放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

文字の大きさ
上 下
49 / 80

解かれた秘密に 1

しおりを挟む
 イノックエルと、その妻にも感じた苛立ちが、彼の気分を害している。
 シェルニティの前なので、なんとか自制を保っているだけだった。
 
 エリスティは、リリアンナと同じだ。
 
 シェルニティを無視し、彼に視線と言葉を投げている。
 儀礼的にであれ、まずは姉に挨拶をすべきだろうに。
 
(こういうところで、放蕩のツケが回ってくるとはね)
 
 彼は、けして「好色家」ではない。
 が、放蕩をしていたことで、そう思われているらしい。
 彼の心情とは無関係に、蜜を好む蜂が、たかってくる。
 それぞれが、女王蜂気取りでいるのを、不快に感じていた。
 
 割りきった関係を求める女性には、「たかる」習性がない。
 互いを牽制し合ったりはせず、単に「順番」を決めるのだ。
 本物の女王蜂であるからか、去って行くのは、彼女たちのほうだった。
 選択肢は向こうにあり、彼は、ただ、追いかけなかったに過ぎない。
 
 彼は、蜜にたかろうとする女性に、不快感をいだく。
 
 それこそ、放蕩していたので、すぐに見抜けた。
 サロン通いをしていた頃も、その手の女性には、一切、手を出していない。
 今より、ずっと「丁寧」に接してはいたけれど、それはともかく。
 
「ご、ごきげんよう、お姉さま。お久しぶりです」
 
 彼に揶揄されたからだろう、とってつけたように、エリスティが挨拶をする。
 が、やはり視線を合わせようとはしていなかった。
 
(人の内面は、時として顔に現れるものだが、シェリーの場合は、意味が異なる)
 
 彼が貴族に感じる「不快感」の原因は、品性の下劣さにおいてであり、長く貴族らしくしていると、顔に、それが現れるのだ。
 確かに「痣」自体は醜いものではあるだろう。
 とはいえ、彼女の内面は、とても美しいのだ。
 
 幼い少女とは違い、知識や教養を身につけていて、なお、屈託のなさを持ち続けている。
 人に媚びるいやらしさや、欲にまみれた下品さなど、彼女の顔の、どこにも現れてはいなかった。
 つまり、生まれつきの「痣」と、シェルニティの内面に因果関係はない。
 
「今年で、16歳になったのだったわね。大きくなったわ。私が、あなたと会ったのは……確か、2歳だったかしら。廊下で、すれ違っただけだったけれど、その頃から、あなたはとても可愛らしかったわ」
 
 シェルニティの言葉に、彼は、自制するのに苦労している。
 彼女は、何気ない日常の記憶を話しているだけだと、わかっていた。
 それでも、シェルニティが、いかに「家族」として扱われてこなかったかが、彼にはわかってしまう。
 
「ありがとうございます。お姉さまも、ご健勝そうで、なによりですわ」
 
 エリスティは、シェルニティを見ようともせず、そう言った。
 そのくせ、彼のほうには、視線を投げてくる。
 
(烏になったアリスにつつき回させたいところだが、そうもいかないな)
 
 そんなことになれば、シェルニティは、きっと妹を心配するに違いない。
 彼女を心配させるようなことはしたくなかった。
 となると、彼が、それよりは「穏便な方法」で、追いはらうよりしかたがない。
 
「妹君とは、長らく会っていなかったようだね」
「ええ。私が部屋に閉じこもっていたから、会う機会がなかったの」
 
 シェルニティは閉じこもっていたのではなく、閉じ込められていた、のだ。
 外出を禁じられていたのではないにしても、外に出れば「叱られる」身だった。
 それがわかっていたから、部屋に閉じこもっていただけだ。
 シェルニティ自身は「閉じ込められていた」とは思っていないだろうけれど。
 
「彼女が、きみの部屋を訪れたりはしなかったのかい?」
「だって、私の部屋は、エリスティの部屋とは、真反対なのよ? 用もないのに、遠くから来る必要はないでしょう? それに、来てもらっても、見せるものだってなかったもの。退屈させてしまったと思うわ」
 
 シェルニティが、陽気に小さく笑う。
 どうやら頭の中で、屋敷の配置や、自分の部屋を思い浮かべているようだ。
 
「あなたのくれた、色が変わる灯りの魔術道具、あれが、屋敷の部屋にもあれば、エリスティを呼んだでしょうね」
「単に、色が変わる置物っていうだけの代物じゃないか」
「でも、めずらしいのじゃないかしら?」
「ふぅん。自分で造っているからかな。どうも、いまいちピンとこない」
 
 彼は、そっと、シェルニティの手を取る。
 そして、その指先に口づけた。
 
「きみと離れるのは、気が進まないが、姉妹で水入らずの話もあるだろう。長らく会っていなかったようだし、積もる話があるのじゃないかな」
 
 彼が、エリスティを見たのは、最初に振り向いた時のみ。
 あとは、ずっと無視し続けている。
 座ることさえ促していない。
 エリスティが「同席」を求める隙も与えていなかった。
 
 さりとて、話題は「エリスティ」のこととしている。
 そのため、エリスティは、彼に無視されながらも、立ち去れない。
 自身が話題になっているにもかかわらず、挨拶もなしに、その場を離れるのは、失礼にあたるからだ。
 
 エリスティは、口も挟めないまま、テーブルのそばに、突っ立っている。
 周囲から、どれほど滑稽に見えるかは、意識しているのだろう。
 屈辱に満ちた雰囲気を、彼は敏感に察している。
 シェルニティには悪意がないため、エリスティの屈辱感には気づかないはずだ。
 もとより、彼女に、こうした「察する」能力を与えなかったのも、彼ら「家族」なのだから、自業自得だと、思っていた。
 
