放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

文字の大きさ
上 下
65 / 80

伝えたいことは 1

しおりを挟む
 アリスは、森を出たところで、ぴたりと足を止めた。
 魔力感知はできないが、気配を感じ取るのは得意なのだ。
 とくに変転中は、その動物の能力が、ある程度は付加される。
 
「どうしたの、アリス?」
 
 シェルニティが、アリスの耳を撫でていた。
 アリスの耳が、真後ろに、ぴったりとくっつくほど倒れているからだ。
 アリスの感情に反応して、自然に、そうなっている。
 
 アリスは、今、危険を察知していた。
 ここにいるのは「ヤバい」と感じている。
 見えなくても、わかるのだ。
 じりっと、後ろに下がった。
 
(魔術師がいる。たぶん、レックスモアの……)
 
 思ったところに、衝撃を受ける。
 バーンッと、体に、なにかがぶつかってきた。
 必死で、体勢を保とうと脚を踏ん張る。
 倒れてしまったら、シェルニティを地面に叩き落とすことになるからだ。
 
 それでも、保ち切れず、ゆらっと、体が斜めにかしぐ。
 背中で、小さな悲鳴が聞こえた。
 一瞬、落としてしまったかと焦る。
 が、シェルニティも必死で、アリスの首にしがみついていた。
 
(逃げるのは……無理か……)
 
 相手は魔術師だ。
 一瞬で、炎につつまれることも有り得る。
 アリスは魔術が使えない。
 防ぐ手立ても持ってはいなかった。
 
(森ン中に戻るしかねーな。そうすりゃ、あの人の感知に引っ掛かるはずだ)
 
 彼が気づきさえすれば、問題は解決する。
 どんな魔術師だろうが、彼に敵うはずはないのだから。
 
「シェルニティ・ブレインバーグ。馬から降りて、こちらに来てください」
 
 ローブ姿の魔術師が姿を現した。
 アリスのことは無視して、シェルニティだけを見ている。
 大きく動けば、魔術で攻撃されるとわかっていた。
 そのため、じわりと体を後退させる。
 
 べき。
 
 嫌な音がした。
 勝手に、体が前に傾く。
 アリスの前脚が折れていた。
 
「アリスッ!!」
 
 アリスは痛みに耐えながらも、立とうとする。
 が、次の瞬間、また音がした。
 今度は後ろ脚だ。
 
「やめてっ!! アリスに酷いことしないで!!」
「あなたが、1人では降りられないようでしたから、手伝ってあけただけですよ」
 
 シェルニティが、アリスの背から飛び降りる。
 かがみこみ、泣きそうな顔で、アリスの首筋を撫でていた。
 
「アリス、アリス……ああ、酷いわ、こんな……」
 
 首を伸ばし、シェルニティの頬を舐める。
 大丈夫だと伝えたかったのだ。
 
「こちらに来なさい。でなければ、その馬に、もっと痛い目を……」
「やめてっ!! どうして、こんなことをするのっ?」
「あなたが素直に従えば、なにもしませんよ。私は馬になど興味はありません」
 
 魔術師も、わかっているらしい。
 森に逃げ込まれれば、彼に知れる。
 だから、森から出るまで待っていたに違いない。
 そして、森に逃げられないよう、シェルニティのほうから、近づいて来るように仕向けている。
 
「わかったわ。だから、アリスに酷いことをしないでちょうだい」
「私と一緒に来ていただけますね?」
「ええ。あなたと、一緒に行くわ」
 
 シェルニティが、アリスのほうに向き直る。
 頬のあたりに口づけ、手で、たてがみを撫でてきた。
 
「ごめんなさい、アリス。あなたを、こんな目に合わせてしまって……」
 
 言ってから、シェルニティが、立ち上がろうとする。
 その彼女の襟元をアリスは噛んだ。
 首を大きく降って、森のほうへと投げ飛ばす。
 シェルニティに手荒なことはしたくなかったが、しかたがなかった。
 
(転移で連れてかれちまうよりは……)
 
 この辺りには、点門に必要な「点」はない。
 だから、魔術師は、あえてシェルニティに同意を求めた。
 シェルニティは、その言葉に「一緒に行く」と返事をしてしまっている。
 それは、転移への便乗を承諾したことになるのだ。
 
 彼女の体の半分が、森の領域に入っている。
 アリスは、内心で、舌打ちをした。
 手足を折られた激痛と、踏んばりの効かなさで、力足らずだったのだ。
 本当は、もっと遠くまで、投げるつもりだったのだけれども。
 
「この……うっとうしい馬が……っ……」
 
 べきべき。
 
 ごふっと、アリスの口から血があふれた。
 肋骨が折られたようだ。
 視線の先に、白い骨が見える。
 腹を突き破っているのだろう。
 
「嫌っ!! アリス!! なんてこと……っ……」
(こっちに来んな! 森に逃げなきゃダメなんだよっ!)
 
 言葉にしたかったが、声が出ない。
 変転の場合、話そうと思えば話せるのだが、喉や口に血があふれていて、しかも激痛により、言葉にならなかった。
 
「こちらに来ていただけないのなら、その馬を殺します」
「待って!! あなたと行くと言ったでしょうっ?!」
「では、早く来てください」
 
 シェルニティが、アリスに駆け寄って来る。
 また森から出てしまった。
 
「こんな状態のあなたを置いていくのは、つらいわ。でも、行かなければ、あなたが殺されてしまうの。わかってちょうだいね……アリス……どうか、死なないで」
 
 アリスの頭を撫でたあと、シェルニティが魔術師のほうに向かって歩いて行く。
 自分では、彼女を守ることはできない。
 できなかった。
 
(……オレなんかのことより、自分の心配しろよな……シェリー……)
 
 アリスの目の前で、魔術師がシェルニティの肩に手を置く。
 瞬間、2人の姿が、パッと消えた。
 体も痛いが、それより、もっと心が痛い。
 
(畜生……なんで、オレは、ウィリュアートンなんだ!! 与える者の力なんかいらねえ! オレは……オレは、守るための力がほしいんだよっ!!)
 
 弟も守れなかった。
 そして、シェルニティのことも守れなかった。
 ただ魔力を与えるだけの力になど、なんの意味もない。
 
(悔やんでても、しかたねーよな……ないものは、ない……あるもので、なんとかやりくりしなけりゃならねーんだ……)
 
 アリスは、必死で考える。
 痛みで朦朧としつつ、ひとつの手立てを思いついた。
 
(命懸けだぜ……リカ、早まるなよ……あの人は、絶対に間に合うからサ……)
 
 アリスは、自分の体に残る魔術師の魔力痕をかき集める。
 そして、アリスに授けられた、もうひとつの能力を使った。
 この状態で、2つの能力を同時に使うのが、命懸けだとわかっていたけれども。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...