
ならば、自分はとても幸運なのだ。
いつも、そう感じる。
義父や義兄は本当の娘のように可愛がり、守ってくれていた。
あたたかい家庭で、何不自由なく育ててもらったのだ。
「でも、だから変なのよね。夢と現実の辻褄が合わないでしょ? なのに、社交界デビューの夜会だとか、妙に現実的なところもあって」
バーバラが最も気にしているのは、そこだ。
夢の中の自分と現実の自分は乖離していて、夢が願望でもないのは確かなのだけれども。
「ともかく夜会後に心境の変化があったかどうか、確認してみようじゃないか」
義父の言葉にうなずく。
どこまで夢が現実に迫ってくるのかを確かめる必要があった。
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