 もし、シェルニティに「察する」能力があれば、まずは、エリスティに座るよう促していただろう。
 そして、彼にしても、エリスティが、先にシェルニティへと挨拶さえしていればこんな態度は取っていない。
 むしろ、両親よりはマシだと、エリスティを丁寧に扱った。
 
「ねえ、きみ、私は席を外したほうがいいかい?」
 
 彼の言葉を理解できないのなら、エリスティは、クリフォードと同じくらい愚かだということになる。
 彼は、あくまでも、エリスティを無視し続けていた。
 今も、シェルニティに対して、問うている。
 
「どうかしら。私は、あなたがい……」
「お姉さま!」
 
 エリスティの顔色が、蒼褪めていた。
 彼の言葉を遮ることはできなくても、シェルニティの言葉なら、と、勇気を振り絞って遮ってきたようだ。
 それでも、彼を怒らせるかもしれない、との危惧はいだいているのだろう。
 だから、顔色を悪くしている。
 
「わ、私、ご、ご挨拶に、う、伺っただけですから……」
「挨拶なんていいのに。私、あなたが来ているとは知らなかったの。私のせいで、あなたに恥をかかせていないといいのだけれど」
「そ、そのようなことは、あり、ありませんわ! けして!」
 
 シェルニティが表情を曇らせたことに、エリスティは怯えていた。
 というより、シェルニティの変化を、彼が喜ばないとわかっているから、怯えているのだ。
 
「お2人の、お、お邪魔を、す、するつもりはありませんの」
「邪魔だなんて、そんなことはないわ、エリスティ」
「い、いえ、ほ、本当に、ご挨拶に伺っただけですから……し、失礼いたします」
 
 いとまを告げるやいなや、そそくさとエリスティがテーブルから離れて行った。
 目をしばたたかせているシェルニティに、彼は軽く肩をすくめてみせる。
 
「きみの妹君は、私に遠慮をしたようだ。まったく、私は、なんて気が利かない男なのだろうね。黙って、さっさと席を立つべきだったよ」
「そんなことはないわ。だって、ほら」
 
 シェルニティが、エリスティのほうに視線を向けていた。
 エリスティは、貴族の子息らに取り囲まれている。
 2人となにがあったのか、聞かれているに違いない。
 なにしろ、エリスティは、ぼうっと突っ立っていただけなのだから。
 
「そうか。彼女は16歳。そろそろ、婚姻相手を見つけなくちゃならないものな」
「そうよ。エリスティの気に入る、ご子息がいればいいのだけれど」
 
 自分の婚姻のことを思い出しているのだろう、シェルニティは、本気で心配そうにしている。
 家族から「感情」を与えられなかった結果、彼女には、憎悪の感覚すらない。
 彼は少し胸を痛ませつつ、シェルニティに、微笑んでみせる。
 
「心配することはないさ。なにか間違いがあったとしても、結局のところ、彼女に見合った結果が、ついてくるだろうからね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

『わたくしを誰だとお思い?』~若く美しい姫君達には目もくれず38才偽修道女を選んだ引きこもり皇帝は渾身の求婚を無かったことにされる~

ハートリオ
恋愛
38才偽修道女… 恋や結婚とは無縁だと納得して生きて来たのに今更皇帝陛下にプロポーズされても困ります!! ☆☆ 30年前、8才で修道院に預けられ、直後記憶を失くした為自分が誰かも分からず修道女の様に生きて来たアステリスカス。 だが38才の誕生日には修道院を出て自分を修道院に預けた誰かと結婚する事になる――と言われているが断るつもりだ。 きっと罰せられるだろうし、修道院にはいられなくなるだろうし、38才後の未来がまるで見えない状態の彼女。 そんなある夜、銀色の少年の不思議な夢を見た。 銀髪銀眼と言えばこの世に一人、世界で最も尊い存在、カード皇帝陛下だけだ。 「運命を… 動かしてみようか」 皇帝に手紙を出したアステリスカスの運命は動き始め、自分の出自など謎が明らかになっていくのと同時に、逆に自分の心が分からなくなっていき戸惑う事となる。 この世界で38才は『老女』。 もはや恋も結婚も無関係だと誰もが認識している年齢でまさかの皇帝からのプロポーズ。 お世継ぎ問題がまるで頭に無い皇帝は諦める気配がなく翻弄される中で自分の心と向き合っていく主人公は最後に―― 完結済み、 1~5章が本編で、 6章はこぼれ話的な感じで、テネブラエ公話が少しと、アザレア&レケンス姉弟(主にレケンス)話です。 *暴力表現、ラブシーンを匂わせる表現があります。 *剣、ドレス、馬車の緩い世界観の異世界です。 *魔法が普通ではない世界です。 *魔法を使えた古代人の先祖返りは少数だが存在します。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。 二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。 しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。 サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。 二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、 まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。 サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。 しかし、そうはならなかった。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

ウソつき殿下と、ふつつか令嬢

たつみ
恋愛
伯爵家の1人娘セラフィーナは、17歳になるまで自由気ままに生きていた。 だが、突然、父から「公爵家の正妻選び」に申し込んだと告げられる。 正妻の座を射止めるために雇われた教育係は魔術師で、とんでもなく意地悪。 正妻になれなければ勘当される窮状にあるため、追い出すこともできない。 負けず嫌いな彼女は反発しつつも、なぜだか彼のことが気になり始めて。 そんな中、正妻候補の1人が、彼女を貶める計画を用意していた。     ◇◇◇◇◇ 設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。 R-Kingdom_10 他サイトでも掲載しています。

処理中です...