放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

文字の大きさ
上 下
54 / 80

ずっとがほしくて 2

しおりを挟む
 本当に、今日を選んだのではなかった。
 結果として、そうなってしまったが、夜会でのことは、彼の即興なのだ。
 ダンスのあと、もうほんのわずかな解術で、シェルニティを、本来の姿に戻せることに気づいた。
 
 彼女の「呪い」を、最も効果的な方法で解く。
 
 かねてより、考えていたことではあった。
 そして、それはうまくいった、と言える。
 これで、シェルニティは貴族から受け入れてもらえるはずだ。
 しかも、より好意的に、歓待されるに違いない。
 
 貴族らは善人ぶりたがっていたし、劇的な演出は、彼ら好みでもあるし。
 
 ただ、シェルニティの意思を無視した自覚はある。
 呪いを解くかどうか、また、いつ、どうやって解くかは、彼女と話し合って判断すべきことだった。
 
(結局、私にも貴族気質きしつがある、ということだ)
 
 自分の身勝手さを、彼は自嘲する。
 貴族を見下みくだしているにもかかわらず、その性質を利用する己もまた、貴族の範疇にいるのだと、感じていた。
 彼女を締め出した世界の住人になった気がして、自分が嫌になる。
 
「前にも言ったが、私を、いいもののように思ってはいけないよ」
「あの時にも言ったけれど、結局、あなたは、良いことをしたの。だって、呪いを解いてくれたのでしょう?」
「きみに意見も求めずにね」
「私は納得をしているわ」
「納得している? なぜだい? きみは、呪いがかかっていることすら知らされていなかったのに」
 
 シェルニティは、意見を持たない。
 そのように育ってきたからだ。
 言われたことに、言われるがまま従ってきた。
 両親、クリフォード、そして。
 
「きみは、私のすることに従った。そうさせたのは、私だ」
「それではいけないの?」
「私は、きみを支配する気はない」
 
 シェルニティを取り巻いていた連中と同じにはなりたくない。
 が、結局は、同じことをしているのではないか。
 彼らは彼女を隠し、自分は彼女を見世物にした。
 シェルニティのためだとしながら、本当に彼女のためになったか、自信はない。
 
「私、少し不愉快になっているわ」
「そうだろうね」
「あなたは、1人で勝手に考えて、1人でペラペラ話す。それは、悪い癖よ」
 
 肩に、シェルニティの手が乗せられる。
 
「呪いが解けたということから察するに、私の顔に痣はないのでしょう?」
「そうだよ。きれいさっぱり、なくなっている」
「みんなは、それが理由で私を“見られる”ようになったらしいけれど、あなたは、逆に私を見なくなったわね? いいから、こっちを向いてちょうだい」
 
 彼女の言葉に、彼は、のろのろと顔をそちらに向けた。
 シェルニティは、とても美しい。
 
 苺色をしためずらしい金髪は艶やかで、肌は日焼けを知らないほどに白かった。
 薄茶色だった瞳の色は輝きを増し、まるで金色に見える。
 もちろん右頬に、もう「痣」はない。
 
「あなたは、なにを心配しているの? 呪いを解いたことで、なにか困った事態に陥っているのなら……」
「そうではないよ、シェリー」
 
 肩にあった彼女の手を取った。
 その手の甲に口づける。
 
 もう、その必要はないのに。
 
 貴族たちに話したことは嘘ではない。
 魔術は、彼をしても万能ではないのだ。
 指先ひとつで、シェルニティにかけられた「呪い」を解くことはできなかった。
 それこそ、時間をかけている。
 
 食事に解術をほどこし、彼自身が、彼女にふれることで、少しずつ解いていたのだ。
 彼が、決まって右頬に口づけていたのにも、意味がある。
 蛇に咬まれた場所から毒を吸い出すかのごとく、解術の作用を促していた。
 
「これからのきみは、間違いなく、彼らに、礼儀を持って受け入れられる。きみがうつむいて生活をする必要はなくなったのだよ」
 
 それが、彼の願い。
 シェルニティを、謂れのない悪意から守り、そこから自由にしたかった。
 その願いは果たされたと言ってもいいだろう。
 
「そのために、あなたは、ひと芝居を打ったのでしょう?」
「ああ、そうだ。きみを見世物扱いしてね」
「それを気にしているの?」
「きみが……怒らないから、私が代わりに、私に怒っているのさ」
 
 シェルニティの境遇に救われてばかりいる。
 あんな真似をされれば、普通なら怒るし、なにより傷ついたはずだ。
 
「私は、きみが怒らないことも、傷つかないことも見越して、即興で芸を披露して見せたというわけだ」
「そうね。私は、怒ってもいないし、傷ついてもいないわ」
「それは、きみが……」
 
 言いかけた言葉が止まる。
 不愉快だと言っていたはずなのに、シェルニティは、笑っていた。
 
「どうして笑う?」
「だって、あなたったら、とても過保護なのですもの。私、過保護にされたのは、初めて……あら、あなた、また私の初めてを手に入れたようよ?」
 
 胸の奥が、きりきりと痛む。
 最近、増えてきた痛みだった。
 
 これ以上、踏み込んではいけない。
 
 彼は、自分自身を厳しく律しようとする。
 シェルニティには、この先、素晴らしい未来が待っているのだ。
 多くの選択肢の中から、彼女自身が選び、本当の意味で納得できる人生がある。
 けれど、その選択肢の中に、自分を入れることはできない。
 入れてはいけないのだ。
 
 2人の間に「ずっと」は、ない。
 
 彼は、シェルニティの顔を見つめる。
 そして、小さく微笑んだ。
 
「いいかい、きみ。私は、きみの本来の姿を知っていた。ほかの者たちは知らず、きみから目を背けていただろう?」
「ええ。ずっとそうだったから、あたり前に思っていたわ」
「だが、たった1人、違う人がいやしなかったかい?」
 
 シェルニティは首をかしげたあと、目をしばたたかせる。
 思い出したようだ。
 
 アーヴィング・ガルベリー。
 
「そういえば……王太子殿下は、私を見てくださったわね」
「審議の時も、彼は、きみを見ていたよ」
「そうだったの? 私、ほとんどうつむいていたから、知らなかった」
 
 そう、アーヴィングだけは違った。
 アーヴィングは、審議の場でも、シェルニティを見つめていたのだ。
 それに気づいたのは、彼だけではない。
 彼の幼馴染み、アーヴィングの父であるフィランディも気づいていた。
 
「今の、彼の魔術師としての力量では、呪いを見抜くことはできない」
「つまり、私の痣を本当になんとも思わなかったのは、王太子殿下だけだと、そう言いたいのね」
「そうだ」
 
 魔力顕現けんげんはしていたものの、民として暮らしていたアーヴィングは、魔術の教育を、ほとんど受けずに育っている。
 本格的に学び始めたのは王宮に入ってからだ。
 
「彼は、きみを……痣があっても、きみを美しいと思ったのさ」
 
 シェルニティには、相応しい「王子様」がいる。
 彼女は、お姫様であり、王子様と末永く幸せに暮らすべきなのだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

Knight―― 純白の堕天使 ――

星蘭
ファンタジー
イリュジア王国を守るディアロ城騎士団に所属する勇ましい騎士、フィア。 容姿端麗、勇猛果敢なディアロ城城勤騎士。 彼にはある、秘密があって……―― そんな彼と仲間の絆の物語。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...